第四節
「怪異人種っていうのは……」
「怪物的な力をもった人間達の事だよ。一般人にはない超人的な身体能力を持っていたり、超能力が使える人達の事をまとめてさす言葉と思ってくれれば良い。怪異人種は意思を力に変えて常識を逸脱する」
そこまで話すと、青星は右手を口に添え何かを考えている。ニ、三秒後に彼女は藤崎の目の前に置かれたコーヒーを指した。
「例えば、コーヒーといえば苦味か酸味が伴っているものだろう」
「まぁ、砂糖や牛乳を入れない限りは、そうですよね」
「そうだ、それが常識だ。だが、コーヒーが甘くなると思い続け、実際にコーヒーを甘くするのが怪異人種だ」
青星の説明に、藤崎は耳を疑う。もしそんな事が出来るなら、不味い料理を美味しく変える事が出来るはずだ。食品ロスが全くなくなるのではないのか。
目を細めた藤崎を見て、青星はふふと失笑する。
「なんなら、試しに私がそのコーヒーを甘く飲みやすくしてみせよう」
青星はそう言うと藤崎のコーヒーカップを手に取る。
本当にそんな事が出来るのだろうか。藤崎は腕を組み青星を見ていたが、彼女が両手でコーヒーカップを抱え静かになったのを見て、その空気に呑まれる。
「────ハァッ!」
突如瞳を開き、気合の掛け声をあげる。特に青星が光ったりすることもなく、コーヒーカップにも変化はなかった。
だが、彼女は強気な表情でそのコーヒーカップを藤崎に差し出した。
「飲んでみる?」
自身ありげに彼女は提案する。
彼女のその顔を見ていると、もしかしたら本当にコーヒーが甘くなっているんじゃないかと藤崎は期待してしまった。
コーヒーカップを顔の近くに持ってくる。匂いは変わらないままだが、青星はあくまで甘くすると言っていただけで、それは味覚限定の話なのかもしれない。
これで藤崎でもスラスラと飲めるような、そんな甘いコーヒーが出来てしまっていたら。考えているうちに心臓の主張が大きくなる。
藤崎は高鳴りを抑えつつコーヒーカップの淵に口をつけ、そして一思いに中のコーヒーを飲んだ。
瞬間、藤崎の口内に、周知の風味が広がる。
「…………めちゃくちゃ苦いじゃないですか」
歪んだ顔で藤崎は青星に訴えた。
それは、メニュー表に書かれている通り、口の中にほどよく残るような苦味が味わえる、喫茶店オススメのオリジナルブレンドコーヒーだった。
「そりゃあコーヒーだからね。苦くて当然でしょう」
「なんでそんな当たり前みたいに言うんですか……」
「期待してくれてたみたいけど、もし本当にブラックコーヒーが甘くなるなら、どんな不味い料理も美味しくなれるし、人類は食糧問題を解決できるよ」
青星が真顔でそう言うので、虚構の敗北感が藤崎の中でわきあがり、唇を嚙みしめた。
「まぁ、私は味を変える力を持っていないけど、そういう事が出来るのが怪異人種って話さ。その怪異人種も、人によって様々な力を持っているから、中には本当に味を変える人もいるかもね」
彼女はそう説明するが、藤崎はもはや何も信じられなくなっていた。
次はどう騙されるのか気が気でなかったが、また表情で察したのか、青星は頬をかき謝罪した。
「悪かったよ。まさか君がそこまで純朴な少年だとは思わなかったさ」
「……まあ、わかりやすく説明しようとしてくれたんですよね」
「それに、背伸びをしてコーヒーを飲むような可愛げもあるなんて」
「本当に申し訳ないと思ってます?」
「もちろん。でも、例えなくても君は既に経験しているんじゃないか?怪異人種がどういうやつなのかって」
青星の問いに藤崎は首を傾げたが、すぐに理解した。
その時に思い出したのは、小判塚医院での出来事だった。藤崎は確かにこの目で見た。並大抵の人間では曲げる事さえ叶わないバリケードを破り、窓ガラスを割ったあの大男を。
また、目の前の女性もかけつけてきた際には、大男が逃げようとした車のタイヤをパンクさせた。
「アイツも、青星さんも怪異人種なんですか……?」
「そうとも。私もアイツも同じ。常識から逸脱した力を持っている。私だって、コーヒーを甘くする事は出来ないが、あぁ言った暴漢を抑える池あkらは持っているさ。こいつを持ってね」
青星はそう答えると、すぐ隣に手を伸ばし、何もない空間に光と共に刀を出現させた。
「どういう原理で出しているんですか、それ……」
「私が刀を出すという意志を強くしたから刀が出てきた。ただそれだけ」
青星は理屈ではないと藤崎に説明した。
怪異人種の意志の力というのは人によって作用が違うそうで、青星の場合はそれが戦いの麺で強く作用しやすいらしい。
「怪異人種の力については、まだ研究され尽くされていない。人が何故このような力を持つようになったのかも。未だ仮説が飛び交っている状況さ。大昔に言われていた妖怪や都市伝説の正体と話している人間もいたっけ」
架空の存在と思われていたそれらが、実態している。それこそ、藤崎にとっては常識から離れた話だった。
しかし、既に怪異人種と言われる人物達を目にしている以上、藤崎に出来ることはこの事実を受け入れることだけだった。
「じゃあ、俺が刀を出せたのも……」
藤崎は自分の右手を見る。
半朦朧としていたあの状況下においても、確かに感じた手触りと、人を斬り、刺した感覚。それもまた、受け入れなければならない事実だった。
「もう一度言うが、怪異人種というのは一般人が手に負えないような人間なんだ。その異質さから、”イビト”という俗称で呼ばれる事もある」
青星は両肘を机にたてて、改まって言う。
「君が知りたいと言っていた件の男は、それだけ危ない存在だ。それを知る目的はもしかしたら自衛なのかもしれないが、これ以上、イビト関連に関わるのは君の命にも関わる。わざわざ首を突っ込む話じゃないだろう」
青星の声は、先ほどまでの茶化された雰囲気を取り払った。
「今の君はまだ半覚醒の状態だ。満足に刀を出せる状態でもないと聞いている。まだ平穏な日常に戻る事が出来るんだ」
青星は藤崎に諭すような言い方をする。否、もはや藤崎の事を説得しようとしているのだろう。わざわざ危ない橋を渡る必要はないと。
藤崎が刀を完全に具現化させることが出来ないのは事実だ。退院後、藤崎は何度か試してみたが、刀を具現化する事は出来なかった。
「大男の情報は提供するけれど、今後どうするかについては、慎重に考えてほしい」
青星は藤崎にそう告げた。