表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍維伝  作者: 啝賀絡太
第五章
61/71

第一節

 先に帰ってきていた藤崎の母親、紗代は、台所から出てきて藤崎を迎えた。


「おじゃまします」


 突然の来客に紗代は驚いた。


 緑髪の少女は、以前息子が助けた少女だったと、記憶していた。母親は、ゆっくりと藤崎の事を見た。


「東雲の親が今日いないみたいでさ、ウチで泊める事にしちゃった……ごめん」


 怒られると思って、小さな声で言った。紗代は驚いていたが、怒ってはいなさそうだった。


「ビックリした……けど、まぁ急な事ならしょうがないでしょう。上がって。ちょうど晩御飯できたところだから、手を洗ってらっしゃい」


 紗代に手招きされ、東雲も笑みを見せた。


 藤崎は洗面所へ向かった東雲に着いて行こうとした。紗代とすれ違った刹那、腰に肘打ちを受ける。


 その場に倒れそうになった藤崎を、はさは片手で支えた。耳元で彼女はおい、と一言藤崎に呼びかけた。低い声色に藤崎はごめんなさいと謝ったが、何に対しての謝罪なのか紗代に詰められた。


「……事前連絡もなしに、人を呼んでごめんなさい」


「よろしい。それで、あの子をウチに連れてきたのは、結構深刻な理由?」


 藤崎は頷いた。東雲の護衛は、確かに日中の間だけだった。山登りが終わったら、一度怪異人種犯罪対策機関に戻る予定だった。


「東雲の親が忙しくて今日帰れないらしくて、今晩だけ泊めさせてほしいって連絡があったんだよ」


 藤崎は母親にそれだけ言った。


 電話があったのは、高速道路を降りて、コンビニで小休憩していた時。雪下のスマートフォンが鳴った。


 雪下ははじめ、穏やかな声でやり取りをしていたが、声色はすぐ真剣なものに変わった。


「……わかりました。スピーカーに変えて、藤崎君にも聞こえるようにします」


 雪下はスマートフォンを何回かタップした後、藤崎にも聞こえるよう、ダッシュボードの上に置いた。


 電話の相手は朝霞だった。彼が聞こえてるか尋ねたので、藤崎は大丈夫ですと答えた。


「支部長から君に、直々の伝言だ。今、怪異人種犯罪対策機関の施設に大事な来客がいて、警戒体制にいる。君には申し訳ないが、引き続き東雲ちゃんを護衛して欲しいとの事だ」


「……わかりました」


 藤崎は朝霞に返事をするのに少し間を置いてしまった。


「八坂や他の者も向かわせる。心配するな」


「私達も行くからね」


「ありがとうございます」


 礼を伝えた後、雪下は自分だけ聞こえるようにして、朝霞と通話を続けた。




「なるほど……あの子のお母さんって、結構なお偉いさんだったのね、それにしても」


 紗代はそういうと、昨日と同じようにしかめっつらで藤崎の匂いを嗅いできた。


「……なぁんか、やっぱり不快なにおいがするのよね。本当に山登りしただけ?」


 少し返答に困る。山登りの出来事全てを話すべきではないと考えていた。しかし、紗代が顔をしかめる藤崎は心当たりのある人物をあげた。


「……知り合いに松林って人いる?勘で。勘で聞くけど」


 勘で聞いた。それが的中したようで、母親は形相を変え藤崎の両肩を強く掴んだ。


「どこであった?」


 先ほどよりも低い声で、藤崎の身体は小さく震えた。


「何回か、喧嘩を売られて……」


「なんだと?」


 威圧感のある声がには、明らかに怒りと嫌悪に満ちていた。詳細は伝えず、ただいなしたことを伝えると、母親の顔が少しだけ落ち着いて、むしろ不敵な笑みをざまぁみろとぼやいていた。


「アイツ、変なこと言ってなかった?」


 母親はまた少し嫌悪を浮かべながら尋ねてきた。藤崎の事を女狐の子と言っていたような気がしたが、何もなかったと答えた。


「あーそう……ムカつく匂いだなと思ったらアイツのね……その匂い落とす為にも、東雲ちゃんと一緒に入ってくればよかったのに」


「入るわけないだろ……」


「……もしかして意識してるの?」


「そういう問題じゃないでしょ!」


 年齢はいくつかわからないが、たとえ少女だったとしても、自分が一緒に入るわけにはいかない。

 藤崎にだって、そこら辺の線引きは心がけているつもりだった。


 赤子の頃から育てていた紗代は、藤崎の成長にニヤけ顔になった。俗に言う、あたたかい目を、紗代から浴びせられた藤崎は、恥ずかしくなった。


「うちのシャンプーがどれなのかとか、教えてあげなよ」


 藤崎は捨て台詞のように紗代に告げ、自分は台所へ向かった。


 今日の夕ご飯はカレーだった。いろいろあった日の夜だったので、食欲がわかないと思っていたが、そんなことは全然なかった。


 風呂場から楽しそうな声が聞こえてくる。藤崎はひとまず冷蔵庫にしまっていた麦茶を飲んで空腹を凌ぐことにした。


 やがて東雲と紗代が風呂から上がった。東雲は藤崎の服を着ていた。藤崎はその姿を見て、衝撃が走る。


 股下まで下がったTシャツの裾。藤崎にとっては半袖のパーカーも、東雲が着れば、肘も隠してしまう。


「なによ。他に着せられる服がなかったから、しょうがないでしょう」


「いや、いいと思う……」


「いいんだ……」


 ぼそりと呟いた藤崎に、彼の母親は答えた。少し呆れてきそうな声だった。


「それより腹が減ったからご飯にしようよ」


「それもそうね」


 紛らわすように言った藤崎に、紗代は笑いながら言った。


 食器の数がいつもより多いのが新鮮だった。


 手を合わせ、いただきますと言った。東雲は一口食べると、美味しいと感想をこぼした。


「お口にあったようで安心したわ」


「美味しいです、とても……!」


 藤崎は普段から食べている料理だったが、東雲が美味しそうに食べてるのを見て、嬉しかった。


「明後日なら、私ももっと良いのを作るけどね!」


「明後日?」


 母の言葉に東雲は首を傾げていた。藤崎は明後日が自分の誕生日だという事を思い出し、東雲に答えた。


「明後日は俺の誕生日だから。誕生日の時は好きな物を作ってくれるからなぁ」


「た、誕生日……」


 東雲の後ろで雷が打たれているようだった。


「東雲ちゃんも来る?」


 母が聞くと、東雲は申し訳なさそうな顔を見せた。


「ごめんなさい、僕その日は検診があって、一日中家を出るなって言われていて……」


「あらら……それならしょうがないわね」


「気持ちだけで十分だよ」


 母も、藤崎も優しく言った。しかし東雲が俯いてしまったので、どうしようか悩んだ。


「にしても、アンタももう十四ねぇ……あんだけちっちゃかったのに」


「それ言うの早くない?」


「早いも何もないわよ。そうそう東雲ちゃん、龍二の小さい時の話とか気にならない?」


「気になります!」


 東雲は気分が明るくなったようだった。食いついた東雲を見て、母親も頷き、話しはじめようとした。


 先に夕飯を食べ終えてしまおうと藤崎が提案すると、母親と東雲ははぁいなんて、子供のような、間延びした返事をした。


 食事後、藤崎は皆の皿をまとめて流し台へ持っていった。


「僕も持っていくよ?」


「いいよ。お客様なんだから。母さんも東雲と早く話したそうにしてたよ」


 藤崎の言葉に母親が同調する。


 皿を洗っている間、東雲と母親は談笑していた。いつの間にか写真のアルバムも持ってきてる。日常に東雲がいる事が新鮮だった。もし、一緒に暮らす事になったら、こんな日々が続くのだろう。


 東雲と一緒に住む。その考えが浮かんだ時、同時に藤崎は東雲の部屋を思い出した。そして直後、人質に取られた時のことを思い出す。


 あの時、藤崎は動く事ができなかった。自分は無力だと痛感した。


「水流しっぱぁ!」


「いった!」


 後頭部に紗代の手刀が降りかかる。痛みとともに藤崎は我にかえぬた。


「いい、東雲ちゃん?お手伝いをする時は水はこまめに切るのよ。流せば流すほどお金がかかるから」


 紗代は東雲に優しく諭すように言っていたが、棘はしっかりと藤崎に刺さっていた。


 東雲の家庭なら水道代なんて気にしなさそうだなと思ったが、思うだけに留めた。


 洗い物を終えた後、藤崎も風呂に入った。身体中が痛い。筋肉痛のようなものもあれば、いつの間にか擦ったりしたようで、それが湯や石けんがしみた。今日の出来事が現実である事を、その身で痛感した。


 松林という男に目をつけられていた事、天狗を名乗るしゃべるムササビが可愛かった事。高尾部長や東雲が危険な目にあった事。加来が獣に変わり果てた事。そして、青星が裏切った事。


 何故、青星が龏信会についたのかわからない。昨日まで心身に乗ってくれていたのに。入院した時、寺島が襲ってきた時も、誘拐された時も、助けに来てくれていたのに。もしやその時には既に龏信会の味方で、自分達を騙していたのだろうか。それならば、何故そんなことをしたのか。


 またナイーブになりそうだった。否、なりかけていた。藤崎はそれを振り切ろうと、頭からお湯を目一杯かぶった。


 風呂から上がり、居間に戻ると紗代がちょうど良かったと小声で藤崎を呼ぶ。東雲が紗代に寄りかかるように眠ってしまったようだ。


「ごめんけど、代わりに運んでくれない?」


 囁く程の小さな声で紗代に頼まれた。藤崎は静かに頷き、東雲の身体を預かる。


「じゃ、そのままアンタの部屋に連れてきな」


「んなっ……!」


 紗代に囁かれ、大きな声が出そうになったが、手のひらで静止される。


「護衛が必要なんでしょ、なら前みたいに同じ部屋がいいじゃない」


 真顔で言われ、それもそうかと藤崎は納得した。


「ちゃんと守ってあげなさいよ」


 藤崎は紗代の言葉に頷き、自室へ連れて行った東雲をベッドに寝かせ、その側に座る。机にまだ終わっていない夏休みの宿題が積まれている。


 夏休み始まった時、今年こそは早めに終わらせると意気込み、二割ぐらいまで進めた。その後、東雲と出会いいろいろなことが起きて、結局半分も終わっていない。


 二学期が始まるまでにちゃんと終わらせなければならない。二学期が始まったら……

「……二学期が始まったら、どうなるんだろう」


 ポツリ、呟いた。


 スマートフォンが震える。友人からだった。夏休みに入ってから一度も会ってなかったので、最近どうしているのか聞いてきた。


 今日行ってきた部活の写真を見せながら、他愛もない話を続ける。勿論、怪異人種のことは伏せて話した。


 真実を知らない友人は羨ましいと言う。それなら海に行こうと誘われた。今から行くのはもう遅いだろうから、行くなら来年の方が良いだろう。


 藤崎がそう返信すると、来年は受験生だと返された。そうか、と藤崎は呟いた。


 今までが怒涛で、先の事なんて忘れていた。来年には受験生になる。教頭の言っていたことが心に刺さってるわけではないが、将来についてはほんのちょっぴり不安があった。


 今のうちに遊んだ方が良いと、友人が言った。藤崎はそれもそうだと納得し、来週遊びに行こうと返信した。


 返事を送った直後、ベッドから声がする。


 振り向くと東雲が半身起こして目を擦っていた。


「ごめん、起こした?」


 藤崎が聞くと、東雲はゆっくりと頭を横に振った。そしてまたゆっくりと身体を横にした。


「龍二くんは寝ないの?」


 東雲が身体を藤崎に傾けながら聞いた。


「東雲が安心して寝られるよう、見張らないといけないから」


「大丈夫だよ。他の人もいてくれるんでしょう?」


「まぁ、そうかもしれないけど……」


 東雲が、持っていた布団を大きく広げ、藤崎に近づく。ベッドから崩れ落ちるように、藤崎に身体を任せた。


 藤崎は東雲を受け止め、そのまま床に寝転ぶ。抱きしめられた東雲はご満悦な表情を浮かべながら、藤崎にくっついていた。


 藤崎は東雲を自身の隣に寝かせた。身体を東雲に向け、右腕で彼女の肩に触れる。


「大変な事もあったけど、みんなで登りきって、すごく気持ちが良かったなって思った。だから、また何処かに行きたいな」


「そうだね。行きたいところとかある?」


「……海とか、かな。今日見た富士山にも行きたいな。動物も沢山見てみたいし……でも、人目が多いところは危険かもしれないから、こっそりと行けるところとかの方が良いのかな」


 瞼がゆっくりと閉じていくにつれ、東雲の言葉は途切れ途切れになってた。それでもゆっくりと案を出す東雲を藤崎は微笑み見ながら思い浮かべる。


 かんかん照りの中、生暖かい海の水に触れはしゃぐ東雲の姿。今日のように山頂から見える景色を見下ろす姿。様々な場所で見て触れる姿。


 きっと彼女なら、どこへ行っても、見たことのない景色に目を輝かせるのだと、確信しながら。


「行こう。もし今年行けなくても、来年でも再来年でも。いろいろな場所に行こう」


 藤崎は優しく答える。


 小さな声で一緒に行こうねと呟き、東雲は寝息を立てはじめた。彼女を見ていたら藤崎もだんだんと眠くなってきて、そのまま眠りについた。


 その日の夜、夢を見た。


 東雲と一緒に、海で遊ぶ夢。水を掛け合ったり、スイカ割りしたりする夢。


 藤崎はそれが夢だと気がついていた。それでも、彼女も同じ夢を見ていたらと願った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ