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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第五章
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第三節

 藤崎は電車に乗って一人で帰った。八坂に送ろうか提案されたが、なんとなく一人で考えながら帰りたい気分だった。


 電車内の電子広告に、多我カワルという、バーチャルストリーマーが映った。愛飲してるエナジードリンクの広告だった。多我カワルは藤崎がよくみている配信者だ。いつの間にかコラボしていたらしい。


 藤崎はコラボの事も知らなかったが、最近配信を見てない事に気がついた。藤崎はスマートフォンを取り出し、電車に揺られながら多我カワルの配信アーカイブを観ることにした。


 多我カワルは最近、配信者向けサーバで遊ぶゲームの配信をしていた。元々多重人格で色々な性格が様々なジャンルのゲームをプレイしたりしていたが、今は主人格がほとんど配信していた。


 昨日は共演者と雑談を交えながら、ファーム作業をしていたらしい。


 雑談の内容は至って普通の日常会話だった。


 怪異人種や怪異なんて言葉は出てこない。二ヶ月前の頃と変わらない平穏な日常の会話をしていた。

 そんな中、多我カワルは最近、流行の配給食サービスを使いはじめたらしい。


「えっ、多我ちゃんそういうの使うんだ」


「使うー……というか、なんかそういうの興味あって」


「アレっしょ?『チッ、この人工食肉にも飽きたな……そろそろ天然の肉がくいてぇぜ』ってヤツっしょ?」


「そうそう。『今日はブロッククッキーか……食感がある分、当たりの日だぜ』みたいな」


 多我カワルは楽しそうに話していた。それを聞いた他の配信者がディストピア飯じゃんと笑いながらツッコミを入れた。


 いわゆる近未来SF世界でありそうなメニューを再現された食事が宅配で届くらしい。食糧難を解決する実験として作られた食品も配られるので多少値は張るが、決まったメニューがローテーションで来るわけではないので、飽きないらしい。


「自炊とか面倒だからねぇ。フナさんもやってみたら?」


「いやぁ俺はいいかなぁ……」


 多我カワルに勧められていたが、フナと呼ばれた共演者はやんわりと断った。共演者達は物好きだなぁと笑っていたが、藤崎はそんな多我カワルがちょっとカッコいいと思った。


 普段、紗代が作る料理が殆どの藤崎には、贅沢な悩みかもしれないが、ディストピア飯がカッコよく感じ、ちょっと食べてみたいと思ってしまった。


 誕生日に頼んでみようか、一瞬悩んだが、紗代がせっかく好きな料理作ってくれると言っていたのに酷いなと考えを改めた。


 多我カワル達は雑談をしながら、ゲーム内でファーム作業を続けている。


「そういや、多我ちゃんホラー雑談今年もやるの?」


「や……やります、よ」


「めっちゃ嫌そうじゃん」


 笑う共演者に多我カワルはそりゃそうですよと嫌そうな声をしながら答えた。


 視聴者から実体験や聞いた話を募集して、多我カワルがそれを読むという企画だ。多我カワルはお便りを読む配信が好評だ。というより、音読という行為が好評である。もともと様々な声を出せる実力もあり、文章を読む技術も長けている。


 余程なことがない限り噛むことのない多我カワルの読み聞かせ配信が、チャンネルの中でも頭ひとつ抜けて人気な企画だ。その次に人気があるのが、視聴者からお便りを貰って雑談する配信だった。


 藤崎も多我カワルの読み聞かせ配信が好きで、よく聞いている。ホラー雑談も、好きな回だった。


「妖怪の類ならまだ現実味ないけどさぁ。なんか日常に潜むお化けの話とかだと、不安だなぁ」


 多我カワルはボヤいた。


 現実味のない話かと、藤崎は少し心が苦しくなった。その時、藤崎は多我カワルの配信を今までと同じように聞く事はできないと思った。


 人から来るお便りがすべて、本当の出来事だとは思わない。創作怪談を集めているネット掲示板もあるほどだ。怪談というのは、作り話である事が多い。


 だが一方で、藤崎は日常の裏に潜んでいる陰を知ってしまった。奇妙な力持つ怪異人種という人間だけでなく、怪異そのものも見た。陰で暮らす人々を藤崎は見てしまった。


 勿論、藤崎は山の人々の事や昨日の出来事を多我カワルに話すつもりはない。藤崎はその後も多我カワルの配信を観つづけた。


 吉祥寺駅に着いた藤崎は、10-ironへ寄る事にした。もしかしたら、青星について何か情報が来ているかもしれないと思った。


 10-ironは営業していた。テラス席には新聞を読む男性の老人や、雑談をする婦人がいた。店内には勉強をする中学生に、ノートパソコンを開いて作業している会社員、休憩中の観光客がいた。


 その中に青星くじらの姿はない。そんな都合の良い展開が起きるわけがないと思ってはいたが、落胆の気持ちは少しだけあった。


「どうかした?」


 会計を終えたテツが藤崎に近づいて尋ねた。


「いや、青星さんが来てないかなって思って……」


 藤崎が答えると、テツは人差し指を口元に当て、今日の出来事を振り返った。


「んー……今日は来てないかも」


「そうですか……もし見つけたら、教えていただけますか?」


「いいよ」


 テツは一言了承した。加えて、今は厨房にいる源川にも伝えておくと言ってくれたので、藤崎はお礼を述べた。


「そういえば、一昨日男の子と一緒に来てたのはどうだった……?」


「それは……」


 藤崎が答えようとするとテツの視線が藤崎の後ろに向いた。振り返ると、ちょうど佐藤が店の中に入ってきた。


 藤崎と佐藤は互いの名を呼んだ。


 それから、藤崎と佐藤は昨日のことをテツに話した。問題は無事に解決したが、高尾が山に療養することになった事を話した。


 テツがサービスで飲み物を作ってくれると言ったので、藤崎はテツのおすすめブレンドを、佐藤はブラックコーヒーを注文した。


「ブラックで飲めるってかっこいいっすね」


「そうか?……あぁ、それにしても、ここで会えたのはちょうど良かった」


「俺にですか?」


 佐藤は頷いた後、藤崎に対して頭を下げた。


「昨日は悪かった。途中で、君を疑うような事をしてしまった。浅はかだったと思う」


「いやいや、それは昨日もう謝ってくれたじゃないですか!全然気にしてないですから、大丈夫ですよ」


 藤崎は佐藤に頭を上げるようお願いした。佐藤はもう一度謝罪し、頭を上げた。


「それに、俺もまさか最後あんな事になるって思わなくて……」


「……あの女の人のことか。店員さんは知ってるのか?」


 佐藤の問いに藤崎は首を横に振った。


「広めても良いのかわからなかったので、喋ってないです。それに、テツさんと源川さんなら多分言わなくてもそのうち知りそうだし……」


「そうか……その辺りは俺はよくわからないから、君を尊重するよ」


「ありがとうございます」


 藤崎が礼を言った直後、テツが二人の飲み物を持ってきた。


 二人は飲み物を口に運び、一息ついた。ジャジーな曲が聞こえる。外を見ると、談笑していた婦人達がいつの間にか帰っていた。


「佐藤くんは、受験どうするんですか?」


「変わらず第一希望を受けるつもりだよ。もともと、勉強に集中出来るような学校に行きたかったから。それで、高尾が少しでも暮らしやすくなるか考えるために、いろいろ勉強しようと思う」


「……いいですね」


 頬がほころんだ。藤崎は少し佐藤が羨ましく感じ、その想いが溢れた。


「俺も来年受験ですけど、進路どうするか悩んでるんですよね……特に最近は、いろいろなことがあったから……」


「そうか……でも、君ならどうにかなるんじゃないか?」


「え?」


 聞き返すと、佐藤は笑顔で言った。


「多分、君ならうまくいくよ。君なら、君の考えや想いを貫いたまま、君の望む進路に行けると思う」

 佐藤は落ち着いた笑みを見せていた。リラックスした表情の佐藤に、藤崎はそうですねと同意した。佐藤の顔を直視する事が出来なくなって、藤崎は遠くを見て気分を紛らわした。


 その後、塾があるからと、席を立った佐藤を見送った後、藤崎もテツに挨拶して店を出た。


 駅前のバス通りは相変わらず幾つもの車がやや渋滞気味に進行していた。車の窓に反射する太陽の光がやけに眩しくて、藤崎は片手で日影を作った。


 その時、藤崎は不意に誰かとぶつかってしまった。


 藤崎は立ち止まっていたので、ぶつかられた、と言った方が正しいかもしれない。が、藤崎も中途半端な場所で止まってしまったので、自分に非があると思い、咄嗟に謝った。


「すみません、大丈夫ですか?」


「大丈夫ですよ。こちらこそ、ごめんね」


 藤崎はぶつかった相手のことを見た。相手は微笑みながら、優しい声で藤崎に答えた。鈴のような声だった。


 互いに顔を見合って、少し止まっていた。理由はわからない。ただじっと見つめあっていて、二人はもう一度、互いに謝った。


「奈江、どうした?」


 少し離れた場所で立ち止まっていた父親と思しき人物が、藤崎の目の前にいる青年に尋ねた。


「いえ、なんでも」


 青年は父親の方を見て答えた。その後再び振り返って藤崎に謝り、先に行ったその父親と思しき人物のあとを追っていった。


 青年が動くたび、彼の長い髪が光を十分に浴びていた。藤崎の視線は彼の髪をじっと追い続けた。


 青年は父親と合流した。父親の隣には藤崎と同じくらいの少年もいた。三人は静かに同じ方向へ歩いて行った。おそらく家族なのだろう。父親と青年は喪服を、少年は制服を着ていた。


 藤崎は暫くの間その三人を、特に青年の背中を見ていた。目が離せなかったと言った方が正しいのかもしれない。膝をついたまま、身体は動かず、じっと青年のことを見ていた。


 横断歩道を渡り始めたあたりで、身体が動けるようになったので、藤崎は帰路に着いた。


 空が朱く染まり、ひぐらしの鳴き声が聞こえる。家の近くの公園では高学年の小学生が遊んでいた。彼らの笑い声がやけに遠くから聞こえてきているような気がした。


 ふと、思った。彼らが喪服を着ていたのは、盆の墓参りだったか、或いは、年忌法要だったのだろうか。


 藤崎はそれらの文化に疎かったので、想像に過ぎない。父親が亡くなっている事は確かだが、紗代は法事をしなかった。小学生の頃に一度だけ、なぜ父親の墓参りとかをしないのか尋ねたが、紗代は宗教上の理由だと、歯切れ悪く答えただけだった。


 家に入ると、紗代が帰ってきていた。


「おかえり、ご飯出来てるわよ」


「あぁ、ありがとう」


 藤崎は母親に礼を伝えて、洗面台に行った。


 リビングに行き、静かに夕飯を食べてると、母親はじっと藤崎の事を見ていた。


「……なに?」


「フラれた?」


「はぁ!?」


 突拍子ない事を言われ、大きな声が出た。


 母親は少し驚いていたが、笑って弁明した。


「ごめん、なんか凄い大人しいから嫌な事があったのかなぁって。東雲ちゃんに嫌われたのかと思って」


「それはない……いや、断言するのも変だろうけど、ない」


 少なくとも、フラれたようなシーンはなかったはずだと、藤崎は今日の出来事を振り返った。


 一瞬脳裏に、はだけた東雲の後ろ姿がよぎったが、東雲は別に何も言ってなかったはず。なによりその時、藤崎はやましい気持ちはなかったはずだと己を言い聞かせた。


 紗代は笑いながら謝ってた。藤崎としては、思春期特有の小っ恥ずかしさがあって、正直笑い事ではないと思った。


 今なら、亡くなった父親のことを詳しく聞けるのだろうか。そんな考えが一瞬よぎった。先ほどぶつかった青年とその家族を見たからだろうか。


 この間はほんの少しだけ、父親のことを話してくれた。それは本当に稀な事だった。


 紗代は今まで、父親のことをあまり深く教えてくれなかった。良い人だったことは常に教えてくれたが、その時、紗代はいつも寂しそうな顔を浮かべていた。


 小学生の時に聞いた時の事をきっかけに、父親のことを聞くのはタブーなのだと藤崎は線を引くことした。


「本当に大丈夫?何か悩み事?」


 紗代に尋ねられたが、藤崎はなんでもないと言った。夕飯を食べ終わり、食器を片付けた後、藤崎は宿題をすると言って自室に逃げ込もうとした。


 たとえ今がお盆の時期だとしても。むしろ、お盆の時期にも関わらず、父親のことについてはなにもしていなかった。


 正月や節分といった他の行事は進んでしていたが、墓参りも、お坊さんを呼んだりもしなかった。


 我が家はそうなのだと、藤崎は再び自分を言い聞かせた。


「そういえば、ケーキどうする?」


 母親に尋ねられ、明日が自分の誕生日であることを思い出した。


「いつものところで良い?」


「うーん……なんか、あれが良い。果物がたくさん乗ってるやつ」


「そう、わかったわ」


 紗代の笑顔を見た後、藤崎は自室に戻った。


 これで良かったのだと、自分に言い聞かせた。


 父親のことも、天狗が話していた龍の子も、もしかしたら紗代は何か知っているかもしれない。


 けど沢山ある気になることよりも、今日は馴染みある日常を感じていたかった。

【第五章 終】

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