02.衝撃の発言
そこへ、騎士とは違う雰囲気の中年男性がやってきた。赤みの強い茶色の髪に灰色の目をしたその人は、砦の雑用を行う使用人で、パウルと名乗った。
「私は平民の出でしてね、礼儀作法はちょっと苦手なんで、そこは目をつむってもらいたいんですが」
あ、そこは大丈夫です。俺たちも、そういう意味では同じようなもんなんで。
皆が苦笑いを浮かべたところで、パウルさんは俺たちにお茶を入れてくれ、椅子に座って待つように促してくれた。
「ここは、見てわかるとおりに男所帯でしてね。むさくるしいところですが、皆さん悪い人じゃないんで、そこは安心してください」
パウルさんはそう言って、穏やかに笑った。
その笑顔に、俺たちも少し肩の力が抜けた。
その時、ハモンドさんが部屋に入ってきた。それを見たパウルさんは、すっと部屋の隅に下がった。
「待たせたな。こちらの詳しい事情を伝えよう」
ハモンドさんはそう言って、詳しい話を始めた。
この砦のさらに先、大体“馬”で半日ぐらい行ったところにあるドープ砦の近くが、魔族との最前線であると言った。
その最前線が、あといくらも持ちそうにないほど、事態が切迫しつつあることも。
「そういうわけで、本当はゆっくり休んで英気を養ってほしいところだが、とにかく明日にもドープ砦に向かってもらいたいのだ。こちらの砦からも、人員は行っているのだが、押され気味なのは間違いなくてな」
どうやら、ここよりさらにヤバい場所があって、そちらに援軍として向かってくれってことらしい。
そこで、いよいよ魔族と本格的にやり合うことになるんだろうな。
まだ、ドープ砦が囲まれたりしているわけじゃないそうだが、そうなるのも時間の問題らしい。
砦が囲まれて孤立する前に、俺たちはその砦に入らないといけない。
取りあえず今日のところはさすがにここで一泊し、明日の早朝向かってほしいと言われた。
その際には、砦に届ける補給物資も持っていってほしいと頼まれた。
ここまでだって、同じことはしてたんだし、そのくらいは特に問題はないよな。
そこで、早見さんも同行希望であること。偵察要員として、従魔にした蜘蛛の魔物がいることを打ち明け、実際にクリスの姿を見せ、光学迷彩まで披露し、蜘蛛の魔物出現に仰天していたハモンドさんの(渋々ながらの)了承をもらい、ひと段落ついた。
ハモンドさんは、パウルさんに俺たちの泊まる部屋を指示し、出発時にまた会うことを約束し、部屋を出て行った。
パウルさんによると、この部屋は普段は食堂兼集会所みたいな感じで使われているらしい。
本当の意味で全員が一堂に会するようなことは、砦の性格上ないことなので、そうだだっ広くなくてもいいらしい。
全員集合するときには、中庭に集まるんだって。
砦としては、パウルさんのような非戦闘員を除いて大体200人ほどが詰めているそうだ。
けれど今現在、約半数がドープ砦の応援に出陣していて、今は半分の数しかいないらしい。
そして、俺たちが今夜一晩泊まる部屋は、部屋の四隅にそれぞれシングルサイズのベッドが置かれ、部屋の真ん中に結構ギリギリな感じでもう1台ベッドが置かれていた。
……真ん中のベッドって、いわゆるエクストラベッドってやつでは……?
つまり、本来4人用の部屋なんだけど、俺たちが早見さんも入れて5人だから、こうしたって感じなのかな。まあ、クリスは早見さんにくっついてるから、特に問題はないけど。
「ちょっと狭いですが、今夜はここでお休みください。お食事は、のちほど私がこちらにお持ちしますんで」
パウルさんはそう言って、俺たちを部屋に残して去っていった。
「……ちょっと、君たちに話しておきたいことがある。ここには今、僕たちしかいないから、そういう場でないと話せないことだ」
不意に早見さんが、真顔でそう言った。
何事か、とちょっと身構えた俺たちに向かって、早見さんはとんでもないことを言い放った。
「君たちは、人を殺す覚悟は出来たかな?」
はっきり言って、全員絶句。
余りのことに、誰も口を開けない。人殺しの覚悟って……!?
それでも、何とか火村が反論した。
「……な、何だよ……。オレたちの相手って魔族だぞ!?」
「……『魔族』か。その魔族だが、まさか『魔界からこの世界を征服するためにやってきた異次元からの侵略者たち』とか思ってないだろうね?」
「「「「え、違うの?」」」」
思わず、俺たち勇者全員の声が揃った。
「ああ、違う。これは、僕が独自に調べた結果だ。彼らは、この世界の住人で、彼らを『魔族』と呼ぶのも人族だけだ。他の種族、エルフやドワーフ、獣人といったものたちは、彼らを『有角族』と呼ぶ」
早見さんが調べたところによると、『魔族』というのは、この戦争が始まってから、人族が呼び始めた呼称なんだそうだ。
「『魔族』という呼び名は、人族が彼らにつけた蔑称だ。太平洋戦争時に、アメリカが日本人のことを“JAP”と呼び、日本側がアメリカやイギリスを“鬼畜米英”と呼んでいたのと同じようなものだね。それに、他の種族はこの戦争に対しては中立なんだ。個人的な要因でどちらかに肩入れする者たちはいるようだけど、種族としては中立だ。それがどういうことか、わかるかい?」
早見さんに尋ねられても、にわかには答えられない。
早見さんは、俺たちひとりひとりの顔を順番に見つめながら、静かに言った。
「この戦争は、他の種族にとっては『民族紛争』だということさ。民族紛争にへたに肩入れすると、巻き込まれて余計な被害を受けかねないからね。この世界には、僕たちの世界の国連に当たる組織など、存在しない」
『“魔族”が本当に魔界からの侵略者だとしたら、他の種族が参戦しないなんてことはないはずだ』と早見さんは続けた。
早見さんの指摘に、俺たちは何も言えなかった。
何だか、足元がぐらつくような気がする。
魔族を退け、魔王を斃し、人族に平和をもたらす存在である、勇者。
でも、その前提が、そもそも違っていたら?
「君たちが、混乱するもの無理はないと思う。ただ、王家の人々が嘘をついているわけじゃないぞ。あの人たちにとっては、実際に直面している現実なんだから」
早見さんは、『魔王』という呼び名も、ただ単に“魔族の王という意味”でしかないと言い切った。
まだ、確証を持てない情報もあるそうで、それはこの場では言うことは出来ないと言った。




