09.接近遭遇!……そして魔王の片鱗
残酷に感じる表現があります。
取りあえず昼食を食べ終わった俺たちは、一服した後また森の中に分け入って、獲物を探すことになった。
組み合わせは、午前中と同じ。
というわけで、俺と早見さんは他の3人とは違う方向へと歩き出した。
しばらく歩いているうちに、ちょうど少し開けたところに出た。大体直径10メートルぐらいの広さで、草がまばらに生えている。真ん中より少し奥ぐらいに、結構大きめの木が倒れていたので、こいつが倒れたせいで辺りが開けたんだなとわかった。
倒れている木がまだ新しい感じなので、最近倒れたばかりなんだろう。
で、その倒れた木の向こう側で、何かが蠢いている。なんか、いやな感じがしたんだけど……
それでもなんだろうと思っていたら、突然倒木を飛び越えて、何かが飛び出してきた。
緑っぽい色の皮膚、醜悪な感じの顔、小柄な体格。
咄嗟に働いた【鑑定】が告げる。『小鬼である』と。えっ!?
バットの半分くらいの長さの手製らしい棍棒を振り回しながら、唸り声をあげて小鬼がこちらに迫ってくる。次々に倒木を乗り越えて、10匹ほどが。
初めて見る小鬼に気圧され、咄嗟に剣が抜けない。喉が張り付いたように声も出せず、魔法も使えない。
その時だった。
「下がりなさい! 今の君じゃ無理だ!!」
いきなり肩を掴まれたかと思うと、後ろに追いやられる。
早見さんが、一歩前に出ていた。
次の瞬間。
あと一歩で棍棒が届くところまで来ていた先頭の小鬼の首が、いきなり飛んだ。
後続の小鬼も、次々首が飛んだ。まるで、見えない巨人か何かが、首をもぎ取って捨てたようだった。
小鬼は、青っぽい血を噴き出しながら倒れ、ほんの一時体を震わせ、動かなくなった。
10匹の小鬼が全滅するまで、わずか数秒。
すぐ目の前で血が噴き出したというのに、俺はもちろん早見さんも、一滴の返り血も浴びていない。
「……君はまだ、覚悟が出来ていない。この世界で“勇者である”ということは、こういった魔物にも対処しなければならないということなんだが……」
そう言いながら振り返った早見さんは、感情の動きが全く感じられない無表情だった。
それを見て、今のは早見さんが<念動>を使ったんだと直感した。
無表情にこちらを見る早見さんが、空恐ろしく感じた。
そして、初めて見る魔物の死骸……
恐ろしさと悍ましさが同時にこみ上げ、不意に吐き気が襲ってきた。
近くの草むらに顔を突っ込み、とにかく、出てくるものがなくなるまで吐いた。
冷や汗で、体が濡れているのがわかる。
一通り吐いて少し落ち着いたところで、恐る恐る早見さんのほうを見た。
ちょうど、倒木がどかされ、その下の地面が見えない巨大な手で掘り返されたように土が動き、穴が開く。
そこに、小鬼の死骸が放り込まれるように移動し、すべてに死骸が収まると、また土が動いて埋め戻される。
そして、その上にまた倒木がどんと置かれ、土の盛り上がりも目立たなくなった。
「……ひとまずこれで、目立たなくなるだろう」
小鬼の血がしみ込んだ土もほじくり返されて目立たなくなり、そこに小鬼がいたという痕跡がわからなくなる。
道具を使っているわけではないから、ほじくり返すといっても意外とその跡が自然な感じなんだ。平らにならされると、本当にわからなくなってしまう。
俺は、その光景を茫然と見つめていた。小鬼の存在そのものが、消し去られたかのようだった。
……本当に、早見さんが魔王に見えた。
その時、火村の大声が聞こえた。
「うおぉーい!! ヤバいぞーっ!!」
その声を聞き、早見さんの顔に、表情が戻る。
「何かあったみたいだね。戻ろうか」
火村を案じるような顔になりながら、元の広場の方向に歩き出す早見さん。俺も、何だか足元がふらつくような思いがしたが、何とかついていった。
巨木のある広場に戻ると、既にほかのメンバーは全員揃っていた。
俺たちの姿を見るなり、火村が怒鳴る。
「遅いぞ! 魔物がうろついてるかもしれないってのに!」
火村は興奮気味に、森の中で小鬼らしい複数の足跡を見つけたのだと言った。【鑑定】したから、間違いないと。
「ちょっと土がぬかるんだところに、たくさんの小鬼の足跡がついてたんだ! ぬかるみから離れたら、すぐに足跡がわからなくなって、どこに行ったのかわからないんだ! 今もヤツら、森の中をうろつきまわってるはずなんだ!」
ダニードさんも、真剣な顔で腕を組んでいた。
「今までこの森には、そういう魔物は出たことがなかったんだが……。これからは、気を付けないといけないということか……」
ダニードさんも足跡を確認して、つい今しがたつけられたものであり、10匹前後の集団だろうということだった。
小鬼自体は、1匹や2匹なら、少し腕に覚えがあるなら問題なく対処出来るそうだが、2桁の数が出ると、初めから討伐するつもりで計画を立てていかないと、対処が難しいのだという。
……もしかして、というか、もしかしなくても、さっき早見さんがあっさり全滅させた、あいつらのことだよな……
……小鬼はもういないと言いたいけど……絶対言えない。早見さんがやったって言ったって、信じてもらえるはず、ないもんな……
それに、あの時の無表情の早見さんを思い出すと、背筋に寒気が走る。魔王様に遭遇したくない。命は惜しい。
「ねえ、風間さん。何だか顔色が悪いけど、大丈夫?」
水谷さんが、俺のほうを見ながら心配そうな顔になった。
「小鬼にビビってんじゃねえよ。オレたち、勇者なんだぜ」
火村が、少し呆れたような顔でこちらを見ている。
あのな、お前は足跡を見つけただけだろ? 俺、実際に出くわしたんだぞ。いきなり出くわしてみろ、お前だって絶対俺と同じ反応になってたと思うぞ。早見さんが、例外なだけで……
というか、そのあとの惨劇のほうがインパクト強すぎて、思い出したら震えが止まらなくなりそうなんだけど。
「ねえ、本当に大丈夫? ほんとに顔色悪いよ」
土屋さんも、心配そうに俺のほうを見ている。
何とか、誤魔化さないとまずいなとは思うんだけど、咄嗟に言い訳が出てこない。
あの“首と胴体の泣き別れ”が、脳裏にちらつくんだよな……
「風間くんは、食事の後に急に動き回ったせいなのか、気持ち悪くなってしまったらしくて、さっき吐いたんだ。それで、顔色が悪いんだよ」
早見さんが、適当な言い訳を話してくれた。
「たまに、緊張とかのせいで、そうなるヤツがいる。少し休んで、お茶だけでも飲んでおくといい」
ダニードさんにそう言われ、俺は言葉もなくうなずいた。
今は、そういうことにしておいてもらわないと、どうしようもない。
俺は、焚火の側に座り込むと、まだ残っていたお茶を、少しずつ飲んだ。
お茶を飲んで、一息ついて、何とか気持ちを落ち着かせる。
向こうでは、火村、水谷さん、土屋さんと、ダニードさんが、真剣な顔で話し合っている。
そして、一歩下がったところで、早見さんがその様子をじっと見ていた。
特に目立つ表情もなく、ただ淡々と見ていた。




