16.リーフ王国……その1
貴族関連の設定は、独自のものなので、突っ込まないようによろしくお願いします。
―リーフ王国Side―
本来は国王のものである執務室にて、王妃エルザの前にシャルロッテが跪き、この度の魔物討伐の結果報告を行っていた。
「……勇者たちは、此度の魔物討伐にて、少しずつ勇者としての力を発揮しつつあるように思います。まだ、おぼつかないところがありますが、あと数度同じような討伐を行えば、目処が立つかと。詳しい結果は、後程報告書にて」
「わかりました。そなたもご苦労でした。ひとまず、ゆっくり休みなさい」
自分を労うエルザの言葉に一度深く頭を下げると、シャルロッテは立ち上がり、踵を返して執務室を出て行った。
それを見送ったエルザは、再び自分の執務机に向かい、書類の決裁を続ける。
そこへドアをノックする音が響き、エルザが入室許可の言葉を発すると、書類の束を抱えた、側妃マーシャと宰相のヨハンが入ってきた。
「王妃陛下、こちらの報告書の確認をお願いいたします」
マーシャが差しだす書類を受け取ると、一枚一枚目を通し、何枚かを机に並べてサインをすると、残りは机の上に乗せ、先程の続きを始める。
サインが終わった書類は、マーシャがまとめて再び執務室を出て行った。
「……それにしても、最近の書類は、ずいぶん見やすくなりましたね。例の、異世界人の文官が手を貸した成果、ということかしら」
「はい、その通りです。私も会って話をいたしましたが、とても聡明で、このまま城の文官として勤め続けてくれるなら、どれほど我が国にとって有益であるかと、今も考えてしまいますよ」
ヨハンが、少し残念そうに話す。
「それでも本人が、『勇者たちと行動を共にしたい』と強く希望しておりましたゆえ、交渉役も必要であることもあって、行かせることといたしました。あの勇者たちでは、交渉事は厳しいのも確かかと」
さらに続けたヨハンに、エルザは溜め息交じりにうなずいた。
「……『確かに、こちらでは年齢的には成人年齢を過ぎてはいる。けれど、元の世界ではまだ成人扱いされる年齢ではなく、よって社会を渡っていく覚悟はない』。そう言っていたのも、異世界人の文官だったそうですね」
「はい、そう聞いております」
「確か、『精神的な保護者として、付き添っていたい』だったかしら」
「その通りです」
ヨハンがうなずくと、執務室のドアがノックされ、エルザが返事を返したところで再度マーシャが入ってくる。
「控えの間に、アストリッド殿下がいらっしゃっております。王妃陛下にお目通りを願っております」
「わかったわ。ここまで通しなさい」
マーシャはエルザの返事を受け、また執務室を出ると、しばらくして今度はノックとともにアストリッドの声が聞こえた。
「王妃陛下、アストリッドです」
「入りなさい」
如何に実の親子と言えど、執務中は王妃と臣下扱いとなる王女である。アストリッドは、そういう点では、きっちりと線引きが出来る性格であった。
彼女は、エルザの前で臣下の礼を取る。
「王妃陛下。勇者たちが、魔物討伐から帰ったと聞きました。彼らは、勇者としてふさわしい力を発揮出来たのでしょうか」
どうやら彼女は、自分が召喚してきた人物たちが、勇者と呼ぶにふさわしい存在であるか、気にしているようだった。
能力的には、まず申し分ないことがわかっている。
だが、自分から見て精神的に未熟であるように感じられることを、前々から上申していた。
「シャルロッテの報告によると、“あと何度か魔物討伐などを行っていけば目処が立つ”そうですよ。近々、彼らには砦に出立してもらうことになっています」
砦と聞いて、アストリッドはピンと来たという顔をする。
「ラミラ砦ですか?」
「そうです。そういえばあなたは、今回の召喚の儀式のために王都に戻ってきていただけで、所属はあの砦に派遣されている“銀翼の魔術師団”だったわね」
ラミラ砦は、魔族との戦いの前線に近い中核基地だった。そこから、最前線に兵たちが出撃していくのだ。
アストリッドもまた、高貴なる者の義務により、シャルロッテとともに最前線に近いところまで出撃経験があった。
彼女が得意とするのは、召喚術。魔獣を召喚し、戦場を駆けさせることにより、魔族軍の進撃をよく食い止めていた。
今回、『異世界から勇者を召喚』という荒業と言ってもいいことを成し遂げ、体力気力が完全に回復し次第、砦に戻ることになっていた。
ところが、ここでエルザが思いがけないことを言った。
「アストリッド、お前はもう、砦に戻る必要はありません。代わりに、勇者たちを元の世界に戻せる術を、探しなさい」
「はい!?」
「お前の代わりに、勇者たちをラミラ砦に向かわせます。これは決定です。いいですね」
「しかし……」
「私たちは、勇者と約束したのです。『元の世界に帰る方法は、何とか探し出すので』と。それを違えることは許されない。いいですね」
勇者が魔族と戦うにふさわしい力を得たら、彼らを送り出すことは決まっていた。
その代わり、アストリッドがこのまま王都にとどまり、送還術を探すという、新たな“任務”が与えられたのだ。
アストリッドはそれを理解し、静かに頭を下げる。
「はい、承知いたしました」
アストリッドが下がり、部屋を出ると、エルザがぽつりとつぶやく。
「……出来ればあの子に、私の実家のマーロンド公爵家を継いで欲しいのだけれど……」
エルザの実家であるマーロンド公爵家は、実は滅びかけていた。次代を担うものが、ことごとく命を落としてしまったからだ。
直系の血は、今やエルザの両親とエルザ自身にしか残っていなかった。
悪いことに、分家筋も跡継ぎに恵まれた家ばかりではなく、血がつながった親族から養子を取りたくても、ふさわしいものが存在しないのだ。
それもこれも、長年にわたる魔族との戦いが、悪い連鎖を生んでしまったのだ。
「……マーロンド公爵家に起きた悲劇は、どこでも起こりえる故、皆心を痛めておりますわ」
アストリッドのあとから部屋に入ってきていたマーシャが、静かに口を開く。
「我が実家のロランド伯爵家も、かろうじて末弟が次期当主として父の跡を継ぐ目処が立ちましたが、出来れば長男か次男が無事であったなら、と何度も考えてしまいます」
「そういえば、ロランド家もそうでしたね。長女であったあなたが嫁いだ後、すぐ下の弟二人が、相次いで亡くなったのでしたね……」
「それでも、国王陛下と王妃陛下の恩情には感謝しております。婚家であるソダーン辺境伯家も、当主である夫が領地の魔獣討伐の折に命を落とし、まだ当主の座を継ぐには若い我が子が残され、どうやって家を守っていこうかと悩んでいた時、御二方に庇護していただき、本当にありがとうございました」
「……それは、ソダーン辺境伯家が国の守りとして必要であることと、あなたの優秀な手腕をそのまま埋もれさせるのは惜しいと思ったからですよ。一時的に側妃として王宮に上がり、私の補佐役を務める代わりに、王家から人をやって次世代の子供を次代を担うにふさわしい存在に育てる。お互いに利のあることだったのですよ」




