25.ちょっぴり不安な出立
「確かに君たちは、望まれてこの世界に召喚されてきた。でも、だからといって、すべての人々が君たちを敬い、尊重してくれるとは限らないということなんだよ。忘れてはいけない。君たちは、『戦力』としてこの世界に呼ばれたんだ」
“戦力”か……
きっとそうなんだろうな。勇者様だと浮かれていられたのは、ほんの短い間だけだった気がするしな……
「それじゃあんたは、この世界の連中はみんな、俺たちのことをそう思ってるって考えてんのか?」
火村が、むっとした表情を隠さないまま訊いた。
「……少なくとも、王家の人々は誠実だと思う。ただ、王家の考え方と違う考えの貴族が、そこそこいるというだけだ」
そういうものなんだよ、と早見さんはどこか達観したような表情を浮かべる。
きっと、仕事柄いろいろな事例を見てきたんだろうな。それで、そういうのがこの世界にも存在しているって、別な意味で悟ってしまったのかもしれない。
俺たちは、そういうのにまだ直面してないから、気付かなかっただけで。
……そういう意味では、きっと守られていたんだろう。王家の人々や、早見さんに。
これからは、そういうわけにいかなくなる。
俺たち自身が、本当の意味で現実に直面することになるんだ、きっと……
ちなみに、早見さんは貴族の爵位のことについても教えてくれた。
上から順に、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵。ここまでが、通常貴族と呼ばれる階級。
この中で別格なのが、王家の分家筋に当たるという公爵。公爵までは、王位継承権を持っているそうだ。他の国はどうだかわからないそうだけど。
ただ、すべての王族が公爵家を起こせるわけじゃなく、王位継承権を返上して侯爵以下の家に嫁入り婿入りすることも、珍しくはないそうだ。
ほかに、国の辺境と呼ばれる地域を守る“辺境伯”という爵位があり、侯爵と伯爵の間くらいの扱いになるのだそうだ。
それから、平民が叙爵された時に与えられる“準男爵”、騎士に任ぜられると与えられる“騎士爵”などがある。
準男爵は、一応次の代までは受け継ぐことが出来るらしいが、その代でめぼしい成果が出せないと、また平民に逆戻りだそうだ。逆に功績を出し続けられれば、本物の貴族である男爵へ陞爵することもあるんだそうだ。
一方騎士爵は、それこそ本人だけの一代限り。次の代がまた騎士にならない限り、爵位は受け継がれない。
それを考えれば、騎士爵を得たなら、次の代も騎士爵を取ってほしいと考えるのもある意味当然。
なら、本人が志半ばで戦死するなんて言うのは、不本意だろう。だから、“勇者が来るなら、そいつらにやってもらおう”と考えて当然ってわけだ。
そういう事情がわかってくると、のんきにお茶を楽しむような雰囲気ではなくなってしまった。
俺たちが、なんとなく黙りこくっていると、不意に水谷さんが口を開いた。
「……私たち、浮かれすぎてたのよ。この世界の事情を考えれば、私たちってただの『戦力』なのは、間違いないもの。魔族とタイマン張れる戦力……」
水谷さんは、真顔だった。どうやら、真剣にずっと考えていたらしい。
そういや、1回目のサバイバルキャンプから帰って来てから、何となく元気がなかったような気はしてた。
早見さんに『戦力』と指摘されて、俺たちはどちらかと言えばショックだと思ったんだけど、水谷さんは納得したらしい。
「……王宮を出たら、君たちは悪意にさらされるかもしれない。でも、君たちがそれに対処する必要はない。僕が引き受けるから。そのために、付き添っていくようなもんだ」
早見さんの言葉は淡々としていたが、その顔は真剣だった。
「……そういやあんた、元の世界じゃ弁護士なんだってな。それで、そういうことがわかってたから、オレたちについてくるって言ってたのか?」
火村が、やっと気が付いたという顔で、早見さんに尋ねる。
早見さんは、無言でうなずいた。
アストリッド王女様や、シャルロッテさんやアマデウスさん、ヴァルフさんも、次々俺たちのところへやってきてくれていたが、今までみたいに『せっかく勇者として召喚されたんだから、頑張って魔王を斃す!』なんてことを素直に考えられなくなっていた。
わかってる。この人たちは、誠実な人たちだ。俺たちのために、自分の時間を潰していろいろ付き合ってくれた。
でも、ここまではっきりわかっちゃったら、もう無邪気に『俺たちは勇者だ!』なんて言っていられなくなる。この国の中は、一枚岩じゃないってこと。
でも、明日はもう出発だ。
* * * * *
翌朝、やっと夜が明けるぐらいの時間に、俺たちは出発した。
早起きの城下の人々が、俺たちが“馬”に乗って進む道に沿って集まり、俺たちに向かって手を振ったり、声援を送ったりしてくれる。
今の俺たちは、勇者にふさわしい真新しい鎧に身を包み、フードのついたマントを身に着けていた。以前から、上半身をすっぽり覆う少々ごつい革鎧を身に着けてたんだけど、完全オーダーメイドで新調したんだ。
俺は、渋いグリーンのマント。火村は落ち着いた赤いマント。水谷さんは少しくすんではいるけど明るい青のマント。土屋さんは砂を思わせる黄色みがかったベージュっぽいマント。
それぞれ、加護を受けている精霊神のシンボルカラーってやつらしい。
実際のシンボルカラーはもっと鮮やかな色らしいんだけど、絵の具では割と鮮やかな色を出せても、俺たちの世界の化学染料みたいにパキッとした色で染めることが出来ないので、こういう色になってるらしい。
早見さんのマントはというと、黒に近い深い赤。影になってると、マジで黒く見えるほど。
ぶっちゃけると、半端じゃなくかっこいいんだ、早見さん。身に着けてるのは、肩と胸や背中の上半身を守る革鎧なんだけど、乗ってる“馬”も、ちょっと黒っぽい毛並みの奴で、勇者である俺たちより、目立ってたりして……
で、クリスはというと、光学迷彩で自分の姿を誤魔化しながら、マントの下の早見さんの左脇腹に引っ付いている。
俺たちの前には、ザウードラに乗ったアマデウスさんとヴァルフさん。その二人も、騎士らしく胸に紋章が描かれた脇の開いたベストみたいなものを鎧の上から身につけ、結構きらびやかな感じだ。
人数としてはこれだけなんだけど、『異世界からやってきた勇者』ということが知れ渡ってるらしく、“勇者様!”なんて声が聞こえる。
でも、正直俺たちは、この世界に来たときの気持ちの高まりとかも全然なく、自分たちがこれからどうやっていけばいいのか見えなくて、もやもやとした不安とも何とも言えない思いを抱えたままだった。
そう、出発前にちょっと話したら、俺だけじゃなく全員がそういう思いだった。
「少なくとも、案内役の2人が同行している間は、余計な難癖付けてくる連中はいないだろう。その間に、心を落ち着かせるしかない。砦に着いたら、本当の実戦が待っているんだから」
出発直前の、早見さんの言葉が思い出される。
そう、今までは、何だかんだいっても“実践訓練”だった。これからは違う。
本当に、魔族と顔を合わせ、戦うことになる。
自分たちと大差ない能力を持った連中と、だ。
今更、引き返すことは出来ない。
ザウードラに先導されて、俺たちの乗る“馬”は進んでいる。
これから、“馬”に乗ったまま旅をして、大体6日後ぐらいに砦に到着するんだそうだ。
砦にたどり着いた後、俺たちはどういう道をたどることになるんだろう……
「風間 翔太」
異世界の勇者(3→4Lv)
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STR(筋力) 169→175
DEX(敏捷) 185→195
INT(知力) 88→91
VIT(体力) 159→168
MAG(魔力) 163→168
PER(知覚) 183→190
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HP 210→220
MP 215→225
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<風の精霊神の加護>
<神聖魔法>
<武器:長剣3→4Lv>
<風魔法:風の刃2→3LV>
<武器:短剣2→3Lv>
<風魔法:つむじ風1→2Lv>
<水魔法:回復1→2Lv>
<火魔法:加熱1→2Lv>
<無属性:身体強化1→2Lv>
いよいよ、勇者たちが旅立ちます。
次話からは、新しい章となり、本格的にいろいろなことに巻き込まれていくことになります。
もっとも、文字通りの意味での“守護神”がくっついてくるので、大事には至らないはずですが。




