第十三節
夕飯を10-ironで食べようと青星から提案をもらい、吉祥寺に辿り着いた。
一度、10-iron近辺の駐車場を探したが、空きスペースは無かった為、駅北側の駐車場に停めてもらった。
「悪いね。随分歩くことになっちゃって」
「いえ、俺は全然大丈夫です。10-ironって普通の料理とかもあるんですか」
「隠しメニューとしてテツに頼むと作ってもらえるよ。ため息つかれるけど」
それはもしかすると隠しメニューではなく、テツの行為で料理してくれているだけなのではないか。
そんな事を考えていると、横影から人が飛び出してきて、藤崎と接触しかける。声を上げ仰け反った藤崎は、咄嗟に謝ろうとした。
「佐藤先輩!」
ぶつかりそうになった人物の名を呼ぶ。写真部の副部長、佐藤だった。彼も藤崎に気がついたようで、彼の顔を見て一度謝罪した。
「!……あぁ、藤崎くんか。すまない、高尾を見なかったか」
「部長を?……いえ、見ていませんけど」
藤崎が答えると、佐藤はそうかと一言呟き、深く息を吐いた。藤崎は何か問題があったに違いないと思い、佐藤に事情を尋ねた。
「部長がどうかしたんですか?明日の件でとか……」
「いや、直接的には関係ないと思うが……それよりも、もし時間があれば探すのを手伝って欲しい。さっきまで図書館にいたはずなんだが、急に消えてしまったんだ」
「消えた!?」
驚愕した藤崎は青星に振り返る。青星も真剣な面持ちで藤崎と視線を合わせ、頷いた。
「私も手伝おう。同一人物か確認するために、君に同行して探さなければならないと思うが……特徴は?」
「心強いです。高尾ナオミって子です。今日は緑のジャケットに黒の長袖のインナーを着てたと思います。なるべく肌を露出しないような見た目をしてました。図書館で会った時は、室内なのに帽子を被っていたような……」
「ナオミちゃんね。なるほど、髪の毛とかは?」
「黒いショートヘアの色白の肌で、あとは鼻筋が少し高いです。アメリカの血が混じっているって言ってましたね」
佐藤が青星に告げていた、高尾の身体的特徴を藤崎も記憶した。藤崎は普段、学校でしか会っていなかったが、佐藤の挙げた特徴なら、見つかるかもしれないと踏んだ。
「俺は別行動で探します。見つけたら、連絡するんで」
「恩に切るよ。よろしく頼む」
「私と君は図書館に戻りましょう。戻ってきているかもしれないから」
青星は佐藤に告げたあと、藤崎に声をかけた。
「藤崎くんも気をつけて。万が一が起きたら、安全を確保してから私に連絡をして」
青星の忠告をもって、彼女が佐藤に同行する理由がもう一つあることを確信した。藤崎はわかりましたと頷き、ただちに駆け出した。
青星と佐藤が図書館に行っている一方で、藤崎は図書館より南東へ向かうように走り回った。通路だけでなく、ビルの合間や階段もなるべく確認をした。無論、通行人や客寄せにぶつからないように。
大通りから離れていくにつれ、人が少なくなっていった。そのおかげで人影を見かければそれが高尾ではないか確認する余裕があった。
しかし、高尾は見つからない。走れば走るほど人がいなくなり、ついには人の気配が全くなくなってしまった。それどころか、開いているはずの居酒屋や飲食店さえ、灯りをつけていなかった。
「……どういう事だ?」
静観とした道路の真ん中で藤崎は呟いた。
時刻はまだ八時前。この時間なら、線路下の飲食店はまだ営業中でいつもなら暖かい光と客の談笑が通りにも漏れ出ていた。しかし今は店を完全に閉め切っており、街路灯だけが道や藤崎を照らしていた。駅側を見ても人の気配はない。
森閑とした空気に藤崎はおかしいと感じ、咄嗟にスマートフォンを取り出して青星へ連絡しようとした。直後、頭上から声が聞こえてくる。
「我が愛娘を誑かすのはお前か」
見上げると何かが降りかかろうとしており、藤崎は前に飛び込んだ。
背後から硬いものが砕ける音が聞こえた。すぐに振り返ると、先ほどまで自分がいた場所に石や岩がばら撒かれていた。誰の仕業か確認しようと、再び振り返る。
「去ね」
低い声と同時に拳が迫る。退こうとした藤崎は足を絡ませ、尻餅をついた。
拳が頭上を通過した後、風圧が髪が乱れた。
藤崎は無理矢理身体を曲げ、離れようとする。拳の主も間合いを取りたかったのか、藤崎から数歩分離れた。
間合いが開き、ようやく藤崎は早く脈打つ心臓や、あふれ流れる汗を認知した。それと同時に、拳を突き出してきた人物とは初対面である事もようやく理解した。
百八十は超えているだろう身体は、服を羽織っていてもわかるくらいに鍛えられた体格をしていた。
やや長いマッシュヘアの隙間から覗く瞳の下には体調不良を思わせるような深いクマが刻み込まれている。そのおっかない瞳は芯に藤崎を捉えて離さず、蛇に睨まれた蛙のような気持ちにさせられそうだった。
「お前だな?ナオミを誑かす怪異人種というのは」
ビルの上から男の側へ、赤い長鼻の仮面を被った者が降り立った。藤崎に声をかけた声はその者から発せられていた。老人のようなしゃがれた声だった。
「待っ……待った!なんの話ですか!ナオミって……」
「とぼけでも無駄だ。高尾ナオミのことは知っているだろう。それに、お前がイビトである事も」
老人に告げられた藤崎は背筋が寒くなった。
素性の知らない人物が、自分が高雄と同じ部員であることも、また怪異人種であることも知っている。特に怪異人種である事は、八坂達が所属する怪異人種犯罪対策機関か、敵対していた龏信会しか知らないはず。
藤崎に対し強襲を仕掛けた事も踏まえると、目の前にいる人物は後者に当たると予測した。
しかし藤崎は、自分が高尾を誑かしているという主張が理解できなかった。彼はあくまでも同じ部活の後輩であり、明日の件に関していえば高尾からの提案だった。
「教えろ。ナオミを何処に連れて行った」
「部長を連れてなんていないですよ!というか探している最中だし」
藤崎は迫真に訴えた。しかし老人は藤崎の言葉に耳を傾けてはくれない。ため息をつき、隣の男に首を一度振った。
「構えろ──今宵は長くなる」
マッシュヘアの男はゆったりと片腕を懐に隠しながら藤崎に告げた。