13.いよいよ出撃!?
にわかに、陣地の中に緊張が走る。
早見さんが、迷うことなく土壁のある一角に小走りに近づくと、ちょっと背伸びをして外を確認し、弓兵部隊に向かって言った。
「これから、僕が合図を出します。そうしたら、僕の頭上を飛び越える方向に向かって、矢を放ってください。距離としては、最大射程と有効射程の中間あたりを狙う感じで、上方に向けて。出来る限り、速射してください。一気に大量の矢を降らせられるかが勝負です」
弓兵たちがうなずき、弓に矢をつがえ、いつでも撃てるように構える。
俺以外の勇者たちも含めて、陣地内にいる面子が全員どこか呆気にとられたような顔で、早見さんと弓兵たちを交互に見ている。
直接敵が見えないのに、どうやって合図を出すんだろうと思っているみたい。
……そうだよな。普通、そこが疑問だよな。
ただ、今の早見さんはおそらく、半径500メートル内の敵味方双方の気配を感じ取れるはず。
弓矢の最大射程が150メートルくらいだから、余裕で圏内だな。
「今です!」
早見さんが短く叫ぶなり、一斉に矢が放たれた。
風切り音を残して、大量の矢が斜め上空に向かって飛んでいく。
それを見送る間もなく、次の矢がつがえられ、次々と放たれる。
程なくして、前方というか、矢が飛んで行った方向から、ざわめきとも叫び声ともつかない声が聞こえてきた。
あれって、敵軍の声だよな。矢が当たったか?
どよめくような、悲鳴のような声は、どんどん大きくなる。大量在庫になっていた矢の約3分の1が一気に消費されたところで、早見さんが叫んだ。
「撃ち方止め! 出撃!!」
ほとんど号令状態の早見さんの言葉に応じて、弓兵は撃つのを止め、すでにスタンバイしていた出撃部隊は出撃していく。
……誰が指揮官かわからんね。これやっぱり、さっきの威圧で陣地全体が早見さんに逆らえない雰囲気になってたせいだろうな。
すると早見さんは、土壁から離れ、弓兵の隊長格の人に話しかけた。
「これから、わざと遅らせて出撃することは出来ますか?」
「まあ、もちろん出来るが……乱戦の中では、矢は撃てないのでは?」
「別に、乱戦の中に撃ち込めというのではありません。背後に回り込んで、矢を射かけたら一気に離脱して陣地に戻ってきてくれればいいんです」
「背後を突く、ですか……」
どうやら、背後を突くのは卑怯なのではないか、と思っている顔だった。
……相手は、奇襲を仕掛けてきてるんだけどなあ。
「少し考えてみてください。先程矢を射かけましたね。あれって、向こうにとっては奇襲だったのでは? それならもう、今更でしょう」
早見さんに指摘され、相手も納得したようだった。
やり方はさっきと一緒で、ちょっと離れたところから、敵軍しかいないところに向かって、斜め上から矢を射かけ、そのまま離脱して陣地に帰還するというものだ。
今回は、機動力が物を言うということで、特に脚力自慢の者たちが素早く選別され、出撃していった。
それを見送っていたら、不意に早見さんがこっちに声をかけてきた。
「そうだ、君たちにも、やってもらいたいことがあるんだけど」
はい?
「今、ドンパチ始まったところだから、敵味方ともに、目の前の相手に集中しているだろう。その隙を突いて、遊撃に出てほしい」
「……遊撃って、何すりゃいいんだ?」
火村が、いまいちわからんという顔で問いかける。
「君たちには、敵側の陣地を見つけてほしいんだ。敵陣に打撃を与えられれば、局面が変わる可能性がある」
ま、まあ、理屈ではそうだよな。でも、見つけられるんかね?
「いざという時のために、偵察要員として、クリスを連れて行ってほしい」
「「「「ええ~!?」」」」
クリスを連れて行くのぉ~!?
確かにクリスは蜘蛛だし、光学迷彩も持ってるけど、目立たないわけじゃない。というか、真っ白の体は目立ちまくる。
それで、偵察!?
「ああ。これでもクリスは、少しの間なら、光学迷彩をしたまま移動出来るようになったんだ。きっと、連れてきてよかったと思える場面が出てくると思うよ」
ホントかね。
俺が内心首をひねっていると、水谷さんが真剣な顔で問いかけてくる。
「敵陣を見つけるって言っても、手がかりはあるの? 闇雲に探したって、見つからないと思うわ」
「今の戦場を回り込んで、敵軍が通った後を逆にたどることは出来ると思う。まとまった人数が移動したんだ、痕跡は残ってるさ」
まあ、そりゃそうだね。
「それで、わたしたちに何しろっていうの?」
この度は土屋さんが尋ねた。
「敵陣を見つけ出したら、どちらかを試みてほしい。ひとつは、司令官の暗殺」
“暗殺”という言葉に、ぎょっとする俺たち。それでも、早見さんは言葉を続ける。
「もうひとつは、物資の破壊もしくは略奪」
こっちもこっちで、いろいろ心に引っかかりまくることを……
でも、人が相手じゃない分、こっちの方が気が楽か?
「もし出来るなら、両方達成出来ればベストだが、そこまで無理する必要はない」
「なら、どちらかしか出来ないってことになったら、どちらを優先したほうがいいんだ?」
火村の問いかけに、早見さんははっきりと言った。
「物資の破壊もしくは略奪のほうだね。いくら司令官が無事でも、必要な物資が途切れたら、作戦行動は続けられないはずだから」
ここでいう必要物資とは、食料や予備の武器、医薬品などが該当するそうだ。
確かにそういうものがなくなれば、大人数であればあるほど、身動き取れなくなるよね。
今回攻めてきた連中が、正確に何人なのかは確認してないけど、おそらくこの陣地の人数の倍以上の数でやってきたらしい。
相手のほうが、基本的な能力値が高いことを考えると、この陣地、落とされても不思議じゃない。
だから早見さんは、策略を巡らせているんだろうな。
策略とも言えないほどのものだって感じだけど、この世界の人たちは、その程度のことさえやってなかったとなれば、あとはお察しってやつで……




