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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第四章
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第十九節

 長瀬から、くるみ団子を一本譲り受けた。


 藤崎は再びお礼を言って、団子をひと口含んだ。あまじょっぱい味噌と、くるみの仄かな風味が程よく混ざり合っており、三十分以上登り続けた身体にはちょうど良かった。


 長瀬が隣で美味いなと言ったので、藤崎は頷いてそうですねと答えた。


 団子屋の向かいには双眼鏡が置かれており、今日のような晴れた日であれば、東京都東側のスカイツリーやらも観れると書かれていた。誰かの発言はあながち嘘ではないのかもしれない。


 この日は藤崎達以外にも多くの登山者が来ていた。小学生の子供を連れた家族に、長年の登山経験を積んでいそうな熟年者夫婦、同じ趣味を持った友人グループや、今日の為に張り切って装備を揃えたようなカップルもいた。


「軽装な人ってあまりいないですね」


「そりゃ山だからな」


 藤崎の呟きに長瀬が真面目な回答を返してきた。


 彼の言うとおり、一号路と呼ばれる山以外は、しっかりと舗装されてはいないと聞いた。各号路に定められた自然の研究に合わせる為だからだろう。


 くるみ団子を食べ終えた藤崎と長瀬は、他の者達に合流する。


 東雲は浅野や高尾と一緒に会話していた。たじたじな様子だが、なんとか受け答え出来ているようだった。


 浅野と高尾が手洗いに行くと離席した後、一息ついた東雲の隣に藤崎は座った。


「お疲れ様。大丈夫?」


「あ、うん……大丈夫。ちょっと緊張しちゃって」


 藤崎は東雲に苦笑いを返し、身体に異常がないか聞いた。東雲は大丈夫だと笑顔で答えてくれた。初めての登山は楽しんでくれているようだった。あとは、高尾達から変な事を聞いていなければ。藤崎は聞かれた内容を興味本位で尋ねた。


「住んでいる所とか、何が好きなのとか……あと、龍二くんとはどんな関係って聞かれたよ」


「早速いろいろ聞いてやがる……」


 絶句し、ため息をついた藤崎に、変な回答はしていないよと東雲が答えた。


「それとも、あまり回答しない方が良かった?」


「いや、全然大丈夫。まぁ、悪い人たちじゃないんだ。距離感が近いだけで」


「うん、わかってる。いろいろな人がいるんだね」


 東雲の言葉に藤崎は頷いた。いつもと変わらないような彼女の様子に、藤崎は安堵の息を吐いた。


 高尾達が手洗いから戻って来ると、内藤が皆を呼んだ。


「そういえば、これを持ってきたので。首とかに……」


 内藤と雪下が手分けして細い布を配った。マフラータオルくらいの長さで真ん中あたりに何かが縫い付けられている。


「暑い日に申し訳ないですけど、首元に巻いといてくださいね」


「わぁ、共通のものっていいですね。有難うございます!」


 高尾が喜びの声を上げてお礼を言った。他の部員たちも続く。藤崎も内藤達にお礼を伝えた。


「でもなんで首元に?」


「それは、その、アタシが皆を見失わない為に……」


 顔を見ればいいんじゃないかと藤崎は思ったが、思うだけにした。内藤は今日、雪下と長瀬以外とは目を合わせて無かったのである。


「なるほど」


 藤崎は一言だけ返事をした。


 小休憩後、一行は再び参道を歩き始めた。


 リフト・ロープウェイ駅以後の一号路はより一層整備されており、緩やかな勾配の坂を歩いた。

 

「もう疲れたよ!一回休んじゃったから余計足が辛いんだよう!」


 十分もしないうちに内藤が駄々をこね始めた。


「あいつだけ下山させちゃ駄目なのか」


「いやぁ、あの人も必要人員なもんで……」


 こっそりと提案してきた長瀬に、藤崎も同じような声の大きさで答えた。


 近くにいた雪下が内藤の代理として謝った。


「ごめんなさい、普段はもう少し良い子なんですけど……何か、彼女が興味をひきそうな事があれば良いんだけど」


 雪下の言葉を聞き、ひとつ策を思いついた藤崎は内藤に近づいた。


 無言で徐に近づいてきた藤崎を、内藤は警戒した。


「な、なんだよぅ……」


「内藤さん……この山には、ムササビがいます」


「……………………はぃ?」


 ごく僅かな沈黙が流れた後、間抜けな返答を返した内藤の代わりに、雪下が感嘆の声を上げた。


「まぁ!ムササビ!」


 わざとらしい声。しかし、そんなのお構いなしに、藤崎はムササビの説明を続けた。


「知っているでしょう、ムササビ。リス科リス亜科ムササビ属の哺乳類。グライダーのように滑空して飛ぶあのムササビですよ」


「し、知ってるけど……いや、ホント急にどうしたの」


「この山にはムササビがいます。それも特別大きなムササビが。この山の自然の恵みのおかげか、他のムササビよりも大きい個体らしいです」


 それは山に行くと聞いた日の晩、事前にネットで調べて得た情報だった。山のサイトでは、ムササビがマスコットキャラクターとしてあげられていた。


 藤崎はその可愛さに魅了された。


「わかるでしょう。あの可愛らしい姿が、この山の木々をまたいで飛んでいるんです。普通より大きい。可愛さも増大なムササビが」


「わ、わかった。わかったから。ムササビめっちゃ推すじゃん……」


 勧められた内藤は気圧されるように後ずさった。


 その後も雑談を交えながら歩き続ける。茶屋を越え、猿園を通り過ぎ、坂を歩き続け、二十分。一同は寺の門まで辿り着く事ができた。


 雪下が寺の住職に用事がある為、各自、好きなように境内を回る事になった。藤崎は表門から順番に見ることにした。

 表門のすぐ近くには天狗の銅像が二体、建てられていた。


「日本の有名妖怪の一種だね。日本に住んでるならまず知らない人はいないでしょ」


 隣に居合わせた高尾が説明した。


 確かに天狗は有名な妖怪だ。赤い肌に長い鼻。天狗と聞くと誰もがその容姿を思い浮かべるだろう。


「でもこの山では人々を見守る神様として、祀られているようだね」


「へぇ……副部長もご存知でした?」


 藤崎はなんの気無しに副部長に尋ねてみた。しかし彼は上の空だったようで、声をかけられた事に気がついていないようだった。


「副部長?」


「……あぁ、ごめん。なんの話だっけ?」


「いや全然大した事じゃないですけど。それより、大丈夫ですか?」


「なに、佐藤くんバテた?」


「バテてないよ」


 弄ってきた高尾に対し、佐藤は苦笑で返答した。


 佐藤が悩んだいるように見えた藤崎は、何かあったのか彼に尋ねたが、なんでもないと返されてしまった。


 高尾の身を案じているのだろうか。推測はしたものの、本人の前で聞くわけにはいかなかった。


「ところで藤崎くん、東雲ちゃんの事だけど」


 思い巡らせていると、高尾が声をかけてきた。東雲の件だ。確かに彼女には何も説明をしていなかったので、藤崎は佐藤に説明した時と同じように話した。

すみません。急に連れてくる事になっちゃって」


「いいの、いいの!私もにぎやかの方が好きだし。普通に良い子だから、藤崎くんと知り合いなのが驚いちゃった」


「驚く要素あります?」


 笑いながら冗談だよと高尾が言う。高尾の変わらない様子に、藤崎は胸を撫でおろした。


 境内をそれとなく歩く最中、佐藤が藤崎に声をかけてきた。他の人から少し離れ、登山ルートから少し離れた場所まで移動した。


 やはり思うところがあったのだなと、藤崎は佐藤の言葉を待っていると、彼は重苦しく口を開いた。


「君は何者なんだ」


「えっ……俺ですか?」


 想定外の質問に藤崎は聞き返した。


「君は昨日、青星さんという人と一緒にいて、その人の話を理解しているようだ」


「ぜ、全部を理解していたわけじゃないですよ」


 藤崎はわざと嘘をついたが、佐藤にしてみれば、苦し紛れの言い訳にしか聞こえていないようだった。


「なら俺が怪異と言った時に、どうして何のリアクションもなかったんだ。頭のおかしいやつだと思わなかった」


「副部長を頭のおかしいやつだとは思わないですよ。一体何を──」


「それならなんで、高尾が怪異につかれてるかもしれないのに、平常でいられるんだ」


 別に平然でいるわけではない。


 だが、自分の胸中を話すわけにはいかない。


「どうしたんですか急に」


「どうしたも何も、君が落ち着いてるのがおかしいんだよ。妖怪やお化けなんて普通いるはずがない。天狗だって」


「言い伝えは昔からあるでしょう」


 藤崎はなんとか弁明してみようとするが、佐藤は腑に落ちていなさそうだった。


「何が言いたいんですか」


 わだかまりを募らせた藤崎は佐藤に尋ねた。


 佐藤は黙っていたが、暫くして藤崎に聞いた。


「本当は、君も怪異の仲間なんじゃないか?」


「……どういう意味ですか」


「昨日、高尾がいなくなって気を失ってた。その犯行に君も噛んでいるんじゃないかと言ってるんだ」


「バカ言わないでくださいよ!俺がどうしてそんな事をするんですか」


「そんなのは、君が一番よく知ってるだろう!それに、君の正体を知ってるという人間から聞いたのさ!君が怪異に深く関わってるって!」


「誰がそんな事を言ったんですか!」


 藤崎の問いに佐藤は答えなかった。


 睨み合ったままの二人に、雪下が駆け寄ってきた。


「何かありましたか?」


「……いえ、少し部活の話をしていただけです」


 佐藤は素っ気なく答え、階段を上った。佐藤を見送った後、雪下は藤崎に何があったのか聞いてきた。藤崎は佐藤との会話をかいつまんで説明した。


 怪異人種になった事だって簡単に決意したわけではない。

戸惑いがなかったといえば嘘になるが、かといって東雲の事は放っておけなかった。ただそれだけだった。


「自分に出来る事を考えただけです。それでも俺は、何かおかしかったのでしょうか」


 胸中の悩みを吐露した。藤崎の頭を雪下は二回撫でた。


「雪下さん?」


「年相応なところもあるんだなって思って、安心させたくて。気を悪くしたならごめんなさい」


 雪下は眉を下げながら藤崎に言った。藤崎が首を横に振りながら大丈夫ですと返すと、雪下は良かったと一言呟いた。

「怪異への捉え方は人それぞれよ。自分の知らないものとの対峙だもの。戸惑う人も、恐怖の念を抱く人もいるわ。だからといって、藤崎君が異常ってわけでもない。向き合い方はひとそれぞれだもの」


 それに、と雪下は話を続ける。


「藤崎君は佐藤君や高尾さんの力になろうとしているじゃない。今は佐藤君も余裕がないのだろうけど、きっと伝わる。そうなるよう、私達も協力するわ」


 雪下は微笑みながら、藤崎の身体に触れながら説いた。藤崎は彼女に一言礼を述べた。


 二人は集団に合流し、そして再び山を登り始めた。

 

 寺院の階段を上り、舗装路を歩いていく。


 この日は猛暑日と予報が出ていたが、体感としてはそこまで暑くない。寧ろ、涼しいくらいだった。


 標高が高くなっており、参道は木々や枝葉の影で覆われていたので、直接陽の光を浴びる事が少なかった。加えて、前日に雨が降っていた事もあり、風が涼しかった。


「暑くなくて本当に良かった……」


「かといって、汗はかいてるからな。体温調整に気をつけろよ」


 忠告してくれた長瀬に藤崎は返事をした。彼は他のみんなにも注意するよう呼びかけていた。


 気にかけてくれる大人なんだなと考えている藤崎を浅野が呼んだ。


「藤崎先輩、これ……」


 浅野が指していたのは、舗装路の脇に立っていた看板だった。その看板には、山に纏わる豆知識と、山道と現在地が表示されていた。今回はモモンガに関してだった。


「なになに……ムササビは夜行性なので夜にしか会えないと思ってるアナタ……」


 ムササビは夜行性なので夜にしか会えない。


 ムササビは夜行性。


 衝撃だった。藤崎は今日、ムササビに出会えると本気で信じていた。あまりにも愚かだった。


 強く殴りつけられたような気がして、全身の力が抜ける。嘘だろと声を漏らし、膝から崩れ落ちた。


「……帰ろう」


「何言ってんだバカタレ」


 絶望的な気持ちになりながら呟いた藤崎に対し、長瀬が呆れ混じりに頭を叩いた。


「でもほら、ムササビの生きている痕跡があるって!」


 近寄り励ましてくれたのは東雲だった。その後ろで浅野がうわぁと引いている声が聞こえた。

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