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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第六章
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第四節

 紅蓮色と朱色の光があたりを照らしていた。


 その光はゆっくりゆらめきながら、パチパチと音を立てて天へ昇っている。時折、橙色や黄色に変わるそれが炎と認識した。同時に、周り全てが燃え盛っている状況を理解した。


 藤崎はぼんやりとその光景を眺めていた。そのような状況に置かれていても熱を感じないのは、ここが夢または幻覚だからだろう。


 見渡しながら進むと、二人の男女が、赤子を大事に守っていた。


 男女が警戒をしていた方角の先に一人の影が立っていた。影はゆっくりと男女に近づく。光源が炎だけだからなのか、ここが夢だからか、皆の顔は明確に見えなかった。


 男性は女性に赤子を託し、剣を強く握りしめて影に近寄った。


 影も刀を取り出し、男性に近寄る。お互いなにも言葉を交わさず、鎬を削り合い始めた。


 剣と刀が弾く音が響く。その度に炎が強く舞い上がる。鍔迫り合いは激しくなり、それに呼応するかのように周りにあった炎が激しく踊り出し、目の前の光景を全て包み込んだ。


 視界が炎で覆われる。熱は感じない。ただ、暖色の光の渦に巻き込まれ、周辺の状況が何も見えない。


 やがて炎の勢いが弱まり目の前が開けた時には、誰もいなくなっていた。


「皆、お前には争いと縁のない生活を願っていた」


 後ろから声が聞こえた。最近、よく聞く声だ。


 振り返ると、あの忌々しい声の主が人影となって藤崎の目の前に現れた。影は藤崎と同じ背丈だった。炎に照らされてもディテールは露わにならない。なんとなく、自分によく似ているような気がした。


「だから怪異人種や怪異とは無縁の生活を送らせていた。なのにお前は、自ら死地へと赴いた。お前の母親はどう思うだろうな?」


 影は藤崎に近づいた。藤崎はなにか言い返したかったが、声が出なかった。


「だが、同情はしてやる。人というのは争うものだ。誰しもがなにかしら傷つける。生きるにはそうせざるを得ない」


 影は藤崎の周りを歩く。時折、腕を広げ、大袈裟な演説のように。


「そのくせ、人を傷つける事は悪だと言う。おかしな話だ……人の本質は争いだ。人は争い、奪い合い、生きてきた。命を、知識を……すべてを」


 思想の強い主張だと、藤崎は首を傾げていた。ここが夢ならば、この考えを自分は抱いていたのか。藤崎は自身を疑いたくなってきた。


「さて、お前は師によって死目にあわされても、ナイトごっこを続けるか?」


 藤崎は怪訝な顔を見せた。


「なんだ、ごっこと言われるのが気に食わなかったか?命をかけることなんて茶飯事だ。その中でお前は、物語のヒーローやナイトになりたがってるだけだ」


 影は藤崎を指してからかった。


「まだ戦火に身を投じるか?争いを見せてくれる分には、構わないのだが」


「……どのみち、俺は命を狙われているんだろう」


 ようやく、藤崎は影に答えることができた。確かにそうだと影は笑った。


「続けるというならば、お前は選ばなければならない。愛する人を失うか、師を失うか。ヤサカとやらも言っていただろう。何かを選ぶということは、何かを捨てるということだと」


 影は藤崎に刃を向けた。藤崎が具現化した時に現れる刀と同じだった。


「やるか、やられるかだ……選べ」


 影は刃を横に寝かせ、藤崎が柄を握りやすいように差し出した。


 藤崎は刀に手を伸ばした。その白い刀を手に取ろうとした時、藤崎は目を覚ました。


 起き上がり、周りを見渡した。植栽と、外へのトンネルと、館が見えた。屋内にいたはずだが、気を失ってる間も這ってでも追いかけようとしていたのだろうか。


 見上げると、空は朱く染まっていた。


 藤崎は左腕を見た。そこまで深く斬られてはいなかったようで、血は流れていなかった。まだ痛みは残っており、左手を握ろうとすると痺れる。


 身体が重たく感じた。加えて、先の戦闘のせいでむち打ちのような痛みを身体のところどころに感じた。

「でもまぁ、動けないほどではないな」


 藤崎は自分に言い聞かせるように呟いた。


 右腕を支えにして、どうにか立ち上がった。


「東雲は……大丈夫だろうか」


 東雲のことが心配だった藤崎は、東雲の部屋まで駆けていった。


 廊下を走っている時も、もしやと不安な感情が藤崎を煽っていた。幸い、藤崎の心配は杞憂で終わった。東雲は自分の部屋で眠っていた。東雲の寝顔を見て藤崎は全身の力が抜けた。


 扉が開く音がしたので、すかさず刀を具現化し、東雲を背に立った。


 最悪の想定をした。しかしそこにいたのは黄陽と、召使二名だった。


「……奴が侵入でもしたか?」


 黄陽は召使に藤崎の怪我の手当てを指示した。


 怪我の処置は、テーブルで行われた。傷口が沁みて、左腕に力が入る。藤崎はなるべく大声を出さないよう堪えながら、黄陽に説明した。


「あなたの想定通り、青星さんがここに来ました。ここに到着後、そこの紅茶を飲んだら、東雲が寝てしまって……」


「君はなぜ助かってる?」


「たまたま溢して少ししか飲んでなかったんです。助かったわけじゃない」


「そうか、運が良かったな。それで?」


「ポットの分を注ぎ直したら、色が少し緑色だったんです。ただ、全てがそういう色だったわけじゃない。混入することで色が変わる紅茶があるので、その類だったんじゃないかと思いました」


 藤崎はポットに残った紅茶を東雲が使用していたカップへ注いだ。


 改めて見ると、青緑色の液体の中には、シアンのような明るい青色が含まれていた。


「あの人は、コーヒーには拘りがある人でした。けれど紅茶には疎かったようです」


 カップの中の液を見ながら、藤崎は呟いた。その色は、純粋な青色ではなかった。


「なるほど、こういうのも教養のうちか。君の以前の主張は正しかったのかもしれないな」


「気づくのが遅いようじゃ、知らないのと同義ですがね」


「意地の悪い。皮肉だな」


「純粋な感想ですよ」


 藤崎は黄陽の目を見て答えた。


 色が変わる紅茶がある事を知っていても、東雲に飲ませてしまったわけだから、たとえ黄陽が評価しても藤崎としては手放しで喜べなかった。


「それで、眠らなかった君はどうした?」


「誰かの策略かと思って、外に出ました。そこの廊下を進んで、大きな廊下に差し掛かると、倒れてる人たちが大勢いたんです。そこで青星さんと鉢合いました」


「交戦したのか?」


 黄陽の問いに藤崎は頷いた。


「勝てると思ったか?」


「勝たないといけないと思ってました。背を向けたら、東雲に危険がいくと思ったので」


「はははは。君はつくづく、娘の事を愛してやまないようだな」


 黄陽は冷たく笑った。藤崎は黄陽に言われたのが複雑で、口を結んだ。


 黄陽は東雲に近づいてそっと様子を伺った。


「……あくまで、眠っているだけのようだな。今回は使命を果たしてくれたじゃないか」


 黄陽は藤崎に振り向き、感嘆した。


「よくぞ追い返した。それで、君は青星くじらが何処にいるのかわかっているのか?」


 言葉は質問だった。だが、青星が藤崎に告げた言葉を知っているようだった。


 あの場所で待ってると、青星は藤崎に告げた。藤崎は既にその場所に検討はついていたが、今この場で黄陽に話しても良いか悩んだ。


 伝えてしまうと、黄陽が部下たちを動かそうとする可能性があるから。藤崎は迂闊に喋るべきではないと判断した。


 だがそれさえも、黄陽は見抜いているようだった。

「ならば、彼女を狩るのは君の役目だ」


「……狩る、ですか」


「不満か?」


 黄陽の問いに藤崎は答えなかったが、彼の考えをやはり黄陽は見抜いていた。


「まさか、この期に及んで話せばわかると思っているのか?今更庇う必要がどこにある?」


「……そうですね」


 藤崎はしぶしぶ同意した。


「どうしてもと言うならば、連れ戻すよう説得してみてもらっても構わない。いずれにせよ、我々は出来る限りの戦力を彼女に費やすつもりだ」


 それはまるで、次に青星と出会うのが最後のチャンスだと言っているようだった。


 確かに、青星の苦しみ方は、藤崎が負わした怪我だけではなさそうなほど、より重く苦しんでいた。


 黄陽に告げられるまでもなく、次に出会う青星が最後のチャンスなのかもしれない。


「俺は約束を果たしたいだけです」


 藤崎は黄陽に告げた。黄陽は静かに、そうかと答えた。


「今日は休め。娘はこちらで様子を見る」


 黄陽に告げられた藤崎は、無言で頭を下げ、部屋を出た。


 召使に車で送迎される。その間、藤崎は思案に耽った。可能性が低くても対話で解決できるのではないかという考えを捨てきれずにいた。


 だが、そう思うのは黄陽の言うとおり甘い考えなのかもしれない。人の味を覚えた熊をわざわざ庇っているようなものだろう。


 感情は冷静を取り戻している。代わりに、気を失う前に腕一杯抱えていた怒りは全てこぼれ落ちてしまった。


 もし、約束の場所で青星と出会い、わかり合えなかったら。果たして自分は、青星と再び刀を交えることができるだろうか。


 手が震える。


 藤崎は誰かに連絡したくなってポケットに手を伸ばしたが、すぐに思い直して両手を強く握った。


 八坂達は組織の人間だ。情に絆されて動く事はないに等しい。10-ironの二人は怪異人種のことを知っているが、戦える人達なのかは藤崎は知らない。親にこのことを相談するなんてもってのほかだ。


 立ち向かうならば、ひとりで。


 藤崎の中で結論が出た。あとは覚悟を決めるだけ。


 想いを込めれば、伝わるのだろうか。それはわからない。


「意思あるところに道は開ける……か」


 ふと思い出した、藤崎の背中を押してくれたその言葉は、青星が座右の銘と言っていた言葉だった。


 皮肉なものだと藤崎は小さく笑った。


 車は怪異人種犯罪対策機関に停まった。召使が後部座席のドアを開けた。


 藤崎は車から降りたあと、建物の中に入らず、帰路に着いた。


 家には誰もいない。紗代は知り合いの自警団へ手伝いに行った。最近、物騒な事件が増えてきたから、自警団でもパトロールしているらしい。


 藤崎はシャワーを浴びた後、ベッドに寝転がった。身体はくたくたで、すぐにでも眠りたいのに、眠れなかった。


 今日、寝ている間にも青星は変わってしまうかもしれない。


 もし、青星を探すなら、今日しかないのだろう。

 藤崎は家を出て、自転車で駆け出した。


 青星と過去の話をしたあの場所。東京湾近くの倉庫を目指して。

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