03.迫られる選択
「実際はどうあれ、君たちは戦いに臨まなければならない。相手の見た目は、角が生えている以外は、僕たちの外観とたいして違いがない。逆に、イベントなどでコスプレが当たり前に行われる僕たちの世界の意識を引きずったままなら、相手はコスプレイヤーに見えるかも知れない。だから言ったんだ。『君たちは、人を殺す覚悟は出来たかな?』とね。意味がわかったかな?」
絶句したままの俺たちに向かって、早見さんはさらに続ける。
「……いっそ、ここに来る途中で襲ってきたのが、野盗だったらよかったのに、とさえ思うよ。人と戦うという実戦経験が、積めただろうから。もっとも、襲ってもうまみがなさそうなものを、わざわざ襲う野盗はいないだろうけど」
冷徹なまでに淡々と、早見さんは俺たちに言葉を突きつける。
何故、俺たちのことを野盗が襲わなかったのかと言うと、普通荷物を積んでいる馬車が、見当たらなかったこと。明らかに騎士だとわかる者が、付き添っていたことなどで、判断したのだろうということだった。
つまり、空間収納がいい仕事をしたってことになる。
それはともかく、俺たちは早見さんの言葉に呆然としていたが、なんとか立ち直った火村が、再度反論を試みる。
「……ちょっと待ってくれよ。それは、あんたが[勝手に]調べた結果だろう? あんたが真実に行きついたかどうかなんて、誰もわからないだろ?」
「そうよ! 魔族は魔族なんだから! わたしたちが斃すべき敵なのよ!」
土屋さんも、火村に乗っかって叫んだ。
「……でも、待って。早見さんは最初になんて言った?『人を殺す覚悟は出来たか?』って聞いたのよね? それが結局、すべてなんじゃないの?」
今度は、意外に冷静な口調で水谷さんが口を開いた。
「そう、その通り。はっきり言って、魔族がどうのこうのというのは、実は本質じゃないんだ。君たちが、人相手に本気で攻撃し、命を奪うことが出来るのかというのが最も大きな問題だからね」
早見さんの口調も、沈着冷静以外の何者でもない。
「これから戦いの場に赴けば、相手は君たちの命を奪うのを目的とした攻撃をしてくる。それに対し、少しでも躊躇えば、君たちは命を落とす。相手に殺される前に、君たちが相手を殺さなければ、戦場では生き残れない。その覚悟はあるか、と訊いたんだ」
早見さんは一旦言葉を切り、再度俺たちの顔を順番に見回した。
「これでも結構、段階を踏んで来たとは思うんだけどね。この世界に来たばかりの君たちでは、戦うことなんて出来なかっただろう。それを、あのキャンプで魔獣や魔物と戦い、その体を解体して肉を取ったりすることで、血と肉に慣らしていった。そして、近衛騎士との試合。あの時、『本気で人を殴れるか?』と問いかけたよね。あれも、自分たちと変わらない存在を攻撃出来るか、という試金石だったんだ。そして、これが最後の試練というわけだ」
つまり、この手で人を殺められるかということ。戦場では、敵を殺すのは当然のことだから。逆にそうしなければ、自分や仲間が死ぬ。
自分たちの得物を相手に叩きつけることが出来るか。自分たちの魔法、当たれば命に係わる威力のやつを、相手に打ち込むことが出来るのか。
それが出来るか出来ないかで、生き残れるかどうかが決まる……
「確かに君たちは“勇者”と呼ばれた。だが、君たちに期待されているのは英雄的に振る舞うことじゃない。ひとりでも多くの敵を屠る戦力としての力だ。それを肝に銘じておくべきだよ」
早見さんの言葉に、火村も土屋さんも黙りこくってしまった。
俺も、何も言えなかった。水谷さんも、ああ言ったものの、実際に自分が手を下すとなったら不安があるんだろう、言葉が続かない。
「……僕が思うに、君たちが真正面から敵に突っ込んでいく必要はないと思っている。いくらなんでも、“数の暴力”が成立するはずだろう? 隔絶した力の差があるならまだしも、君たちと向こうの兵士たちとの差は、そんなにないはずだし。ならば、君たちがやることは、必然的にゲリラ戦だ」
「「「「ゲリラ戦!?」」」」
誰もがみんな、呆気にとられた。ゲリラ戦て……
「君たちは、そもそも4人しかいないんだ。4人で、突っかかっていって、何が出来る? よく『一騎当千』とか言うけれど、本当に千人と戦えるはずがない。その前に、体力や気力が尽きる。一撃で数十の敵をなぎ倒せるというならともかく、そんなゲームみたいなこと、出来るわけがないだろう?」
まったくもってのド正論。俺も含めて、みんなまだどこかでゲームみたいな展開を考えていたのかもしれない。
実戦が目の前に迫ってきたところで、ある意味我に返るなんてな……
「だから、現実に取れる作戦は、ゲリラ戦一択なんだよ。生き残りたいなら、かっこよく戦おうなんて欲望は捨てたほうがいい。ときには逃げたっていいんだ。生きていれば、次の手が打てるんだから」
ここまで言って、早見さんはやっと静かな笑みを浮かべた。
「僕たちは、この世界の人間じゃない。この世界に骨を埋めるつもりならともかく、元の世界に帰りたいなら、生き残るんだ。それこそ、泥水を啜ってでも生き残り、明日へ希望を繋ぐんだ。僕が出来るアドバイスは、それくらいだ」
そう言ったあと、早見さんは改めて俺たちの顔を見る。
「もちろん、君たちには別な選択肢もある。元の世界に帰ることを諦め、勇者として本当に命を懸けて、全力で戦ったってかまわない。逆に、すべてを放り出して逃げ出したっていい。王家の人たちには確かによくしてもらったけど、命までかける義理はないはずだしね」
そして早見さんは、俺たちに背を向けて部屋のドアを開ける。
「君たちがこれからどうしたいのか、4人で話し合うといいよ。僕は、廊下で待っている。話し合った結果、君たちの選択が決まったら、声をかけてほしい。僕は、君たちの決定を尊重するから」
そう言い残し、早見さんは部屋の外に出て、ドアが閉められた。あとには、まだどこか呆然としている俺たちが残った。




