14.なんか重要情報があったっぽい
そして、相手の男が早見さんのすぐ目の前に来た時、早見さんが口を開いた。
「私を狙うのは別に構わないんですが、流れ弾に当たってはかわいそうな存在がいるので、それを逃がして構わないですか?」
「なんだそれは?」
相手はちょっと怪訝な顔になる。すると、早見さんの左脇腹からクリスがするすると降りてきて、そのままくるぶし辺りにしがみついて止まった。
「な、なんだ、そいつはっ!?」
そりゃ、びっくりすると思うよ。この世界だと、蜘蛛はすべて魔物だそうだからね。
「この子は、私に懐いているのです。でも、もともとは森で出会った蜘蛛。私のとばっちりを受けて殺されてしまっては、かわいそうですから」
早見さんもまた、平然とそうのたまった。
「さあ、お行き」
早見さんがやさしく声をかけると、クリスは名残惜しそうに早見さんから離れたかと思うと、えらい勢いで俺のほうへ一目散にやってきて、俺の体にするすると登り、胸元に引っ付いた。
ほぼ、抱っこ状態。
周囲の空気が、何となくぽかんというか、なぜそうなる? っていう雰囲気が思いっきり漂う。もしかしたら、森へ帰るかもって思ったんだけど……
(……君に、僕の霊力の残滓がたっぷり残ってるせいだよ。一緒に行動してることが多いからね)
……そういうことですか……
そりゃ、俺めがけてまっしぐらに来るわな。
クリスにとって、早見さんの霊力って、エネルギー源だもん。
つまりクリスは、早見さんから離れるつもりはないってことだわな。
……俺も、クリスとまだまだ一緒にいたいもん。
例え、この世界を旅してる間だけだけどもね。
一瞬みょ~な雰囲気になったけど、男はさらに早見さんに近づき、弓から片手を放して早見さんの髪に手を触れる。
髪の毛一本を摘まみ、指でこすってみる。当然色なんか落ちない。
カラスの濡れ羽色の漆黒の髪は、その艶やかさを失わない。
「……本当に、黒い髪なのだな。」
相手が、『信じられないけどこの目で見たからなぁ』というのが、ありありとわかる表情になる。
なんせ、この世界には黒髪の人は存在しないそうだからね。
この世界に存在しない黒髪を実際に見て、さすがに納得したらしい。
ちょっとだけ、表情から硬さが取れた気がする。
「貴様らが、異世界人であるということは、理解した。しかし、“召喚された”とはどういうことだ?」
「文字通りの意味ですよ。とある人族の国の魔術師によって、この世界に呼び出されました。人族と有角族の間の戦いの流れを変えるために……」
本当は、『勇者として魔王を倒してほしい』って頼まれたんだけど、早見さんにひっくり返されたんだもんな。
でもまあ、俺たちの手で、停戦まで持っていこうとしているのは、間違いないし。
こういう時には、俺たち勇者4人は、口を出さないのが暗黙の了解ってやつだ。
俺は、火村に向かって『余計なことを言うなよ。黙ってろよ』と念じながらアイコンタクトを取る。
火村も、何となく俺が言いたいことがわかったのか、ちょっとぶすっとしたような顔になったものの、黙ったままだった。
水谷さんや土屋さんは、ちゃんと空気を読んで口を閉じてる。この2人は、信用出来るからな。
すると、相手の男はフーンという顔になった。
「なるほど、連中ときゃつらの争いか……」
相手の態度に、早見さんが真顔になる。
「……何か、ご存じですか?」
「いや、知っているというほどのこともないが、な。聞いた話だが……この争いのきっかけを作ったのは連中だが、そうなるまで追い詰めたのはきゃつらだという話だったな」
……なんか、すっごく重要情報を、しゃべってくれたんじゃないか、これ。
早見さんも真顔のままで、それを聞いた3人も、“えっ!?”という表情になっている。
「……ということは、確実に原因となる出来事があったというわけですね」
真顔のまま、確認するように言葉を発する早見さんに、相手は多少胡散臭そうな顔になりながらも、答える。
「ああ。そうらしいぞ。もっとも、詳しいことは、我々も知らん」
そりゃそうだろうね。こんな山の中に、隠れるように暮らしてる存在だろうし。
とにかく、俺たちはただ山越えをして向こう側の麓に降りたいだけであって、有翼族の集落に近づくつもりはなかったということを、何とか納得してもらって、俺たちは解放された。
もっとも、絶対に集落に近づくなとものすごく念を押されたけど。
そして、一応訊いた“人族を目の敵にする理由”だけど、聞いたら納得。
見目のいい子供や若い娘が何人も忽然と姿を消し、調べてみたら、人族の人さらいにさらわれ、一部のそういう趣味の人族に売り飛ばされてたんだそうだ。
多勢に無勢で救い出すこともかなわず、やむなく人族との関わりを一切断ち、人族が住まない山の中に、少人数の集落をいくつか作って隠れ住むようになったんだとか。
ちなみに、俺たちが有翼族の哨戒に引っかかった理由は、見ず知らずの存在が集落に近づかないように張られた“迷いの結界―あの三つ又の木のところで堂々巡りしたアレ―”をまっすぐ突き抜けて、集落をかすめるような進路で進んでいたからだそうだ。
こっちはただ、迷いかけていたからまっすぐ進めるように工夫しただけなんだけど、それが逆に警戒されたらしい。
“迷いの結界”を突き抜けるとは、何者だ? とばかりに。
そりゃ、魔法の結界を物理的な方法で突破すればねえ……
その後、俺たちが集落に近づかずに反対側の裾野に降りられる道を知らず、適当に進むしかないと知った彼らが鳥人姿の男を案内役につけてくれ、峠に続く道―とはいってもほぼ獣道だけど。連中は飛べるから、地上はあまり歩かないそうだ―に出たところで、鳥人はさっと飛び立ち、元来たほうへと飛び去って行った。
とにもかくにも教えてもらった下山への道をたどりながら、早見さんがつぶやく。
「何となく予想は付いたんだけど……一握りの犯罪者がやらかしたことで、人族全体が信用を無くしたわけなんだな……」
そして、本来なら犯罪行為なそれを、他の人族も咎めなかったのが、決定的な亀裂になったんだろうとも。
さらわれた者たちがどうなったのかは、記録には残ってはいないけど、まず間違いなく悲惨なことになっただろう、と早見さんは言う。
そうでなかったら、『有翼族が人族を信じなくなり、姿を消すなどということにはならないだろう』って。
たとえきっかけはさらわれたことであっても、売られた先でそれなりに幸せな日々を送っていたのなら、ここまで態度が硬化することはなかったはずだ、とも。
「どうして咎めなかったんだ? 一目見りゃ、有翼族だってすぐわかっただろうによ」
「火村くん、ことはそう簡単じゃない。この世界は、法による支配が完全じゃないんだ。それをやらかしたのが、例えば領主の一族だったら? 領民に、領主に逆らうだけの力は普通はないものだよ」
法を犯せば、たとえ首相だってその地位を追われるようなことが起こるのが、俺たちの世界なわけだけど、こっちはそうじゃないってことなわけだ。
「僕たちは、召喚先に恵まれたんだ。リーフ王国の王家の人たちは、誠実だった。それが、初めから僕たちを騙して使いつぶすことしか考えないような連中の元に召喚されたなら、どうなっていたかわからないよ」
早見さんの言葉に、全員が黙り込む。
うん、それって充分あり得た話だもんね……
ただ……その場に早見さんがいたら、やっぱり助けてくれたって思うんだ。いざとなったら、早々に本性を現してでも。
そんな気がする。
で、黙り込みはしたけど、足は止めない。暗くなる前に、峠を越えてしまいたいから。




