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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第六章
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第八節

 

 藤崎は部屋の中で待つように命じられた。


 朝、八坂から見張りの職員に、指定の時間になったら部屋から出るよう命じられていた。あわせて、時間があるのでシャワーを浴びるよう提案された。


 やや強く出てくるお湯が、汗や汚れを落としてくれる。髪先から、足の爪先まで。同時に、これまでのしがらむ考えも、抜け落ちていくような気がした。


 お湯を止め、バスタオルで濡れた身体や髪の毛を拭く。鏡に手をあてながら、そこにうつった天色の瞳をじっと見た。


「まだ慣れないな……」


 ぼそりと呟いた。藤崎は拳を握りしめた。身体を拭き終わり、服を着た。


 外では牢屋番だった職員が眠そうに立っていた。

「すみません、お待たせしました」


「あぁ……いや、構わない」


 職員は藤崎に答えた直後、あくびをした。


 シャワーから戻った藤崎は、しばらくベッドの上で寝転がりながらスマートフォンで時間をつぶしていた。


 午後二時頃、遠くから足音が響いて聞こえた。


 足音の数は三つ。部屋に入ってきたのは黄陽一人だった。外で待機している二名は、おそらく召使だと藤崎は推測した。


「ほう、言葉通り目の色が変わったな。心情の変化でもあったか?」


 藤昭の顔を見た黄陽は笑いながら藤崎に尋ねた。藤崎はその問に、いくらでもと答えた。鉄格子を挟んだまま、黄陽は話し始めた。


「現場の検証はすんでいる。強い衝撃があり、建物が倒壊した。危険物のない放置された倉庫でそのような事が起きるのは難しい。怪異か怪異人種が深く関わっているというのが、機関の見解だ。さて、君はその現場にいた重要参考人であり、事態を起こしたと思われる要注意人物とされているわけだが…………」


 黄陽は、これ以上は何も言うまいと、返答を藤崎に委ねた。


 隠す必要もないと思った藤崎は、昨日未明までの出来事を黄陽に報告した。あの倉庫で起きた出来事を。螭吻と名乗った、変わり果てた青星の事を。


 黄陽は静かに聞いていた。藤崎が全て話し終えたことを伝えてから暫くは黙って思案を巡らせているようだった。


「そうか、ご苦労だった」


 黄陽はまず労いの言葉を藤崎にかけた。


「黄陽さん、龏信会とはいったいなんなんですか」


「…………さあ、なんだろうな。龍を崇拝の対象としていると聞いたが」


「螭吻と名乗ったあの化け物は……」


「さぁな。青星の怪異人種のもとがそうだっただけかもしれない。怪異人種が怪異に成り果てた事例は、君も見たことがあるだろう?」


 黄陽の返答を聞き、藤崎は顎に手を当てた。


 藤崎は黄陽ならなにか知っているだろうと踏んだが、そうではなかった。或いは、はぐらかされたのかもしれないと、藤崎は考えた。


「彼らの目的は……」


「それも、彼らしかわからない」


「そうですか……なら、俺が龏信会の目的を暴きます」


「大きく出たな」


「龏信会赤の魔女は俺の友人です。龏信会が危険な事をしているなら、俺は、あいつを脱退させたい」


 青星にも以前、同じような事を説明した。藤崎の意気込みに、黄陽は感嘆のような声を漏らした。


「勇気ある言葉だ。私はてっきり、青星くじらの仇を取るとでも言うかと思ったが……」


「……どう捉えていただいても」


 茶を濁すような返答を藤崎はした。


 黄陽の言う通り、藤崎は青星の直前までの行動も龏信会が関係しているのではないかと考えていた。


 青星は以前、協力してくれると話していた。その中でもしかしたら龏信会について何か知ってしまったのではないかと思っていた。


 黄陽ならその捜査について知っているのではないかと思っていたが、先の返答もはぐらかされている可能性が高い。


 竜生九子の件も、龍の子という言葉についても、おそらく尋ねたところではぐらかされるだろう。であれば、己が行動するしかない。青星に託された思いも抱えて。


「団体を相手にするには至難だとは思わないか?」


「思います。なので皆さんにも協力してほしいです……俺を、イビト隊に入れさせてください」


 胸に手を当てて、黄陽に希望を伝えた。黄陽の顔は見えなかったが、暫く静かにしていたので、藤崎の要望は予想していなかったのだろう。


 やがて、黄陽は藤崎に聞き返した。


「……機関に、君が入ると?」


「もちろん、龏信会以外のことも手伝います。青星さんがやってたような事を、今度は俺がやります」


「…………機関も随分と安く見られたな。だがまぁ、青星くじらの穴は大きい。怪我を負わされた職員も少なくない」


 黄陽は顔に手をゆっくりと近づけ、考える素振りを見せた。藤崎は頭を下げた。


「すべて、君の希望通りに進むとは思わないことだ」

 黄陽は藤崎に告げた後、話は以上か尋ねてきた。なにも言うことはないと思った藤崎は静かに頷く。黄陽は部屋の出口に足を向けた。


 そのまま退出するのかと思いきや、黄陽は一度立ち止まり、藤崎に振り向いた。


「……時間があるなら、執務室によれば良い。青星くじらのお気に入りは、何も手付かずでいるはずだ。共に仕事をするならば、挨拶でもしてやれ」


 藤崎に告げた後、黄陽は今度こそ部屋を出て行った。


 藤崎は黄陽によく聞こえるように、大きな声で礼を言った。


 隔離部屋を出る。足がもつれて転んでしまいそうなのを立て直しながら執務室へ向かった。


 執務室の扉を開けた。自席で座っていた八坂が立ち上がり、藤崎を呼んで近寄った。


「少し、外でお話しませんか」


 藤崎は八坂の瞳を見ながら提案した。八坂は昨日と情緒が変わった藤崎を見て驚愕していたが、頷いて藤崎の提案に乗った。


 八坂はドライブを提案してきた。二人きりで話したかった藤崎にとって好都合だった。


 藤崎は八坂の車の助手席に乗った。太陽が西へ傾き始め、空が朱くなり始めていた。


「見違えたな」


 先に声をかけたのは、八坂だった。


「ご迷惑をおかけしました」


「ご迷惑……ね。さぁて、どれのことだろうなぁ」


 八坂は笑いながら聞き返してきた。


 青星と会いに行くときに八坂を呼ばなかった事はもちろん、昨日八つ当たりをしてしまったことも含めて、藤崎は八坂に迷惑をかけたと思っていた。


 八坂の声色はからかっているようだが、言葉が藤崎の心にちくりと刺さった。


「…………どれも、だと思います」


「あぁ、ごめんごめん、意地悪したな!」


「いえ……ほんと……申し訳ないことを……」


「かしこまりすぎだっての!それに、俺だって悪かったよ。見っともないところを見せて、少年を追い込ませてしまった」


 八坂は笑いながら、藤崎の頭を片手で撫でた。


「よく頑張った。なぁ、本当に……よく頑張ったよ」


 八坂に頭を撫でられ、藤崎は目の奥が熱くなった。藤崎はこらえて、八坂に話をつづけた。


「八坂さんがこの前言っていた逃亡者の話って、八坂さんの同期だったんですね」


「早乙女のことか。青星さん、何か言っていたか」

「負い目に感じてました……その人を殺してしまった事を。八坂さんには、今でも申し訳なく思ってるとも」


 八坂は小さくそうかと呟いた後、暫く黙っていた。


「妙なとこで真面目なんだから」


 高速道路の上を走るタイヤのすり減る音で掻き消えてしまいそうなほど、本当に小さな声で八坂はぼそりと呟いた。


 車は首都高を降りて、国道を走る。


「それで、少年はこれからどうするんだ?」


 信号待ちの間、八坂に聞かれた藤崎は、黄陽の時と同じように答えた。


「龏信会を叩くために、イビト隊に入りたいと黄陽さんにお願いしました。東雲を守る為、勇樹を抜けさせる為……それに、青星さんの為にも」


「……そうか。わかった」


「驚かないんですか?」


「少年ならきっとそうすると思っていた」


 八坂は笑いながら答えた。


 湾岸地区に到着した。八坂は倉庫の目の前で車を停めた。あたりはだいぶ暗くなっていた。


「支部長が認めて、仲間になるなら、もう少年とは言わない方が良いなぁ」


「そうですか?」


「そういうものだ。よろしく頼むぜ、藤崎」


 八坂は藤崎に手を差し伸べた。藤崎はそれを手に取った。


 二人は倉庫の中に入った。黄陽は現場検証は終わったと言っていたので、撤収した後なのだろう。


 風が何度も通り抜ける。残骸や凄惨な傷跡は置いてきぼりにされていた。


「青星さんは、螭吻という化け物なりました……俺はどうすればいいかわからなくて、必死でした」


 もう殆どが消えてなくなった倉庫を見て、藤崎は話し始めた。


「前に一度だけ、青星さんとここに来たことがありました。その時、万が一の時は俺に止めてもらいたいって言ってたんです。思えば、その時すでに覚悟を決めていたのかもしれません」


 藤崎はその時の青星の顔を思い出していた。その時、藤崎は冗談だと思っていた。だが、青星は本気だったのかもしれない。


「あの人は、安らかに眠ったか?」


「えぇ……歯痒いほど、穏やかに」


「そっか、なら良かった」


 八坂はポケットからライターと煙草を取り出し、煙草に火をつけた。


 藤崎は青星がいた最後の場所に近づき、刀を具現した。後ろ髪を掴み、刃を後ろに回す。自身から離れた髪の毛を地面に置いた。


 風が吹き、たばこの煙と手向けの髪を遠くに運んで行った。


「行きましょう」


「あぁ」


 暫時時が経ち、二人はその場を離れた。


 自分等の仲間に感謝と別れを告げた二人は、跡地を背に夜の東京へ戻った。

 藤崎はこの夏で世の中の裏の片鱗を見た。


 出会いと別れを経て、藤崎は力を持つ者の責任を知った。


 そして、自分が何をすべきかも。


 東雲と再会した藤崎は、彼女を抱きしめ人形の礼を伝える。


 様子を窺う東雲に、藤崎はもう大丈夫だと伝えた。


 少年、藤崎隆二は託された物をしっかりと抱え、戦い続ける。


【龍維伝第一幕 終】

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