12.やっぱり軍師出来そうじゃん
「中世ヨーロッパだと、弓を射るより馬上槍を構えて突進するランスチャージが行われてたからなあ」
もちろん弓兵はいて、弓の撃ち合いから戦いは始まったんだそうだが、馬上から弓を撃つのではなく、歩兵の一部が弓兵団を形成していた。
時に、戦いの雌雄を決するために、軍勢のトップ同士の華々しい一騎打ちで、勝敗を決めたこともあったそうな。
他にも、試合形式で馬上槍試合が行われてたこともあったそうだが、マジで死者も出るガチ試合もあったらしい。
そんな話をしているうちに、徐々に辺りがうっすらと明るくなり、東の方の空が白んできた。
そして……いやな予感がすごく強くなった。
あ……これは来るわ、敵襲。
辺りを見ると、すでに人が慌ただしく動いていた。
と、ここで早見さんが、土屋さんに声をかけた。
「この土壁の上のほうに、穴をあけてくれないかな。別に大きくなくていい。矢を放てれば、それでいいから」
一瞬面食らったような顔をした土屋さんだったが、早見さんにさらにこう言われ、納得したような顔になった。
「君たちの世界にも、“お城”はあっただろう? 狭間というのを聞いたことはないかい? 内側を大きく、外側を小さく作ってある壁穴で、そこから矢や銃で敵を狙い撃てる場所だよ」
「あ、それなら、わたしの地元に昔のままのお城が残ってて、遠足でそこに行った時に、そういうの見たことあった!」
そういや、ここの土壁はただの土壁で、そういうの、全然なかったな。
どうやら、敵がやってきたところで、堂々と出て行って戦うってことをやってたらしいんだ、これが。
だって、一部のいかにも後方支援ですって連中を除いて、中に残るつもりがなく、外へ出ていこうとしてるんだって、素人目にもわかるんだもん。
そりゃ、押されるに決まってる。
「……出撃していって、いいのか? 相手のほうが、力が上なんだろ?」
火村が、当然の疑問をぶつけてくる。
でも、外に出撃していくことに、誰も疑問を持ってないらしい。
「……そういうものだと、思い込んでいるだけだと思う。新しい戦術が、考えられていないんだよ」
更によく見ると、出撃しようとしている連中の中にも、温度差があるような感じに見えた。
やたら張り切ってるのは剣や槍を持ち、盾を持っている連中と、ザウードラに乗ってる連中。
弓矢を持ってる連中は、なんだか元気がないように見える。
何でだろうと思っていたら、早見さんが事情を訊いてきた。
何でも、あまり役に立たないということで、重要視されてないらしい。
「……唯一、魔法より射程の長い遠距離攻撃なのに、頭が固いな……」
頭痛をこらえるような表情で、早見さんがぼやく。
要は、相手も盾を持っていて、大半が防がれてしまうから、ってことらしいんだけど……
「撃ち方次第で、やりようはあるんだけどな」
そう言うと、早見さんは弓兵の隊長格の人のところで行った。
俺も、ちょっと気になったので、ついていった。
「ちょっと質問なんですが、斜め上空に矢を放ったとして、大体同じところに落下させることは出来ますか?」
早見さんの問いかけに、隊長格の人は出来ると答えた。
「出来るかと言われれば出来るが、どういう意味があるんだ?」
「それが出来れば、相手に打撃を与えることが出来るかも知れませんよ」
早見さんの言葉に、隊長格の人は溜め息をついて頭を振る。
今まで散々相手に矢を射かけて、ろくな打撃を与えられなかった。だから今では、弓兵はほとんど後方支援に回されているという。
「盾を貫けなかったから、ということでしょう? でも、上から落ちてくる矢の威力は、普通に弓を撃った場合より、はるかに高いのですよ」
早見さんの説明に、俺はなんかすごく納得した。
普通に弓を撃つと、いくら有効射程内であっても、発射してから徐々に速度も威力も落ちていく。
重力に引っ張られるんだから、当然だ。
でも、上空に向かって打ち、放物線を描くような軌道で矢が飛べば、落下時の加速度が加わり、まっすぐ撃つより威力が増すのだという。
そういや、前に『三国志』がドラマ化されたやつのDVDを見たことがあったけど、まっすぐじゃなくて、斜め上に向かって矢を放ってたな。
早見さんの説明に、隊長格の人の表情が明るくなる。自分たちも、戦力になり得るというのが、前向きな気持ちになったらしい。
そして、土屋さんが作った狭間のことを知らされ、“遮蔽を取ったうえで敵を攻撃する”物だと教えられていた。
「射撃というのものは、遮蔽を取れた方が絶対的に有利です。あれだけ狭い穴なら、魔法ですら直撃させるのは難しいはず。土壁に守られながら、攻撃が出来るんですよ」
「……なるほど」
ただし、味方が飛び出していって、乱戦になってしまったら、これらのことは活用出来なくなる。
だから、まず弓兵が攻撃して、敵に多少でも打撃を与えた後に、出撃してもらったほうが絶対に効率はいい。
自分も一緒に説得するので、部隊の指揮官に提案してほしい。
早見さんにそう言われ、隊長格の人はうなずき、二人揃って今にも出撃しそうな連中の指揮官のところへ行った。
これって、新しい戦術になるんだろうか。なるんだろうな。
早見さんが何も言わないところを見ると、敵軍はまだ、近くには来てないようだし、話し合いの余地はあるのかな。
しばらく話をしていたけど、やがて早見さんが戻ってきた。
「とりあえず、提案は通った。『試しにやってみろ』的な感じだったけど、いきなり出撃するのはやめてもらえたよ」
初撃となる斜め上空への射撃は、とにかく数を撃つことが必要ということで、どのくらい在庫があるのか、確認に行ったら……
アホかというくらい、矢を詰めた箱がうずたかく積まれてた。
どのくらい使ってなかったんだよ、弓矢!
早見さんはもちろん、一緒に様子を見に来た勇者仲間の3人も、呆れたような顔になる。
「……猪か、ここの連中は……」
思わずだろう、そうつぶやいた早見さんの顔は、もはや生温かいという表情になっていた。
ただ、“猪か”という言葉が妙にツボっちゃた俺、噴き出すのを何とかこらえたせいで、腹筋がおかしくなりかけた。
火村は噴き出しかけて口を押さえていたし、水谷さんや土屋さんは、肩が震えている。
しばらくして、笑いの発作は収まったんだけど、早見さんの指示で、大量の矢の在庫が外に運び出され、いつでも撃てるようにスタンバイされるのを見て、俺たちも動き出さないと、と思った。
それにしても、なかなか敵がやってこないな。
明るくなってきたら、すぐ襲ってくると思ったのに。
それを早見さんに言ったら、こういう答えが返ってきた。
「おそらく、先制攻撃を行うはずだった5人が、帰ってこなかったせいだろうね。それが、予想外のこととして受け止められたんだろう。5人が帰ってきて、どれだけの被害を出せたかの報告がなされれば、間髪入れずに攻め込む予定だったのが、再検討する必要が出て、出撃が遅れているんだな」
はー……この人ホントに、軍師は出来ないの? すっごく冷静に分析してるじゃん。
その時、見張りをしていたらしい人物の、叫ぶ声が聞こえた。
「敵襲!! 敵襲!!」




