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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第四章
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第十七節

 佐藤を自宅へ送った後、車は藤崎の家へ向かっていた。


「良かったんですか。あぁ言って」


 車内で藤崎は青星に尋ねた。


 どれのことか青星に聞き返されたので、藤崎は続けて尋ねる。


「高尾部長の件です。正直、明日は行かない方が良いと思ったんですけど……」


 藤崎は松林とその老人が話した“ナオミ”が高尾の事で間違いないのか、定かではないが今の高尾を外に連れ出しても良いのか心配だった。


「少しだけ、付き合ってくれるかい」


 青星は藤崎に尋ねた。家まで残り数十メートルの場所だったが、藤崎も答えを知りたかった。彼が頷いたのを確認すると、青星は藤崎の家とは別の方角へ車を走らせた。


「……君の言うこともよくわかる。確かに、高尾ちゃんは、怪異人種になっている可能性が高い。それも無意識に」


「怪異人種に無意識になっている……?」


「正確には怪異に染まっているかもしれない状態だ。怪異の中にも、人へ影響を及ぼすものがあるだろう?彼女がその被害を受けていて、無意識下で怪異人種として覚醒してしまった可能性がある」


 ビルの屋上で高尾を保護した際、青星は彼女の首元に黒い羽毛がついていたのを確認したと言う。


「より怪異に近づくと、人体の一部が変わるケースもある。あの羽毛は、彼女が怪異に染まり始めた証拠だったのだろう」


 高尾は誰かに相談する事ができなかった。青星は高尾がそれを隠すために露出の少ない服を着ていたと推測したらしい。


「……もし高尾部長が怪異に染まってしまったら」


 最悪のシナリオを藤崎は恐る恐る聞いた。


 怪異人種がその力を行使し続けると、やがて怪異そのものになる。昼間、黄陽にはそう教えられた。もし高尾が怪異になってしまった場合、自分達はどうすれば良いのか。


「怪異になった者は往々にして自我を失った。そうなればもう、二度と元に戻ることはない」


 青星の返答に、藤崎は返す言葉が浮かび上がらなかった。少しして藤崎は、高尾を外に出すのは危険なのではと考えた。


「だが、彼女をそのまま独りにしておくのも得策ではない」


「昔話をしよう。といっても、この職業柄よくある話だ」


 車の中で青星は話し始めた。


「怪異人種と関わると、怪異をより近くで感じる。次第に自分の中の常識が変わり、自分自身が不安定になる。私の同僚にもそうなった者がいた」


 青星は同僚の事を悪く言うつもりはなく、懐かしそうに、寂しそうに話していた。


「だがアイツは、イビト隊として仕事する中で、自分のやっていることが正しい事なのかわからなくなっていた。いつしか彼は、キョウシンカイのような、怪異人種が作った団体にハマるようになった。その一方で団体はアイツを利用するようになった」


 団体の思うまま利用された青星の同僚は、それでも自分の行いに不安を抱きながら怪異人種の力を行使していた。


 その後、彼がどうなったのか。藤崎は尋ねたが、青星はもうすぐで到着するからと、回答を先延ばしにした。


 青星は湾岸地区内で車を停めた。降りるよう指示された藤崎は、悠々と立ち入り禁止のトラロープを越えて行った青星の後を追いかける。


「ここは?」


「イビト隊が所有している倉庫。今は殆ど使ってないから、知らない職員もいるだろうけどね」


 倉庫の室内に入り、電気を一部だけつけた。


「ここでなら大丈夫だろう」


 青星はそう呟くと、おもむろに服を脱ぎ出した。


 藤崎は当惑したが、彼女の背中と肩を見て更に驚愕する。

「これが怪異人種の力に溺れた証だ」


 青星は極めて冷静に告げた。


 彼女の背中には小さな棘が突き出されている。およそ漆黒のように黒い其れは、例えるなら鯨やシャチといった海獣がもつ特徴だった。


 彼女の背中がそうなっているのは、首元から肩甲骨にかけた一部分だけだった。しかし薄橙の肌から変化したその箇所は、やはり異様に見えた。


「これは私が自分の力を過信して怪異に呑まれそうになった証……いわば呪いだ。怪異に染められれば、この呪いを受け一部が人でなくなり、やがて人の形をしなくなる。私の同僚も、やがては異形と成り果てた」


「青星さんが、怪異に染められるような事が……?」


 藤崎が恐る恐る尋ねたが、青星はその質問に怒ることなく答えた。


「先程の話の続きだ。私と同僚は対立する事になり、この倉庫の中で対峙する事になった。その時にはアイツは既に、人ではなく四足歩行の獣のようになっていた。対話は試みてみたが…………駄目だったよ」


 自嘲するように青笑いながら、その背中が、自我を失った同僚を止めるために、無茶をした呪いだと言った。


 怪異人種として必死に力を行使した呪い。


 それでもなお助けることの出来なかった呪い。


「私はまだ大丈夫だ。だが、完全に怪異に呑まれてしまえば、高尾ちゃんを助けることは出来ないだろう」


 ワイシャツを着直しながら青星は話した。


「彼女を守るという意味でも、明日はなるべく多い人数で保護した方が良いだろう。君にはより多くの負担をかけてしまうかもしれないけどね」


 藤崎は大丈夫ですと答えた。しかしその声が詰まってしまった事は、残念ながら青星にも気がつかれていただろう。それでも青星は頼もしいなと微笑んでくれた。


「もし私が怪異に呑まれた時は、君に任せようかな」


「えっ……いや、やめてくださいよそんな……縁起でもない」


「…………ははっ冗談だよ」


 青星は笑いながら答えた。服を着直した青星は振り返り、藤崎に近づいて彼の肩に手を置いた。


「さぁ、帰ろう」


 青星と藤崎はその場を後にした。


 青星に送られ、藤崎は問題なく家に帰ることができた。


 ただいまと言いながら家の中に入ると、母親の紗代がかけつけたくれた。


「おかえり。遅かったじゃない」


「青星さんと一緒に話してて」


 答え、通り過ぎようとした藤崎の腕を、紗代が強く掴む。

 痛みを感じるほどに強く握りしめられ、何をするんだと聞こうとした藤崎だったが、言葉はすぐに失われた。


「待ちなさい。アンタ、何処に行ってたって?」


 尋ねられ、藤崎は小さな悲鳴を上げた。今なら蛇に睨まれた蛙の心境がわかるかもしれない。


「不貞な臭いがするわよ。お母さん嘘は嫌いって言ったでしょ?」


「う、嘘なんかついてないって!というか不貞な臭いってなんだよ!」


 弁明をしても紗代は聞く耳を持ってくれない。途方に暮れていると、インターホンが鳴る。


 扉を指さした藤崎に紗代はため息をついた後、彼の手を離し玄関に近づいた。


「あら、青星じゃない」


 客人の名前を紗代が呼ぶ。青星は一言挨拶を告げた後、ズボンのポケットから藤崎のスマートフォンを取り出した。


「車に置きっぱなしだったわよ」


「た、助かった……!」


 助け舟が来たことに藤崎は安堵した。漏れた声が情けないほど気の抜けていたものだったのは自覚していた。


「スマホ忘れたくらいで大袈裟じゃない?」


 首を傾げた青星に藤崎は説明し、弁明を共にしてくれるようお願いした。


 話を聞いた青星はまず失笑し、よくわかったと紗代に今日一日の藤崎のスケジュールを紗代に伝えた。


「藤崎君は朝から私や八坂くんと一緒にいたし、午後は彼の友人の家にいたわ。送り迎えもあったし、不良と会うような時間は特になかったはずよ」


「……そう、思い違いだったのね。ごめんなさい」


 頭に血が上っていたと紗代は藤崎に頭を下げた。


「いや、別にいいけど……不貞な臭いってなんだよ」


「……心の底からムカつく奴の臭い。てっきり不良と一緒に遊んでいたのかと」


 なんだそれは、と藤崎は突っかかりそうになったが心当たりがあり気持ちを抑えた。


「せっかくここまで来たんだし、少しあがっていったら

?」


「気持ちは有難いけど、明日も早いんで」


 青星は紗代に罰が悪そうに答えたあと、藤崎を見た。


「それじゃあ藤崎くん。頑張って」


「はい。ありがとうございました」


 藤崎にお礼を言われ、青星は笑みを浮かべながらおやすみと言って家から出た。


 風呂に入り、寝巻きに着替えた藤崎は、明日の準備をした後、ベッドに寝転んだ。明日に対する思いを整理しようとしたが、すぐに睡魔が襲いかかり、悩む暇もなく藤崎は眠ってしまった。

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