表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍維伝  作者: 啝賀絡太
第四章
54/63

第二十節

 麓から歩き始めて三時間弱、一同はついに山の頂に到達した。


「着いたぁ!」


 高尾が大声を上げながら飛び上がる。


 結局、あまり撮影はしていなかったが、初めての登頂体験は気持ち良いものだった。


「ねぇ、奥まで行こうよ」


 高尾が提案し走り出したので、藤崎達も後を追った。


 山頂の指標の先には確かに展望台があった。


 際の手すりまで近寄ると、西の山々が広く深く見渡す事が出来た。ロープウェイ乗り場で見たような東京の景色とは全く違う、青々と生い茂る山の森森。遠くに流れる雲の間から一座の大きな山が飛び出していた。


「見たことない、全然違う景色だ……」


 東雲がポツリと呟いたので、藤崎はそうだねと応じた。


 悠然と広がる自然を東雲は呆然と見ていた。


「写真、撮ろうか?」


 藤崎は東雲に提案した。


「僕の?でも他人に見せちゃダメだって……」


「君のお母さんに。ちゃんと山を登ったぞってのを見せてやれば良い」


「お母様に……」


 彼女は暫時考え込み、そして頷いた。


 自分のスマートフォンと、持ってきたデジタルカメラで東雲を撮る。

 

 こわばらせ、棒立ちになった東雲をレンズ越しに見て、藤崎は微笑みが溢れた。


「せっかくだから、お二人で撮りましょうか?」


 後ろから浅野が声をかけてきた。


 気恥ずかしかった藤崎はそれを断る。


「俺よりも、君が東雲と一緒に撮れば良い。今日も仲良くしてたし」


「撮れる時に撮った方が、後悔は少ないと思いますけど」


 浅野はそう言って藤崎の腰に肘を入れた。


 東雲を見ると彼女は小さく頷いた。藤崎は浅野にカメラを手渡し、ちぐはぐな足取りで東雲に近づこうとして、やっぱり恥ずかしくなり距離をとった。


 浅野が即座にもっと近寄ってと指摘した。


「もうちょっと右に……藤崎先輩まで緊張してどうするんですか。笑顔笑顔」


「ひ、被写体になるのは苦手で……」


「二人でハート、作りますか?」


「作らない」


 浅野と応酬を繰り返しながら、藤崎と東雲は隣に並び、数枚写真を撮られた。


「いい感じに撮れましたよ」


 浅野が長い前髪の隙間から目を細め、ドヤ顔を見せているように見えた。


 浅野からカメラを返してもらい、撮られた写真を見る。自分でもよくわかるくらい緊張した顔つきで写っていたので、藤崎自身も思わず失笑した。


「良い写真だ」


 微笑みを浮かべながら、藤崎は呟いた。東雲もそれに同意してくれた。


 二人で写真を眺めていると、浅野が再び藤崎の腰へ肘を入れた。そこそこ力のこもった肘打ちだった。


「次は浅野と東雲が撮れば良いんじゃないか?」


「集合写真とかでも良いですけど」


「それもそうだな。またみんなで撮りますか?」


 藤崎は近くにいた皆に聞いてみた。


「出来れば先にご飯が食べたいな。それからみんなで撮らないか?」


 答えたのは佐藤だった。


 途中で団子を食べたとはいえ、確かに空腹だった。


 それもそうですね、と藤崎は佐藤に答えた。ふと、彼の首元を見てみると、内藤が皆に配っていた細い布が見当たらない。


「あの長細い布はどうしたんですか?」


 藤崎が指摘すると、佐藤は自身の身体を見直した。


「……なくしてしまったみたいだ。気づかないうちに風に飛ばされたのかもしれない」


「あっ、私もないや」


 高尾も今し方気がついたようで、カバンなども見ていた。藤崎や他の皆も確認をしてみたが、紛失したのは佐藤と高尾の二人だけだった。


 ここ最近、上の空であることが多い高尾ならまだしも、佐藤まで紛失してしまうのは珍しい。


「……内藤さんが困ってしまう」


「いや、アイツが多少頑張れば良いだけだろ……というか、アイツいなくねぇか?」


「エリリンはお腹壊しちゃったって、お手洗いに向かいましたよ」


 軽く見回した長瀬に雪下が説明した。


「大丈夫なのか、あいつ?」


「はい。先にご飯食べてて欲しいとのことでした」


 腕組み、尋ねた長瀬に対し、雪下は頷き答えた。


 内藤がそう言うならば、問題ないのだろうと判断し、一同は近くにある食事処に入った。


 二組の家族連れがちょうど食べ終わったところで、すぐに座敷に案内された。座敷は店の角にあり、山の景色を一望出来るよう壁が取り除かれていた。


 メニューは蕎麦とうどんから選ぶ事ができた。山菜や天ぷら等、トッピングもいろいろと取り揃えられていたが、藤崎がいつも食べている油揚げはなかった。


「油揚げはないんですね」


「……うどん限定だからでしょうか」


 藤崎がぼやくと、浅野が返答した。


「油揚げって蕎麦にもつけないか?」


「………………私の家では食べた事ないですね」


 浅野の返答は五秒ほどかかっていた。高尾も佐藤も首を横に振っていた。


 藤崎の家では年越し蕎麦にも必ず添えるほど定番の具材だったが、この日初めて、定番の具材というわけではない事を知った。


「一応、出しているお店もあったと思うので、家にもよると思いますよ。年越し蕎麦で言うならば、私の実家では必ず蓮根の天麩羅が入っていましたから」


 雪下がフォローを入れるように答えてくれたので、藤崎は少しだけホッとした。


「まぁ味噌汁に入れる具材と同じようなものだろ」


 長瀬が言った言葉をきっかけに、各々の自宅の料理事情を聞く流れになり、それを話題にしながら各々好きなものを食べた。


「このあとはどうしよっか」


 食事後、高尾が皆に確認した。


 決まっていなかったのか、と藤崎は心の中で指摘した。それと殆ど変わらないタイミングで浅野が高尾に提案した。


「周辺を一周するコースがあったり、あと案内所もあるみたいです。山頂にもいろいろ見る場所があるようですね」


「それなら、各々好きなところを見ればいっか」


 浅野の提案に対し、高尾が答えた。


「あまり独りで動き回るなよ。複数グループに分かれるなら引率役をつけるが……」


 長瀬は部活動員に対し告げた後、あたりを見る。


「そういや、内藤が見当たらないな。まだ腹が痛いのか?」


「……すみません。ちょっと体調崩してしまっているみたいで」


 雪下が罰の悪そうに答えた。


 長瀬はため息をひとつついた後、しょうがねぇなとぼやき、一同に外に出るよう促した。


 しかし外に出てみると先程までいた登山者達の姿は見当たらず、辺りは静閑としていた。


「あっちの建物に、ムササビの展示してるんだって」


 東雲に提案され、彼女が指した建物へ向かう。


 東雲が藤崎の手を引っ張った。


 思いがけず、藤崎は彼女に逆らうよう手を引っ張ってしまい、互いに体のバランスを崩してしまう。


 二人の身体がぶつかりそうになった。


 瞬間、山の中に響く銃声と共に、東雲と藤崎の頬を何かが掠めた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ