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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第四章
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第九節

 訓練は先日と同様、模擬戦を行った。そしてまた先日と同様、藤崎は青星に圧倒された。


 先日と違うのは、青星が前以上によく判断できているとささやかな褒め言葉をくれた事、それに対し藤崎はしゃがむ事も出来ず床に倒れている事だった。


 うつ伏せだった身体を仰向けにかえる。


「しんどい」


 息を切らしながら出てきた言葉に青星は失笑していた。藤崎も我ながら情けないなと考えていると、同じ事を青星が告げた。


「支部長の前で啖呵切った割には随分と弱々しい事を言うなぁ」


「いや、本当もう仰る通りです」


 まだ乱れる息を整えながら藤崎は答えた。天井を見る藤崎のすぐそばに青星が座る。


「君は随分と体力がないな。今後はそこが課題だな。走り込みすると良いよ」


「体育でしか運動しないので……そうします。ただ、今日からの護衛は……」


「なるべく体力を消費しないように立ち回らないとだね。動き回らず、相手の攻撃をいなす事に集中する」


「動体視力も自信ないんですけど」


「弾丸を避けたんだ。大丈夫だよ」


 呼吸が落ち着いてきた藤崎に、青星が手を差し伸べた。藤崎は青星の言葉を信じ、差し伸べられた手を掴んだ。


 青星に引っ張られながら立ち上がる。


「まだいける?」


「お願いします」


 汗を手で拭いながら藤崎は答える。


「それで、相手の攻撃をいなす事に集中するというのは」


「君が意識した方が良いのは、相手がどう攻撃してくるのかということ。そのために、どんな攻撃にも対応できるようにするということだ」


「どんな攻撃もって……力を抜いてどうするんですか」


「難しい事じゃない。重要なのは力を使うことではなく、力の流れを見極める事だから」


 青星はそう言ったのち、藤崎にしばらく待つよう命じ、出入り口とは違う扉へ歩いて行った。


 数分後、青星は木刀を両手に持って帰ってきた。彼女は二本のうちの一本を藤崎に渡し、藤崎から数歩離れた。 


「試しにその木刀でいつものように私に攻撃してみてくれ。私からは一切攻撃しない」


 告げられた藤崎は刀の時と同じように木刀を握り、青星に向かって駆け出した。


 青星は木刀の先を藤崎に見せたまま、一切動いていない。間合いに入り込んだ藤崎は、そのまま青星に斬りかかるように木刀を振った。


 一瞬の出来事。青星はほんの一瞬だけ、藤崎から振り下ろされた木刀に、自分の木刀を合わせた。その僅かな接触で振り下ろした力の向きが不意に変わり、よろめいた。


 体制を立て直した藤崎に青星はもう一度、と告げる。


 三度、四度と木刀を振っても結果は変わらない。


 五回目、次の瞬間には、藤崎の振った先に青星はおらず、彼女の動きを目で追おうとしたら、自身の喉元に青星の木刀の先が刺さりそうになり、直前で静止した。


 その場で静止する。


「君がわかりやすく木刀を振ってくれたから簡単だったけど……わかった?」


 青星の問いに藤崎は首を横に振った。


「直前で君の力の流れを変えた。私がしたのはただそれだけ」


「それだけって……結構難しいんじゃ」


「そうでもないよ。ただ、相手に何をされても対応できるよう力を抜いておくことを心がければ良い」


「力を抜く?」


 復唱した藤崎に青星は頷く。


「力同士は反発する。であれば、こちらは力を抜いて、相手の力を受け入れるようにすれば良い。そして、相手の力を流すんだ。どんな形の場所でも流れていく水のように」


 青星は左手を目の前にあるお湯を混ぜるように動かす。おだやかに、そしてなめらかに。


「……難しくないですか」


「難しいだろうね。でも君にはモノにして欲しいな。今日から再び怪異人種と争うのかもしれないのだから」


 青星は腕を組み藤崎に告げる。彼女の言い分は最もである事は藤崎もよくわかっていた。


 護衛という任務である以上、いつ敵が攻撃してくるかわからない。当然、藤崎が強くなるのを待っているはずもなく、自分の出来る範囲で彼女を守らなければならない。


「今できる手札で戦うしかない。その手札は君次第だ。君ならきっと大丈夫。人を守りたいという意志を持っているのだから」


 青星に告げられ、藤崎は自身の右手の平を覗いた。藤崎の刀は守る意思、戦う意思によって現れる。


「この力も怪異人種の力なら、力に溺れてしまう事もあるんですよね……」


 ぽつり、と藤崎が呟く。青星が意図を尋ねないような表情をしていた為、藤崎は黄陽の言葉を共有した。 


「怪異人種の力に溺れると怪異そのものになると聞きました。つまりこの力も使いすぎると……ただ、この力ってなんなんでしょうか」


「……誰がどの怪異の由来なのかはわからない。だが、単純な死だけでは終わらないと言われている。それは、黄陽が言った通りだ。私も何度か見た事がある」

 

青星はその場で腕を組み俯いた。瞼を閉じながら語るその様は、その時の光景を思い出しているようだった。


「怪異に溺れた者の末路はあまりいいものではない。姿が変わるなんて事はザラだ。今まで普通に会話出来ていた人間が、一切の意思疎通の出来ない化物になることもあったさ。そんな彼らに無かったものは、自分を確立する強い意思だったのだと思う。怪異の力に染められ、何故怪異人種としての力を使うのか忘れてしまった者達の、言わばなれ果てのような姿だったのだろう」


「だから、律する心を忘れてはいけないと」


「おっ、よくわかってるじゃん」


「黄陽さんが言ってました」

 

 藤崎の回答に青星はなるほど、と頷いた。


「目的を見失わなければ大丈夫だ。意思ある先に道は開くのだから。さぁ、もう少しやろう」


「はい」 


 藤崎は、青星に差し出された手を握りながら応じた。


 再び稽古を続け数十分、出入口の扉が開く音がした。


「八坂さん」


 藤崎は入ってきた者の名を呼んだ。八坂は藤崎と青星それぞれに労いの言葉を告げた。


「どうした?なにかあったのか」


「いや、特にはなにも。二人が訓練場にいって一時間経ってると聞いたから、様子見に来ただけっす」


「……あぁ、もうそんな時間か。時が経つのは早いな」


 青星は手首に巻いていた腕時計を確認した後、そう答えた。


「昼飯作ってるんでそろそろ上がってください。素麺だからすぐできると思いますし」


「素麺?」


「朝霞さんがお中元で素麺を貰ったってんで、せっかくだから皆で食べようって事になったんですよ。東雲ちゃんと藤崎少年も食べてってくれよな」


「ありがとうございます」


「じゃあ片付けないとね。あぁそうそう」


 青星が何かを思い出したように呟き、藤崎に手招きする。近づいた藤崎に、青星は耳打ちするような声で告げる。


「黄陽支部長と娘さんの関係は八坂くんにも内密にね。かなり重要機密な案件だからさ。もちろん、支部長がどんな人間だったのかも」


 藤崎は小さく頷いた。これまで通り、重役の娘という事にするのだろう。


「容姿がわからないのと、個人的にいけすかない人間だったってことは言っても良いですか」


「…………良いけどそれ支部長の耳に入ったら君の評価落ちるよ?……とりあえず、木刀片付けておくね」


 青星に木刀を渡すと、彼女はそれを戻しに行った。


「そういえば、支部長と会った感想は?どんな感じの人だった?」


 八坂は藤崎に近づきながら尋ねてきたので、藤崎は振り返り答えた。


「すっっっっごく、いけすかない人でした!!」


「ちょっとは歯に衣きせな〜?」


 バスケットコート四つ分ほどありそうな訓練場に藤崎の声が響き、八坂には苦笑いで指摘された。訓練場の隅から大笑いする青星の声が聞こえてきた。


 藤崎は小さく頷いた。これまで通り、重役の娘という事にするのだろう。


「容姿がわからないのと、個人的にいけすかない人間だったってことは言っても良いですか」


「…………良いけどそれ支部長の耳に入ったら君の評価落ちるよ?……とりあえず、木刀片付けておくね」


 青星に木刀を渡すと、彼女はそれを戻しに行った。


「そういえば、支部長と会った感想は?どんな感じの人だった?」


 八坂は藤崎に近づきながら尋ねてきたので、藤崎は振り返り答えた。


「すっっっっごく、いけすかない人でした!!」


「ちょっとは歯に衣きせな〜?」


 バスケットコート四つ分ほどありそうな訓練場に藤崎の声が響き、八坂には苦笑いで指摘された。訓練場の隅から大笑いする青星の声が聞こえてきた。

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