第七節
黄陽の言葉に藤崎、青星、東雲の三人が当惑し、まず青星が黄陽に反論した。
「支部長、お言葉ですが彼はまだ子供です。人の命を預かる立場ではないかと」
「怪異人種となった者は一般人とは違う。既に幾度と娘の命を守ってくれた。なにより彼は、それも我が娘の為に、自分の意思で怪異人種になったと聞いたが」
「そういう問題では──」
青星は反論を続けようとしたが、黄陽が左手のひらを見せてそれを阻止した。
「まぁ、とにかく、本人の意思を聞こうではないか………………今、娘の周りに護衛を配置しているのだが、君も知っている龏信会のほかにも、神奈川県では怪異人種が不良集団の首領となって暴れているし、茨城県では無慈名と名乗る集団による詐欺事件が起きている。今あげたところ以外にも、関東地方各地で厄介な事件が起きているものでね。そのおかげで人手不足となっている。支部長という立場や龏信会が関わっているとはいえ、私用のために任務依頼しているような物もあるからね」
「だから俺に?」
「適役だろう?夕方までの間で構わない。夜には必ず帰そう。とにかく君の側なら任せられる。お前も藤崎隆二の側だと安心するだろう?」
黄陽はそう言うと自身の頭を東雲の方へ僅かに回した。東雲は静かに頷き肯定した。ベール越しでもそれを確認する事が出来たそうで、黄陽は再び正面部を藤崎に向けた。
「まぁ君にも君の人生があるのだから、無理に勧めるつもりはない。選びたまえ」
提案をされてから静かに聞いていた藤崎だったが、内心腹を立てていた。彼にとっては一択も同然だったが、快諾することは出来ない理由がある。
「頼ってくれるのは有難い話ですが、明日は部活で遠くに行くことになってまして。昨今の事件を気遣って他の部員が計画してくれてたようなので、参加したいんです」
藤崎が答えると、黄陽が場所を尋ねてきた。藤崎は正直に奥多摩の方角へ向かうことと、部活動の内容を話した。すると彼女は変わらない声色で構わないと言った。
「構わない、とは」
「そのままの意味だ。彼女も連れて行って構わない」
黄陽の発言に藤崎は間抜けな返答をする。
「東雲をですか?一緒に連れていけと?」
「不都合かね?」
「不都合っていうか……」
想定外の返答に藤崎は当惑し、返事を詰まらせた。
そうしている間に黄陽は意見を言い続けた。
「山登りと写真撮影も娯楽だろう。私の教育方針に意見があるなら、君自身が良いと思うことを東雲にさせたら良い。多少のことなら許そう」
黄陽の言い分に藤崎は頭の中がむず痒く感じた。
「東雲に被写体になってもらうのは」
「自己完結で終わるならば問題ない。だがその写真を他人に見せるのはダメだ」
とどのつまり、写真コンテストの作品に被写体として出演してもらうのは厳しいようだ。藤崎は内心落胆したが、気持ちが悟られないようにわかりましたと一言伝えた。
「では話は以上かな」
黄陽は部屋の中にいる者すべてに尋ねるように言った。
「もう少しだけ会話を」
藤崎は手を挙げて言った。
「出来れば、黄陽さんと二人きりで」
青星と東雲が、藤崎の名を呼ぶ。二、三秒ほどの静寂の後、黄陽が頷いた。
「いいだろう。君達は執務室に戻りたまえ」
「承知しました」
青星は東雲の手を引いて外に出る。東雲も連れていかれ、部屋の出入り口で振り返り、藤崎の名を再び呼んだ。藤崎は彼女に向けて微笑みながら手を振った。
二人が退出し、藤崎は鍵をかけた。それから黄陽のもとに戻るまで、黄陽は何も話さなかった。
「厳重だな。そうまでして他人に聞かれたくないことか」
「あなたにとっても、俺にとってもそうでしょうね」
藤崎の中で隠していた気持ちが無意識に言葉に漏れ出てしまっていた。
「東雲のことについてです。彼女は何者なんですか。彼女が背負う使命っていうのは」
聞きたいことが山ほどあった。だが、それらに対し黄陽はただ一言。
「君には関係のないことだ。君は変わらず娘に接してくれれば良い」
淡白な回答に藤崎は納得していなかった。
娘の事が心配だから護衛を依頼したいというのが主旨である事は理解していた。しかし先の発言を踏まえると、あくまでも娘の使命を果たす為に、利用できるものは利用する。その使命が不透明である。
もしかしたら、その使命というのは黄陽に対してのみ益のあることで、東雲はその犠牲にされるのではないか、という疑いもあった。
「あなたにとって東雲が大切なんですか?」
「あぁ、もちろん大切だとも」
「東雲そのものが?それとも、彼女の使命が?」
「両方だ。彼女が大切だし、彼女の使命も大事な物だ」
やけ気味に質問にも黄陽は回答してくれた。
目を細める藤崎を見て黄陽は失笑したような息を吐いた。
「随分と嫌われたものだ。今日が初対面だろうに。せっかくだ、私からも興味本位で聞く。君がそこまで娘に肩入れしてくれる理由はなんだ?十割の善意にしては慈愛が深すぎる。少し疑った時には、見返りを求めての行動だと考えていた。君にそういう欲はあったのか?」
「十割の善意です」
黄陽の言葉に藤崎は素早く答えた。それがかえって黄陽に不信感を抱かせたようで、黄陽は聞き返した、
「本当にそうなのか?今回の護衛についても報酬を用意しようと思っていたのだ。遠慮なく言いたまえ」
「なにも。そもそも俺は東雲の親が貴方であることも知りませんでした。ただ傍にいて守ってあげようと思っただけです。彼女の夢のために」
「彼女が君に夢を語ったのか。どんな夢だと言っていた?」
「言いません。東雲があなたに話していないなら、あなたには関係のないことです」
藤崎は黄陽に返答した。暫くの沈黙のあと、黄陽は声を出して笑っていた。快活でもなく、一定の音声が流れているような笑い方で、藤崎はその笑い方が不愉快に感じた。
「君は随分と娘のことに好意があるようだな。だが、君自身も警戒した方が良いぞ」
どういうことかと藤崎が尋ねると、黄陽は言葉通りの意味だと答え、説明を続けた。
「さっきも言った通り、日本には怪異人種となって悪行を働く者がいる。そういった者には今や君は注目の的だろうな」
「俺が?どうして──」
「無論、赤の魔女を追い返した人物として。龏信会にはおろか、場合によっては噂を聞きつけた人間がすぐに君に会いに来るだろうな」
黄陽に告げられた藤崎は、おとといの出来事を振り返った。
あの場所にいたのは、藤崎と東雲、そして龏信会側に三名。あの三名の誰かが広めてしまえば、瞬く間に噂は広がるということなのだろう。
「怪異人種そのものが表沙汰に公表できない情報である以上、我々の補助も限度がある」
「自分の身は自分で守れと」
「怪異人種になるとはそういうことだ」
言った黄陽の口調が、先ほどよりも冷たく聞こえたような気がした。
ある事象を淡々と伝えるだけの無機物のような、冷たい声。
「だが、依頼を受けてもらう以上、こちらも出来る限りの補助はする。君達が無事でいられるようにね」
黄陽の言葉のあと、藤崎は長く息をはいた。




