12.異世界でも、出来ないものは出来ない
「だが、観測してしまえば、その事象の存在は確認されてしまう。君の家族が『君が突然行方不明になって混乱する』という未来が、確定してしまうんだ。そうなったら、いくら僕が出来る限り誤差を少なくしようとしても、観測された未来よりあとにしか飛べなくなってしまう。それでいいのか? 見なければ、召喚された時点とほぼ繋げることが出来るんだが」
つまり、見なければ、俺の家族が俺の行方を心配して大騒ぎになる、ということもないってことか。
だから、家族の様子を見せなかったのか。
でもそうなら、予知能力とかはどうなの?
未来を見通す人って、居るじゃない。そういう人が見る未来って、何なの?
無意識に口に出ていたんだろう、早見さんが答えてくれた。
「その世界の中での未来視なら、未来が確定しているわけじゃない。ただそうなる可能性の高い未来を視ているだけなんだよ。そういう未来は、変わる可能性もある。だけど、外部から観測してしまえば、それは確定なんだ」
俺が考え込んでいる間に、早見さんは見慣れた姿になっていて、張り詰めたような空気も元に戻っていた。
「……見ないほうが、知らないほうが、いいこともあるんだよ。いくらなんでも、僕は“万能の神”じゃない。いくら権能があっても、出来ることには限界がある」
早見さんが、真顔でそう言った。
「例えば、死者を蘇らせるなんてことは、まったく不可能だ。今の神々では、どれほど力ある神であろうと、まず出来ないし、そもそもそういうことをしようともしないだろう」
まだ、人と神の距離が近かった古の頃であれば、そういう奇跡も起こったかもしれないが、とは付け加えたが、早見さんははっきり『死者の蘇生は無理だ』と言い切った。
「だから、命は大事にするんだよ。こちらの世界の神がどれほどの力を持っているかわからないけど、『死者の蘇生』はまず起こるはずなんかないからね。リセットも、コンティニューも存在しない。……ゲームじゃないんだから」
まるで、だめを押したかのような最後のセリフ。
『ゲームじゃないんだから』
いや、ぶっ刺さったわ。
そうだよ。ステータス画面なんかも出てくるし、なんとなくゲームっぽく感じるところがあったけど、そんなはずはないんだ。いくら異世界だからって、現実には違いないんだから。
でも……
「この世界の神も、『死者の蘇生』は行わないみたいな言い方してたけど、なんでわかるのさ。早見さんが知らないだけで、当たり前にやってるかもしれないじゃん」
「いや、それはない。だって、王家に死者が出ているんだ。もし、『死者の蘇生』が当たり前に行われている世界なら、王家の死者は、そのままにしておくはずはないだろう?」
王家に死者が出ている? マジ?
「ああ、マジだよ。城の書庫でいろいろ調べているうちに、偶然その資料を見つけてね。実は、王女と王子がひとりずつ亡くなっている」
「嘘~!?」
「本当だよ。アストリッド王女とウォルフガング王子のすぐ下に、王女がいた。そして、一番末にも王子がいた。でも、2人とも幼いうちに亡くなっている」
正直、言葉が出なかった。確かに、もし『死者の蘇生』が当たり前なら、その2人だって生き返らせているはずだ。
それがないということは……やっぱり死んだら終わりってことか……
でも、どうして幼いうちに亡くなってしまったんだろう?
「……現代日本は、乳幼児死亡率が世界でもトップクラスに低い国なんだ。それと比較をしてはダメだ。それに、昔は日本だって、乳幼児死亡率は高かった。『七歳までは神の内』という言葉が残っているくらいだからね」
「何それ」
「つまり、生まれた子供が7歳ぐらいになるまでは、いつ神の元に召されるかわからない。まだ、神の手元にある存在なのだということなんだ。だから、7歳を過ぎて初めて、子供は“人の子”となる。そういう意味なんだよ」
「うわぁ……」
さらに早見さんは、王女と王子が亡くなった経緯が書かれている資料も見ているという。
それ、機密事項かなんかじゃないの? って聞いたら、『<認識阻害>をさらに強くしてから書庫に入ったから、誰にも気付かれていない』と言われた。
……この人、スパイとしてもやっていけるんじゃなかろうか……
「結論から言うと、末の王子は現代日本なら救えた可能性が高いけれど、王女のほうはどうしようもなかった。王子は、風邪をこじらせた結果、肺炎を起こしたらしい。神聖魔法はかけたけど、うまく働いてくれなかったようだね。享年は3歳だった。王女のほうは……乳幼児突然死症候群だったらしい。享年4ヶ月。こちらは、僕らの世界でもいまだ原因不明。そうなるリスクのあることを避けることしか出来ない。僕の娘は、やっとその危険から逃れられそうなところまで育ってくれた……」
乳幼児突然死症候群って、聞いたことあるような、ないような。
聞けば、直前まで本当に普通に育っていた赤ちゃんが、突然呼吸が止まってそのまま亡くなってしまうという、親御さんにとっては悪夢のようなものらしい。
「いくつか、避けるべきリスクのある事柄があるんだけど、王女の場合、そのうちのひとつにはっきり当てはまっていた。亡くなったときの状況が書かれていたんだけど、『うつ伏せで寝ていた』と。うつ伏せ寝は、乳幼児突然死症候群発症のリスクのひとつだ」
「……この世界の人たちは、そういう知識は……?」
「ないだろうね。だから、最初に疑われたのは毒殺で、次には吐いたものがのどに詰まったのではないかと考えられたらしい。でも、どれもそんな兆候はなかった。顔がふさがっているわけではなかったらしいので、窒息でもないとされたようだし」
何でも、乳母の女性がほんの少し目を離したすきに、気付けば呼吸が止まり、亡くなってしまったというんだ。
「目を離してしまった乳母だった女性は、責任を問われて自害している」
「ええっ!? 病気でしょ!?」
「自分が付き添っていた王女が、亡くなってしまったんだ。この世界に、これがそういう病気だという認識がない以上、責任は問われる。王族を死なせてしまったんだ。死は免れなかっただろうね」
異世界、厳しい……
「……確かに君たちは召喚勇者だ。この世界の人々から見れば、わざわざ異世界から、召喚した存在だ。だから、こちらの人々は多少のことは大目に見てくれるだろう。だけど、君たちの周囲にいる人たちのことまで、大目に見てくれるわけじゃない。君たちが、あまりに無茶なことばかりし続けたら、庇えなくなるだろう。下手をすれば、君たちのしくじりの責任を取って、君たちの周囲にいる従者や侍女といった人たちが、命を落とすようなことにもなりかねない。それだけは、心にとめておいた方がいい」
早見さんは、ほとんど無表情にも見える顔で、俺をじっと見ていた。
その顔は、『覚悟を決めろ』と言っているようだった。
この世界は、ゲームの世界なんかじゃない。この世界の人々が実際に生きている、僕らの世界とは違う現実の世界だ。
今までどこか、現実感が乏しかった。
でも、それじゃダメなんだ。
どこか浮ついていたから、小鬼に出くわした時も、まともに反応出来なかったんだ。
自分が死なないために、誰かを死なせないために、覚悟を決めなきゃ……




