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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第四章
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第二十三節

 内藤瑛梨華は、佐藤が藤崎と雪下を置き去りにした光景を偶然見かけていた。


 声をかけようとしたが、赤の他人である自分が介入して良いものか悩み、躊躇ってしまった。それでも佐藤のの事が心配だった内藤はこっそり彼の後をついて行った。


 佐藤に気づかれないよう後をついていき、暫くすると、山の人々が佐藤の目の前に現れた。彼らの真ん中にはすでに高尾が囲われていて、山の人々の一人が、佐藤に手招きした。


 勿論、内藤は彼らを引き止めようと思ったが、多勢に無勢であろう状況で、子供二人を引き連れて逃げる自信が彼女にはなかった。彼女はただ、臆病だった。


 せめて自分に出来ることといえば、彼らについて行き、最悪の事態が起きそうになった時に、自分の身をもって彼らを助けるようにしておく事だった。


 佐藤と高尾の偽物の件を雪下に連絡し、内藤はひとり、あとについて行った。彼らを見失わずに済んだのは、彼女が配った例の長細い布のおかげだった。


 彼らに紛れ、境界を跨ぎ、そして村の奥までついていく。


 村の奥まで辿り着いた加来は、山の人々に佐藤と高尾を檻に入れるように命じた。


「助けてくれるんじゃなかったのか!?」


「山の神に身を捧げば、救われますよ。きっと」


「そ、そんな……信じていたのに!」


「馬鹿ね、知らない人の言う事は聞いちゃいけないって、学校で習わなかったぁ?」


 狼狽える佐藤に加来は冷たく言い放った。佐藤は話が違うと騒いでいたが、加来は聞く耳を持たなかった。


「あんた達は、あたし達のために贄となるの。それが、一族を裏切った者の償い……皆さんもそう思うでしょう?」


 内藤の呼びかけに山の人々は頷き、同調した。


 佐藤と高尾は別々の檻に入れられた。佐藤は檻を掴んでいたが、高尾はぐったりとしていた。目を凝らすと肌は青ざめており、汗を吹き出していた。


 心的負担のせいで、高尾の身体に異変が起きているのは明らかで、高尾は胸元あたりで両手を強く握りしめた。


 このままでは彼らの命が危ない。


 内藤は臆病だったが、それ以上に子供が危険な目にあうのは耐えられなかった。 


 故に、内藤は彼らの前に姿を表した。


「誰かと思ったら、間抜けなイビト隊じゃない」


 姿を現した内藤を加来は鼻で笑っていた。


 周囲の人々は、同じ顔つきの女性が二人いる事にどよめいているようだった。


 藤崎達は、内藤や加来の様子を影で窺いながら、彼女達に見つからないよう近づいて行くことにした。


「い、いい加減、私の顔を使ってもらうの、やめて欲しいんですけど……!」


「いやよ。アンタの顔、私は気に入っているもの。それに、どうせ一つは無くなるじゃない」


 加来の答えに内藤は拒絶の顔を表した。周囲を山の人々が囲む。


「どうせ、そんな心配も必要なくなるわよ」


「加来殿。此奴は……」


「私の偽者です。贄には相応しくありませんが、勝手に侵入してきた輩ですもの。彼女も一緒に差し出しましょう」


 山の人々は、槍を手にする。怪異人種は、その特性によって具現できる得物も大きく変わる。彼らは元は一般人で、武器を具現する事はできなかった。


 そういった怪異人種もいる。そしてそれは、内藤も同じだった。


「何の罪もない子に手を出すんですか!?」


「罪もない?それは違うぞ娘よ」


 訴える内藤に対し、一人が反論した。


「そこの娘は、山の掟を破り山から出て行った重罪人の末裔。贄になるだけまだ温情よ」


「この子が、自らの意思で罪を犯したと?」


「同じこと。その身を持って我らに役に立つだけまだマシだと思え」


 内藤がどんなに訴えても、山の人々とは平行線のまま。


「迫害されようが、結局は人なんですね……イカれている」


 内藤は小さく愚痴を呟き、高尾を見た。震えながら内藤を見る高尾に、内藤は無理矢理口の端を上げ、大丈夫と伝えた。


 内藤は、高尾と佐藤の首に巻かれた長細い布に手を当てる。ほんの一瞬、それを軽く叩くと、静電気が弾けたような音がして、半球体の膜が二人を包んだ。


 それが怪異人種犯罪対策機関が護衛対象にかける結界だと知っていた加来は舌打ちをして、余計なことをと愚痴をこぼした。


「覚悟ォ!」


「ひっ」


 内藤は悲鳴をあげ、背中とリュックの間に隠していた警棒を取り出した。


 襲いかかる山の人々の突きや払いを、内藤は悲鳴を上げながらも回避や防御をした。


「よ、寄ってたかって……!」


 不満を呟きながら、内藤は山の人々に掌底や肘を喰らわせる。


 自分達よりも小柄な女性一人に、山の人々は太刀打ちできない。その様子を加来は腕を組み指を細かく叩きながら見ていた。


「もういいわ。私がやる!」


 痺れを切らした加来が内藤に襲いかかった。


 内藤が所作に気がついた時、加来は内藤の寸前まで距離を詰めていた。加来は得物で内藤を突き刺そうとした。


 二の腕ほどの長さを持つ鉤爪を間一髪で回避した。内藤は尻餅をつきそうになって、手を先に地面について、受け身を取った。


「あはっ情けなぁい」


 加来は内藤を煽りながら歩み寄り、再び鉤爪を突き出した。内藤は立ち上がり、それを警棒で弾く。金属がぶつかる音が山中に響いた。


 内藤は加来から距離を置く。右足を前に出し、警棒を向けながら加来のことを睨んだ。


 かぎ爪の長さを見ても自身が有利だと、加来は余裕を持っていた。このような女性ひとり、楽に仕留めることが出来ると。内藤の強襲に成功した実績があるからこその慢心だった。


「楽にしてあげる」


 加来は歯を見せながら内藤に告げた。


 内藤は目を見開き、加来の鉤爪を避けた。頬から血が微かに飛び散り、もみあげの先端が舞った。


 右足を踏み込み、すかさず加来の右肩に打ち込む。加来が堪えながら左腕を振りかぶったので、内藤は体を真横に曲げ、振り下ろされた左腕を最小限の移動で避けた。


 そして、無防備になった加来の身体に警棒を打ち込み、加来を退けさせた。内藤はすぐに数本後ろへ下がった。鞄から細い布を取り出し、右手拳に巻きつける。


「加勢を……!何してるの!」


 加来が山の人々に叱咤した。山の人々がふらふらと立ち上がる。


 打開策を考えなくてはと、内藤は思考を巡らせた。その時、崖下からひとつの人影が、飛び上がり、山の人々と内藤の間に割って入った。


「ま、松林!」


 山の人々が彼の名を呼ぶ。


 松林は担いでいた大傘を降ろし、先端を山の人々に向けた。


「どういうことだ。お前は我々の同志ではないのか」


「どうもこうもねぇ。俺はフスマやナオミ嬢についてるだけだ。加来はナオミ嬢のことを考えちゃいなかった」


「馬鹿な」


「血迷っているのか」


 山の人々は松林に抗議をしていたが、松林は目を細め、彼らの言葉を無視した。


「……あんた、あのガキを倒すって息巻いてたじゃない」


 加来が凄味を含めながら、松林に尋ねた。


「敗者は勝者の言いなりだからな。悪いが、あいつつえぇわ」


 松林のあっけらかんとした答えを聞き、加来は唇を強く噛み締めた。


「私、そろそろ限界なんでふけど……!」


「知らん。頑張れ」


「そんなぁ」


 松林に冷たくあしらわれ、内藤は泣き言が漏れた。


 松林が内藤の背後を指す。振り返ると、加来が必死の形相で鉤爪を振りかざしていた。


 内藤が悲鳴をあげると同時に、鉤爪は下ろされた。内藤の頭に振り下ろされる直前、彼女と加来の間に一人割り込み、鉤爪を防いだ。


「ふ、藤崎龍二……!」


 鉤爪を防がれた、加来が忌々しそうにその名を呼ぶ。


 藤崎は力を込め、鉤爪を振り払った。


「遅いぞバカタレ!私は元々戦闘苦手なんだぞぉ!うわぁん!」


 背後にいる内藤に大丈夫か聞こうとしたら罵倒された。ガンを飛ばしかけたが、内藤が泣いて訴えてきたので、藤崎は当惑し、思わず一言謝ってしまった。


 藤崎は視線を加来がいる方角へ移す。彼女は崖の手前で座り込み、此方には聞き取れないほどの声量でぶつぶつと呟いていた。


「藤崎、その刀は……」


 背後から佐藤の声が聞こえた。藤崎は少し躊躇った後、告白した。


「副部長、俺も部長や、目の前の加来のように、怪異人種と言われる人間なんです。守りたいと強く願ったら、この刀で戦えるようになった」


「怪異人種……」


「でも、俺は誰かを傷つけたいわけじゃない。部長や副部長の事を助けたくて、青星さんや内藤さんに相談しました……信じてもらえるかは、わかりませんが」


 藤崎が訴えた後、佐藤は息を深く吸い、そしてその時よりももっと長い時間をかけて息を吐いた。


「いや、わかったよ。俺は勘違いをしていたのかもしれない。君はそんな人間じゃないものな」


 佐藤は力の抜けた声で言った。藤崎は、危害を加えようとする加来の前に立ちはだかった。佐藤にとってはそれだけで十分だった。


 そして、これ以上自分で抱えるのが難しい事も、わかりきっていた。


「……誤解を抱いていた身で恥ずかしいが、どうか高尾を助けて欲しい。頼む」


 佐藤は希うように藤崎に告げた。


 藤崎は力強く勿論と答えた。

 

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