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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第四章
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第二十六節

 高尾は大天狗が面倒を見る事になった。


 いつ、高尾が街に戻ってこれるかわからない。それでも彼女を迎え入れられるように尽力すると佐藤は言った。大天狗はその言葉を信じることにした。


 連戦が続いた為、藤崎達は休むことにした。


 雪下は佐藤と一緒に高尾の事を見ていた。東雲は内藤が見ていた。


「龍の子よ、少し話そう」


 大天狗が藤崎に声をかけた。藤崎は自分が呼ばれた事に少し驚いたが、崖際までついていった。


「龍の子よ。あらためて詫びを入れさせてほしい。今回のことは苦労かけた。よもやワシが離れている間に、山から抜け出していったやつらを連れ戻し、吊るす等ということをしていたとは思わず……誠にすまなかった」


「……気になる事があって」


 どうかしたのかと聞く大天狗に、藤崎は心の中につっかえていた不安をはきだした。


「部長を面倒見てくれるとのことですが、正直、他の人達がまた生贄にさせようとしないか心配で」


「そうだな。そう思うのも無理はない。だが、あの娘は今後ワシの側に常に置くことする。様態を見る為にも、その方が合理だからだ。それに、彼奴等にも釘は指しておく。これ以上、逆なでするような事はするなと、な。そも、人間を生贄にする神なぞ、この山にはいない」


「えっそうなんですか?」


 驚愕する藤崎に大天狗は頷き、答えた。


 この山に、人を贄にする神はいない。そんな話を大天狗からした事はないと、大天狗は答えた。


 云ってしまえば、今回の事は加来が吹聴したデマだったのだ。山から抜け出した人々を憎む神がいるから、


 その神に裏切り者を贄として捧げ、大人しくしてもらおうというのが、加来の描いたシナリオだったらしい。


 加来はこの山の中では新参者だと、麩須磨が話していた。そんな人間の言葉を信じるものなのだろうか。


 藤崎が感じた疑問を見透かしているかのように大天狗が答えた。


「此度の件は加来とやらが言った世迷言だっただが、彼奴等は自分達以外が山から抜け出していたという事実を妬み羨み、受け入れてしまったのだろう。いっそのこと、見切りをつけてしまうのも良いかもしれぬ」


「見切り?」


「もともとここに住まう者達は、怪異人種になってから悪事を働こうとした者達だ。それをワシらが山に隔離させていた。その後、なにか心変わりをする事があれば、街にも変化が訪れ、良い方向に繋がると感じていたが、彼奴等にはもう将来性がない」


 大天狗は淡々と話していた。少なくとも今回の件で、加来に加担した者達は、無事ではすまないのだろう。命があれば、御の字なのかもしれない。


言葉を失った藤崎に、大天狗は続けて話す。


「龍の子よ。これが我らだ。そんなに怯えていては、守れるものも守れぬ」


 大天狗に言われ、藤崎は気おされながらも頷いた。


 ふと、大天狗が藤崎の事を呼ぶ際の言葉が気になった藤崎は、大天狗に尋ねた。


「そういえば、龍の子というのは、どういう事なのでしょうか」


 藤崎の問いに、大天狗は少し考えていた。


「そうさな……龍はワシの友だった。ともにこの島国を守ったのだ。最近は会っていなかったが、お前からその血を強く、そして濃く感じた」


「龍の血……?」


「そうだ。それともう一人、ワシの友人の血も混じっているな。人間の男で、勇敢だった。お前はどこで何をしている。名はなんだ」


「えっと……藤崎龍二です」


 少し言い淀んだが、名前ははっきりと答えた。大天狗は目を細め質問を続けた。


「そうか……お前の母の名はなんだ」


「母は藤崎紗代と言います」


「…………ふむ、紗代か」


 暫し沈黙の後、大天狗は小さく呟いた。


「ときに、龍二よ。お前はもともと、怪異人種だったのか」


「いえ、二週間前に、ある事がきっかけで」


 藤崎はこれまでの記憶を辿りながら、今までの出来事を話した。藤崎がすべてを話し終えた後、大天狗は小さく二回頷き、藤崎に告げる。


「怪異人種に関することは、この世の中では秘匿にされていただろう。だが我らは昔から存している。お前にとっては馴染みのないものばかりだろうが、我らはお前達普通の人間のことを知っている。おそらく数多の手が怪異人種になったばかりのお前の手を引っ張ろうとする。それらはどれも違う方へ導こうとしているだろう。厄介なのは、どの手をとっても正しいように思えてしまうことだ。それどころか、目に見えるものは、全てお前自身にとって都合の良いようにうつる。それこそ、山の贄などという世迷い事を信じる彼奴等のように。真実と思っていたことが妄想だった、なんてことも出てくるかもしれない」


藤崎は大天狗の話を静かに聞いていた。


「ときに、お前はあの龏信会と名乗る連中と因縁があると見れる。奴らはこの山に突然訪れては、ひっかきまわしていたようだ。山の贄だなんて世迷い言を信じた彼奴等も愚かだが、愚かにさせるほどの力をあの龏信会という連中は持っていた」


「勇樹……あの、赤髪の男は俺の友達でした。でも、昔あった時とすっかり変わっていて……龏信会が危ない集団だというのは聞いていたので、あいつを連れ戻したいとも思っていましたが……」


 藤崎はその先を言う事が出来なかった。


 一緒に連れ戻そうと言ってくれていた、頼りにしていた人が、寧ろ寝返ってしまったなんて、思いたくなかった。言葉が詰まった藤崎を見て、大天狗は静かに告げた。


「なにがあっても、己の信念を貫け。そのためにも、真贋を見極める力を培え」


 風か大天狗と藤崎を包む。大天狗が真っ直ぐに見つめてきた。藤崎は視線を逸らすことができなかった。


「そろそろ日が暮れる。帰りの案内は、麩須磨に任せよう」


「大天狗様」


 言い残し、その場を去ろうとした大天狗のことを呼び止めた。


「なんだ」


「えっと……有難うございます。話を聞いてくれて。うまくいくかわからないけど……頑張ります」


「…………期待しているぞ」


 暫時の沈黙の後、大天狗は藤崎に答えた。


 ひとしきり休憩し、高尾とまた会う事を約束した一同は帰路を麩須磨に案内してもらった。


 四号路でもとの山道に戻った一同は、麩須磨に見送られながらそのまま順路に従い、下山した。麓に降りた頃には、日はすっかり落ちていた。


 麓で待機していた長瀬、浅野には、雪下と内藤から事情を説明した。二人とも事の顛末を静かに聞いていた。


「……そうか」


 すべてを聞いた後、長瀬は呟き、深く息をはいた。浅野は言葉を探していたようだった。


「まぁ、各々思うところがあるかもしれないが、今日は帰るぞ」


 先導する長瀬に、皆は静かについていった。


 帰りの車では誰も喋らなかった。皆、己の心境を整理していた。藤崎も後部座席でぼんやりと外を眺めながら、先ほどまでの出来事を振り返っていた。


 右肩に重みを感じる。目線だけうつすと、隣で座っていた東雲が頭を預けてきていた。いろいろな事があり、疲れたのだろう。


 藤崎は、今日の自分の選択を後悔していた。東雲を守り、高尾を救おうとした。


 しかし現実はうまくいかなかった。東雲は人質にされ、高尾や佐藤を危険な目に合わせてしまった。麓でずっと待っていた浅野も、不安にさせていたに違いない。


 何もかもがうまくいかなかったと、藤崎は猛省した。大天狗が激励してくれたことに感謝こそすれ、自信が喪失していた。


「真贋を見極める力、か」


 前座席には聞こえないほど小さな声で藤崎は呟いた。


 ふと、神崎と青星のことを思い出した。あの時、青星が東雲を人質にとっていたことがいまだに受け入れられずにいた。内藤は青星に違いないと言っていたが、藤崎は信じられなかった。他人の空似であってほしいと思っていた。


 そこで藤崎は違和感を覚えた。あの時、何故東雲を人質にとり、加来を優先したのだろう。


 加来を確保した後も、あの状態ならそのまま東雲を攫う事だって出来たはずなのに、そうしなかったのは何故なのか、と。


 暫し思案に暮れたが、答えは浮かばなかった。自分の力不足をより強く感じただけだった。


 明日、八坂に相談しよう。そう思った藤崎は東雲の左手に、右手を重ね、再び窓から遠景を眺めた。


 科学技術では証明することが出来ない事象・対象を、この世の人々は怪異と呼んでいた。


 その怪異の影響をうけ、類似した力をもつようになった人間が現れた後、それらを怪異人種と呼び、その存在を表舞台で知られないよう、秘匿した。


 怪異人種の中には、望まずに怪異人種になった者もいた。神崎が藤崎へ告げたように、望まない変化を遂げ、世俗から離れ潜まざるを得なくなった者もいた。あの山にいた人々のように。


 佐藤は下山直前、高尾の様子を見ていた大天狗に声をかけた。


「大天狗様、お願いがあります」


「なんだ」


 大天狗の問いかけの声に、佐藤は気おされそうになったが、意を決して言った。


「明日以降、たまにでも良いので、高尾と会いたいんです」


「……今、娘には人と対話をする余裕はない。それほどまでに不安定な状態だ。仮に回復したとしても、我々はお前と連絡する術を持っていない。持つつもりもない。ここに訪れるにも、お前ひとりでは不可能だ」


 大天狗が告げると、佐藤は肩を落とし、そうですかと一言呟いていた。


 暫く沈黙が流れた後、大天狗は佐藤に理由を尋ねた。


「会いたいと願う、その根拠はなんだ」


「根拠……いや、そんな大それたものじゃなくて、単に俺が高尾と会いたいんです」


「お前は娘のあの背中を見ても、そう思えているのか」


「勿論です。高尾は高尾ですから。変わりません。それよりも……俺だってこれから先、変わってしまうと思います。それでも俺だと認識してもらえるように」


「青いな」


 大天狗は微笑みながら言った。


「なにか策を講じよう。それまで待て」


「ありがとうございます!」


 佐藤は大天狗に深く頭を下げ、礼を伝えた。


 静かに黙っていた高尾が起き上がった。近づき、どうかしたのか尋ねた佐藤に、高尾は腕を回し、身体を預けた。


「ありがとう」


 枯れた声で高尾は佐藤に何度も告げた。佐藤は静かに震えながら、高尾のことを抱きしめた。


 怪異に染まりすぎた高尾は、大天狗と共に療養する事になった。


 離れ離れになってしまう二人だが、佐藤ならきっと、高尾を迎えにくるだろう。


 次代を切り開く若者達の背中に期待の眼差しを向けながら、大天狗は佐藤達を見送った。


【第四章 終】

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