ファーストキス
祖母の髪もついでに切り終え、鋏を見せる。
「この鋏とても高価な物なの。初めは叔父さんからのプレゼントかと思っていたけど違うのよね、お婆ちゃん?」
「あぁ、鋏もあの店もたぶん洋子のお祖父ちゃんになる人だろうよ」
「やっぱり」
大手の美容院に就職して二年経った頃、家の近くに小さな美容室が出来た。
私が憧れていた様な可愛い造りの店だった。
その店がオーナーの事情で開店前に売り出された。
隣のおばさんが仲介してくれて、頭金三百万円用意してくれるなら残りはかなり低めのローンで良いとのことだった。
まだ貯金は三百万円以上残っている。
都合が良すぎると思いながら、これはもしかしてと感じた。
初めにおかしいと思い始めたのは就職してシャンプー係を半年で終わった頃からだ。
後でチーフに聞いたとき、
「今年は新人を採る予定はなかったし、普通二年は雑用とシャンプーが主なのに」と言われた。
二年間でカラーからカットなど一通り経験したのだ。
鈍くても何かあると気付く。
店長は「預かり者だから」と他のメンバーに告げていたらしい。
だから皆私に嫌がらせなど言うこともする事もなかった。
正直に言うと私自身が気まずかった。
新品同様の店が売りに出ていると聞いて飛びついたが、よく考えるとあり得なかった。
ある人が関わっているのだろうと感謝していた。
「やっぱりお祖父ちゃんてお金持ち?」
「かなり……」
「孫とかいるの?」
「あぁいるけれど……。しかし、あちらの本妻さんにお子ができんで、親戚の子を養子にされたんよ」
「じゃ、本当の孫は私一人?」
「寛子・お前の母親が死んだ時、お前を引き取りたいと一度申し出があったが私が断っていたんだが」
「そうなんだ……今は?」
「奥さんは身体が弱くて早くになくなったらしい。御自身も早めに引退されて悠々自適生活されている。今でもお前のことを気に掛けているようだよ」
何となく理解できている。
「養子のお子さんは?」
「立派な社長さんになられているわよ」
「たぶん、それだ!」
急に立ち上がって陽くんが叫ぶ。
「「……」」
「その男が洋ちゃんをどうにかしようとしているんじゃ?」
深いため息を付く祖母。
「社長さんは寛子の事も洋子の事もよくご存じで洋子をうちの養子にとまでいわれたが、私が丁寧にことわっといた。遠くから見守ると約束もされた」
「じゃ、誰が洋ちゃんに悪意を抱いているのだろう?」
「絢美さんだと思う。何となくだけど」祖母が悲しそうに呟く。
「おじさんのも事故じゃない気がする」座り直した陽くんが落ち込んで話す。
「うん。ブレーキが効かないって、お父さん叫んでた」
重い空気が漂う。
真実はまだ闇の中だ。はっきりと見えない。
「明日も会える?」
帰り道私が聞くと、彼は吐息を漏らす。
「たぶん……」
「どうしたの?」
「自分でも自身の存在が危ういんだ。
まるで自分は幻のようで……自分の事なのに自信がない」
陽くんは不安げな顔をしていた。
「でも、君だけは守りたい」
私は彼の手をそっと包み込み、頷く。
彼は微笑んで、私の髪を撫でる。
私達は鳥居の下で初めてのキスをした。
彼が消えてしまっても私は目を閉じたまま暫く動けずにいた。
読んで頂き有り難うございます。
感想等いただけると幸いです。




