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21 鏡(承前)

「しかしそうだとすると――怪物が上原さんのお考えに従う存在であるとすると――それを元に戻すことは出来ないんでしょうか? そのぉ、変質してしまった怪物を元の知的な状態に、ということですが……」

 超常現象研究家を名乗る小太りの男=颯波健吾に指摘されてはじめて、ぼくは自分がその可能性をまったく考慮していなかったことに気づかされた。だが――

「それは、ぼくには何もわかりませんよ。さっきも言ったように怪物についてはまったく情報がありません。ぼくにいえるのは、怪物が元いた世界に戻るかあるいはこの地球上を怪物が元いた世界の論理で満たせば、怪物が怪物ではなくなる可能性があるかもしれないということだけです」

「その方法は?」

「わかりません。怪物に関する仮説には、ひとつの証拠もありませんから…… 怪物に関する推察にも、ひとつの確証もありませんから…… そんな状況で、あなたはぼくに何を見つけ出せと言うんですか? 怪物を元に戻す方法なんてクソ喰らえだ! 怪物の持つ論理がわからない以上、ぼくにできることは何もありません。怪物の持つ論理を推し量ることができない以上、ぼくたちにできることは何もありません」

「しかし変容してしまったこちら側の被害からそれを推察することはできるんじゃありませんか? 作用・反作用の関係から、それを推察することはできるんじゃありませんか? あの怪物が訳のわからない存在になったその事実こそ、怪物が元々知的生命体であったことの証拠だと断じた上原さんにならば、それができるのではありませんか?」

「ぼくはこれまで怪物について断じたことは一度もありませんよ。それに、あなたがぼくに望むのはそんなことなんですか? もしそうだとしたら、あなたはこれからすぐにアメリカ軍か日本政府に出向いて、あなたのそのアイデアを彼らに提供すれば良いでしょう。そうすれば彼らはあなたの話に耳を傾け、可能性の一環として考慮してくれるかもしれませんから。怪物についてただひとつのまともな仮説がない現状のいまなら、彼らは喜んであなたのアイデアを検討してくれるでしょう」

「アメリカ軍も、その母体であるアメリカ合衆国も日本政府もあるいは他の国の政府も皆、最終的には自分たちの利益と保身のことだけしか考えていないんですよ。何とかして、あの怪物から利益を引き出そうとしているだけなんですよ。そして、もしもそれが引き出し可能なものならば、その利益を利用して自分たちの保身を有利に展開しようとしているだけなのですよ。今回のものとは異なりますが、謎の怪物や物体あるいはUFOの目撃情報の中には――数は多くありませんが――厳重に隠蔽されたものがあるのです。外部からはアクセスできない情報があるのです。そんなアクセス不能の情報が少数とはいえ確かに存在するのです。そしてそれらは現時点では自分たちの手に余る内容なのかもしれませんが、敵国側に漏れると危険度が増す内容の情報であると彼ら組織の専門家が判断すれば、彼らはそれを隠蔽します。決して表に出すことはありません」

「では伺いますが、颯波さん、あなたの場合はどうなのです? あなたはそれを隠蔽しないというのですか? あなたはそれを一般公開するというのですか? あるいはあなたやあなた方の結社の利益のために、それを利用するというのですか? 例えば効率良いテロルを行うために?」

「わたしたちは自らキリストの生まれ変わりの現人神だと唱える頭のイカレタ教祖を仰ぐような宗教団体ではありませんよ。単にアメリカ軍や日本国政府の隠蔽工作に腹を立てている素人の集まりです」

「それにしては、ぼくに語りかけたときに遣った手口は巧妙でしたが……」

「あれは、わたしたちのスタッフの中に音響の専門家がいた結果に過ぎません。上原さんとコンタクトするのに例えば光通信が有利と考えられれば光通信の専門家を用意しましたし、別の伝達手段が有用だと判断されれば、その道の専門家を仲間の中から探したでしょう」

「しかしそれなら何故、あなたは本日以前から怪物のことを知っているのです? 怪物の存在を前提として話を進めるのです? 軍の情報に関しては兵士が漏らすことがあるかもしれませんが…… あるいは兵士の仲間があなた方の結社にいるのかもしれない。だが怪物については?」

 そこまでを一気に口にして、ぼくは颯波健吾の横顔を睨む。そして唐突に事実に気づいてしまう。

「ああ、そうか、颯波さんはあのときあそこにいたんですね! 奥多摩湖と雲取山頂と太平山頂を結ぶ三角地帯の怪物が落下した近くに?」

 すると、ぼくの驚いたような視線を受け止めて重々しく颯波健吾が口を開く。

「ええ、確かに現場近くにおりました。ですがもちろん、それはまったくの偶然でした。わたしたちが入山したのが偶々あの日の前日で、さらに今回の事件とはまったく別の件であの近くで一泊しようと決めていて、その後ラジオから人工衛星の落下の情報が入り、やがて怪物とアメリカ軍をかなり遠くからでしたが目撃することになったのです」

「無謀ですね。場合によっては死んでいたかもしれないのに……」

「無謀なのはわかっていましたよ。しかし、わたしたちはそう行動しました。言ってみれば、わたしたちの仲間がああいった場合に取るであろうと予想された行動の通りに……」

「そして怪物を目撃して、その後の大爆発にも巻き込まれずに無事に帰還したというわけですか? 強運ですね」

「確かに死者は出ませんでしたが、写真や映像情報はすべて失われました。……というより、ひとつも残らなかったのです。わたしたちが自分たちの頭の中にそれぞれ持っている記憶だけが、怪物とその存在を隠蔽しているアメリカ軍や日本国政府に対するわたしたちの憤慨を支えているのです」

「なるほど、あなた方の立場は理解しました。だが、ぼくにはあなた方が得た怪物の情報をいったいどのように扱いたいのかまったく見当がつきません。確かにぼくだって如何なる隠蔽工作にも賛同はしませんよ。ですが今回の場合、ぼくとしては多くの人間が怪物のことを知って曖昧な情報が蔓延していく事態だけは避けたいと考えています。徒な好奇心が怪物に一斉に向けられるような事態だけは避けたいと考えています。というのは、ぼくには怪物がぼくたちの論理や非論理あるいは感情変化を写す鏡のように思えて仕方がないからです。恐怖には恐怖を憎しみには憎しみを、あるいは不安感に不安感を返してくる鏡のように思えてならないからです。もちろんいまぼくのいったことは、まったくのファンタジーです。何の証拠も確証もありません」

「怪物は鏡ですか? ……とすると、ある場合には怪物はわたしたちを畏れもすると?」

「いま怪物が従っている論理または非論理にぼくたちが普通に思い描くような畏れの感情があるかどうかはわかりません。だが、もしかすると……」

 そのとき、ぼくの心の中にある仮説が浮かぶ。だが、その仮説はこれまでとまったく同じように確かめようがない。証拠もなければ確証もない。

「どうされましたか? 何かヒントを掴まれましたか?」

 超常現象研究家を名乗る颯波健吾に促されて、ぼくはたったいま自分の心に浮かんだ考えを述べる。たったいま心に浮かんだ考えを颯波健吾に述べている。

「もしかしたらぼくと山下くんを怪物が直接襲わないのは、怪物がぼくたち自身かあるいはぼくたち二人が同時に発する――醸し出す――何かを畏れているためかもしれないとふと思っただけです」


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