10.早見さんの一喝
誰もが緊張を解いたが、俺は自分たちが撃ち落とした連中が気になった。
高さは、結構高かったし、おそらく魔法の射程ギリギリの50メートル近くの高さはあったと思うんで、あの高さから落ちたら、それだけで致命的なダメージ行くんでは……?
(……まあ、そういうことだ。即死しなかったものもいるが、僕が慈悲を与えておいた。明け方になったら、敵軍の先陣が姿を現すだろう。余計なことは考えず、休んでいなさい。マジックポーションも、飲んでおいた方がいい)
早見さんの言葉を、ああそう、と流しかけ、ふと気が付く。
今、『慈悲を与えた』っていたよな。即死しなかったものに対して……
それってつまり、とどめを刺したってこと!?
……そりゃ、出来る力のある人だけど……
一方、陣地の中は大騒ぎになっていた。
なんせ、俺たちが魔法を撃ちまくり、敵を撃ち落としたのを、起き出してきていた全員が見ていたんだから。
特に、火村の魔法は<火矢>。ちょっとした照明弾みたいなもんで、辺りを照らすわけで。
敵の姿が一瞬であっても空中に浮かび上がった状態になるわけで、それを目撃したんだよな。
「さすが! 勇者と呼ばれるだけのことはある!!」
「おう! まさか、こんな暗いうちから敵襲に気づいて、対応してくれるとは!」
……実際に気づいたのは、足手まとい扱いされてた早見さんです。
俺は、その指示に従っただけです。
で、早見さんのほうを見ると、すっかりいつもの姿に戻り、何があったんだ? とでも言いたげな顔で周囲を見ている。
……役者だな、あの人。
「しかし風間、お前の勘、すげえな! 大当たりだぜ!」
「ほんと! もし不意打ちされてたら、大混乱だったはずよ。すごいわね!」
「わたし、これからあなたの勘、信じるよ。こんなに当たるんだもん!」
あ~俺の勘じゃありません。早見さんの超感覚デス。
それも、方向や数だけでなく、高さや移動速度もわかる、高性能3次元レーダーなんで……
でも、言えない……
それでも何とか、マジックポーションを飲んで、MP回復を図っておくことを提案し、皆納得して魔法を撃ちまくった俺を含めた3人がポーションを飲んだ。
このポーションは、王都出発時にヒールポーションとともに数本ずつ渡された、王家の人々からの餞別の一つ。
他には、俺たちが集めた魔獣や魔物の魔石を加工した魔素石も10個ぐらいずつ渡された。いざという時には、これから力を引き出して、MPの代わりに出来る。
というわけで、ポーションを飲んだらMPが3分の2ぐらい回復した。
……こういうところは、なんかゲームっぽいんだけどな。
ふと気が付くと、陣地にいた連中の何人かが陣地の外に行き、俺たちが撃ち落とした“魔族”の死体を回収してきたらしい。
「見ろ! 忌々しい魔族が、見事に死んでるぞ! ざまぁみろ!!」
「勇者バンザイ!! やってくれたぜ!!」
5体は、篝火の明かりが届くところにまるで物のように地面に並べられ、10人を超える兵士たちに足蹴にされていた。
……いくらなんでも、死者にそういうのは……
ついには剣を抜いたヤツが現れ、さすがにそれは……と思った途端。
「やめなさい!! 死んでしまえば、敵も味方もないはずだ!! それ以上死者を傷つける必要はない!!」
早見さんが、聞いたこともないような大声で怒鳴った。
瞬間、その場にいた全員が、思わず動きを止める。
直後に我に返った兵士が、早見さんに詰め寄ろうとしてびくっとしたように足を止める。
早見さんは、無表情で相手を見ていた。
あの、威圧するかのような無表情。
いや、実際あれは威圧だ。一歩でも動いたら、何か恐ろしいことが起こるんじゃないかと思うような、張り詰めた緊張感が辺りを支配していた。
ねえ早見さん、<認識阻害>やら<隠蔽>やらが、薄くなってんじゃない? 本性がばれるギリギリのところで、何とか踏みとどまってる感じだわ。
……早見さん、あれはガチギレっぽいな……。だって、普段この世界の人たちに向かって、あんなしゃべり方しない人だもん。
「確かに、あなた方の世界に死者への尊厳が充分にあるとは思っていない。だが、死体を損壊しかねない勢いで、暴力を振るう必要はないだろう! 私たちがいた世界では、数百年昔から、戦場の死者は土に埋めて葬るのが掟だった。それともこの世界では、戦場の死者は辱め、ボロ布のようにするのが掟か?!」
その声は、おそらく陣地にいたすべての人に届いていたはずだ。そして、誰もが声を発することが出来ないでいた。俺たちも含めて。
誰も、早見さんのことを、ただの命知らずの文官だとは思わないだろう。
だって、一瞬にしてこの場の空気を支配してしまったんだもの。
「答えてもらおうか、この世界の掟はどうなのかを!!」
有無を言わせぬ気配で、早見さんが畳みかける。
「……そういうことはない。場合によっては見せしめとしてさらすことはあるが、わざわざボロボロにするようなことは、ありえない……」
一呼吸以上の間をおいてそう答えたのは、この陣地の隊長だと紹介されたクリストフ・ジル・エッシェンバッハという人だった。
赤毛で緑がかった目をした中年男性のその人が、苦痛に耐えるような顔で早見さんの前に立った。
……威圧に耐えて出てこられるんだから、それだけでもたいしたもんだと思うな、マジで。
「ありえないというなら、何故止めなかった? あなたはここの責任者のはずだ。それとも、多少のうっぷん晴らしとして、死体をボロボロにしてもいいと考えたのか?」
「……否定はしない。ここにいる者たちは皆、同期や友を、魔族に殺されているのだ……」
「戦争というものは、そういうものではなかったか。国同士は争っても、それを個人にまで広げるいわれなどはないはずだ。ここに横たわる5人に、直接害を及ぼされたというものはいるか? それならまだ少しはわかるが」
誰も、リアクションをしない。つまり、この5人に直接被害を受けた人はいないってことか……
「いないということか。ならば、これ以上死者を辱めるいわれなどはないはずだな?」
誰も言葉を発しないが、これはつまり早見さんに反論出来ないとみんな自覚してるっていうことかな。
っていうか、うっかり反論して、それを返されたらどうしようもなくなるって思ってるんだろうな……
「夜が明けて間もなく、おそらくは敵襲がある。それまでに、迎撃の準備を整えたほうがいい。それまでに、この5人をどうするのか、考えるべきだ」
そこまで言うと、早見さんは今度は俺たちのほうを向いた。
「君たちは、確認したほうがいい。自分たちの戦果をね」
うえっ、死体を確認しろと!?




