第十八節
翌日、登山口最寄りの駅で藤崎達は集合した。部活のメンバーは、藤崎、高尾、浅野に佐藤。そして佐藤は事前に話していたとおり、親戚の叔父が同行してきた。藤崎は四人に対し、急遽同行することとなった東雲と、彼女の引率役の内藤と雪下を紹介した。
互いに名前を名乗ったあと、山へ向けて歩き始めた。
藤崎達が登る山は東京都西部に位置する山だ。新宿から西に約四〇キロメートルと近く、また最寄り駅から徒歩五分以内で登山口に到着することが出来る。春夏秋冬、多くの登山者が訪れ、その数は、かの日本一の山の次に並ぶ。
その山には幾つか道が用意されており、各号路にはテーマが設けられており、同じ山の中でも違った楽しみを得る事が出来る。
麓から山頂へ続く一号路は表参道と呼ばれている。観光客が多い事も考慮されていてか、この表参道は道が舗装されている為、他号路に比べ歩きやすい道となっている。
「……って言ってたじゃんかああああぁぁぁ」
麓から一号路を登り始めて約二十分程、内藤が叫んだ。
登り始めは勾配が早い坂をひたすら登る必要がある。石畳だった道も束の間、舗装されている石もほんのちょっぴり荒くなる。
ロープウェイやリフトに乗ればもっと楽だっただろう。しかし高尾の提案もとい我儘によって、一同は最初から歩いて登山する事になった。
提案者の高尾は、集団より数歩先で飛び跳ねていた。
「すみません、あいつのせいでこんな事に」
「謝る必要はねぇぞ康介。こんなのでバテるやつに問題がある」
後ろ側を歩いていた男が佐藤に告げた。
「あぁん?そういう長瀬さんだって後ろ側じゃないですかぁ?」
内藤は威嚇の声を上げた後、その男長瀬に突っかかっるように近づいた。
佐藤が話していた親戚とは、長瀬のことだった。多摩川の時に共にした事がある藤崎は、今朝方再開した時は互いに驚いたものの、周囲には一度だけ顔を合わせた事があるとだけ話した。
「俺は年長者だから見張ってるんだよ。つか、体力ねぇくせにわざわざ下ってくるんじゃねえ」
「はぁん!?まだまだ余裕ですけどぉ!?」
反発する内藤に対し、長瀬は怪訝な顔を隠さずにうるさっと吐きすてた。
喧しく騒ぐ二人をよそに、藤崎は東雲に声をかける。普段、外出することのない東雲が山に登る事ができるのか心配だったが、彼女は笑顔で大丈夫と答えた。
東雲の服は、召使が適切なものを用意してくれたらしい。動きやすい服装に、トレッキングシューズを履いてきた。麓から歩くことを想定したわけではないようだが、登山道に埋め込まれた石には角張っている物もある為、結果ちゃんとした装備で良かったと彼女は話していた。
「ほれ、きびきび歩け!」
「エリリン、ファイト!」
ぶすくれた内藤に対し、雪下が飴を、長瀬が鞭を、それぞれ言葉で与えた。ああいう風にはならないようにしよう。藤崎はそう思いながら、歩き続けていると、少し先を歩いていた浅野が今日初めて声をかけてきた。
「どうかした?」
尋ねた藤崎の腕を浅野が引っ張り、隣にいた東雲から離した。
「な、なんだよ……」
「あの子が例の子ですか?」
浅野が指した相手はやはり東雲だった。藤崎がそうだけどと肯定すると、浅野は意味ありげに頷いた。
「ふーん、そうなんですね」
「だからなんだよ」
「いいえ、なんにも」
なんにもない事はないだろう。藤崎は浅野に追求したが、浅野はそれ以上なにも答えなかった。揶揄うつもりなのか、東雲に変に刺激しなければ良いのだがと藤崎は不安になったが、浅野がそんな事を気がつかずはずもなかった。
更に登り続けて十五分、次第に勾配が緩くなった。
「リフトだ!」
叫んだのは内藤だった。危ないと注意する長瀬をよそに、彼女は一足先に駆け出す。先頭にいた高尾を通り過ぎ、彼女はリフト乗り場に降りて行った。
藤崎達も仕方なく後を追う。
──リフト山上駅、思い出に──
そう書かれた看板が柵に取り付けられていた。背景は東京都内の遠くまでよく見えた。リフトを乗ってきた登山者がスカイツリーが見えたと話していたが、今日のような良く晴れた日ならば見る事も出来るのだろう。
「良い景色だ」
「せっかくだから集合写真撮ろう!」
高尾が皆に提案した。
「良いんじゃねぇか。俺が撮ってやるから、お前ら並びな」
雪下と内藤も喜んでと輪に加わった。ひとりたじろぐ東雲を、藤崎よりも先に浅野が手を差し伸ばした。
「東雲さん、撮りましょう」
「……うん」
笑顔で誘った浅野の手を東雲はゆっくりと取った。心配事は杞憂だったと藤崎は安堵の息を吐いた。
長瀬は二、三回ほど撮影した。
「よし、帰ろう!」
撮影を終えるやすぐに内藤が叫ぶ。
帰るわけないだろうと長瀬が内藤の頭をはたいた。
「まだ三十分程度しか登っていないだろうが!」
「さ、三十分!頑張ったじゃあん!」
「内藤さん、もう少し歩くとお土産やお団子ありますよ」
「行く!」
内藤は大きく叫び、我先にと駆け出した。誘った高尾も笑いながらついていった。続けて佐藤や雪下が後
を追い、浅野は東雲の手を引っ張りながら一緒に先へ歩いて行った。
長瀬は相変わらず現金なやつだと、既に姿が見えなくなった内藤に対しため息をついた。
「やっぱり、長瀬さんと内藤さんって知り合いだったんですね」
「雪下もだ。アイツらがどんな人間か知ってんだろ」
藤崎は長瀬の問いかけに頷いた。長瀬が歩くぞと言ったので、他の者達を追う事にした。
「で、お前はなんであの嬢ちゃんを連れてるんだ」
「昨日と今日、面倒を見るように言われました。ただまぁ、今日は部活があったので……」
「断れなかったのか」
長瀬に問われ、藤崎はあいまいに返した。実際は黄陽から提案を受け、それに乗ったのだが、長瀬をため息をついた。
「面倒な事にならなきゃあ良いんだがなぁ」
「……面倒ごとって」
「言わんでもわかるだろう」
長瀬は細い目で藤崎を睨みながら告げた。
「そんなに嫌いですか。俺達が」
「いつの間に代表面するようになったんだな」
皮肉を返され、藤崎も感情のままに長瀬を睨んだ。
長瀬はおぉ怖い怖いと藤崎から視線を外したが、声色は変わらなかった。
「嫌いだね。お前みたいな連中は、子供だろうと相手を平気で傷つけるようになる。俺を刺したあのガキも
そうだろう」
長瀬は京島の事を恨めしそうに思い出す。
「お陰様でついこの間まで入院させられた。なんの心得もなく強くなった奴は増長する。あの高尾って子供
もどうなるかわからねぇぞ」
長瀬の言葉に藤崎は声が詰まった。
佐藤から昨日の出来事について既に聞いており、高尾が怪異人種である事は見抜いてると長瀬は語った。
「まぁ、この前みたいにはならんよう、せいぜい頑張るんだな」
吐き捨てるように長瀬は藤崎に告げた。
右手に開けたテラスがあり、先導の皆はそこで休憩していた。中には団子を頬張っているものもいた。
「……何食ってんだお前ら」
「くるみ団子でふへぼ」
「悪かった。食いながら答えなくて良い」
「もう少し歩いた先にお土産屋さんや甘味処があるんです。そこで買いました」
頬張る事を選択した内藤の代わりに、雪下が説明をした。テラスから降りて道に戻ると、くるみ団子と描かれたのぼり旗が見える位置にあった。
「買いに行くか。お前も食え」
「いや、自分の金で……」
「変なところで遠慮すんじゃねぇ。おとなしく大人に奢られてろ。そんで食べた分頼んだぞ」
頭にチョップを当てられた藤崎は、それが長瀬なりの優しさだろうと理解し、彼にお礼を告げた。