04.クリス頑張る?
とにかく、あまりに強烈な内容だったんで、まだ考えが追い付いていないというか、なんというか。
やがて、水谷さんが口を開いた。
「……私、早見さんの言うことはもっともだと思うの。私たちって、この世界に[召喚されてきただけ]で、自分の意志で来たわけじゃない。“勇者様”って言われて、浮かれてただけで、実際はただの戦力だわ。なら、本当に命がけで戦う必要ってあるのかな……?」
水谷さんの問いかけは、重かった。そういや彼女、前々からなんか考えこむ様子を見せてたから、何とはなしにでも、こういうことを考えてたのかもしれない。
「……確かに、この世界の人たちに期待されてるとは思う。でも、だからといって『私たちの命と引き換えに、この世界が平和になりました』ということになって、私たちに何のメリットがあるの? 死んじゃったら、終わりじゃない!」
そういや、俺たちの命がすり潰されても、何とも思わないなんて言うヤツも、居るんだったっけ。
そうだよな。死んだら終わりだ。
でも、さすがによくしてくれた王家の人々を裏切りたくはない。なら、今の状況から今更逃げ出せないなら、死なないように行動するしかない。
「……確かにそうだよな。“勇者様”って言われてその気になってたけど、オレたちがどんなに頑張ったって、この世界の連中はオレたちが元の世界に帰る方法を確実に知ってるわけじゃないんだ。そもそも、オレたちが生きようと死のうと『勇者様、ありがとうございました』で終わるよな……」
改めて、悟ったように火村がつぶやく。
俺だけは、実は帰る方法についてはもう目処がついてはいる、ということを知っている。もっとも、言えないし、言ったところで証拠はないから、信じてはもらえないだろうけど。
早見さんの本性を、俺以外見破れないんだから。
「とにかく、今の俺たちが出来ることを考えようぜ。少なくとも、“数の暴力”はマジな話だと思うから、真っ正面から突っ込むのはなしって方向で」
俺がそう言うと、皆うなずいた。
そうなると、やっぱりゲリラ戦ってことになるんだが……
ただ、ゲリラ戦と言われても、どうやりゃいいのかね。
で、今のがどうやら口に出ていたらしい。
「それが、最大の問題よね」
土屋さんが、頭痛いという表情になる。
誰かサバゲや戦略SLGやってたヤツはいないのか、って話になったんだけど、生憎そっち系のゲームに親しんでたヤツが誰もいなかった。
……俺も、やってたのはパズル系のスマホゲームだったしなぁ……
「そういや、早見さん自身はどうなのかな? 一応、そういう知識のある人の話、聞いたことはあるって言ってたし」
俺の発言に、みんなが『あ~っ……』って顔になる。
いくら聞き流してることが多かったとはいえ、多少は頭の中に引っかかっているはずだもの。
でも、一度『軍師にはなれない』ってリアクション取ってるから、どこまで知識があるか、なんだよな、早見さん。
……それに表の顔については、そういうことになってるんだけど、裏の顔なら早見さんが本気になるだけで、すべて終わる気がしてる。
俺の予感って、当たるんだ……
「確かにあの人、こんなことを言いだすぐらいだもの。何か思うところがあったんだと思う。出なきゃ、あんなこと突然言い出さないよ、きっと」
土屋さんが、思い当たったという顔でつぶやく。
「だな。まだ言えないことがあるって言ってたし、何かまだ爆弾持ってるような気がする。だから、あんなとんでもないこと、言いだしたのかもな」
火村も、天井を仰ぐ。
やはり、『人を殺す覚悟は出来たか?』というひと言のインパクトはデカすぎた。
俺たちを奮起させるためでもあったような気もするが、本当の意味で現実を突きつけた言葉でもある。
そして、『ゲリラ戦をやれ』という指示。『生き残って、明日に希望を繋げ』という言葉。
あの人は、俺たち4人の誰も死なせたくないんだな。だからこそ、こういう言葉をかけたんだ。
「でも本当に、どうしたらいいのか、わからなくなってきた……。私たちを、本当の意味で“勇者”として扱ってくれてたのって、もしかして王宮の人たちだけだったのかも。見送ってくれた一般の人たちは、ただ『勇者様だと紹介されたからそう呼び掛けていた』としか思えないもの……」
何だか途方に暮れたような顔で、水谷さんが溜め息を吐く。
それにつられて、土屋さんも溜め息を吐いた。
すると、ほぼ隣り合っていた2人が、同時に下を向いた。うなだれたって感じじゃなくて、本当に自分の足元を確認するために下を見たって感じ。
俺もつられて下を見た。
「「クリス!?」」
いつの間にか、クリスが2人の足元に来ていて、まるで『大丈夫?』とでも言いたげな雰囲気で、三対の脚で立ち、一番前の脚で2人の足を軽くちょんちょんと叩いていた。
明らかに、上を見上げるような体勢で、つぶらな(?)青い目で見つめているように見えた。
「……クリス、心配してくれたの? ありがとう……」
水谷さんの顔に笑みが浮かび、土屋さんも少し緊張がほぐれたような顔をしていた。
ホントに、クリスって頭いいのな。
ちゃんと空気読んで、こういう行動を取れるんだから。
すると、水谷さんも土屋さんもしゃがみ込み、クリスをそっと撫で始めた。
「わぁ、意外とやわらかい毛なんだね」
「うん、意外とモフれるよ~。大きさもぬいぐるみみたいだし」
……マジで、2人してモフり始めたぞ。クリス、本気で空気を読んで頑張ってモフられてる。
あ~……頑張れ、クリス。もうちょっと、モフられてくれ。2人の表情が、だんだん柔らかくなってきたから。
でも、そろそろつらくなってきたっぽいぞ。体がちょっと、小刻みに震えてるように見えるんだが……
「……なあ、どうでもいい事かもしんないけど、そろそろやめてやれよ。クリスって、蜘蛛なんだぞ。人間が触りまくって、大丈夫なのか?」
見かねたらしい火村が、ぼそぼそと注意する。
それを聞いた2人が、撫でまわすのをやめてバツが悪そうに立ち上がった。クリスはというと、何だか体中の毛が普段以上にぼさぼさになってるように見える。
よし、よく頑張った。
何だか疲れて見えるけど、実際に疲れたかもしれない。
クリスは、2人のところから離れると、ぴょんぴょんと早見さん用のベッドの上に乗り、前2本の脚を使って器用に毛づくろいらしい動作をしている。
やっぱり、本人(?)にとってもぼさぼさだと思えたんだな。




