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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第四章
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第六節

「無論、娘を守る為だ。龏信会と争っている最中で、娘にその戦火の粉が降りかからないようにな。それに、非常というのは少し誤解だ。私はあくまでも娘の安全を優先した上で行動しているだから」


「それでも、連絡の一つくらいとったら良かったじゃないですか」


「ひとつ言っておこう。大変情けない話でもあるのだが、入院前──つまり君と娘が初めて会った日だが──あの日、娘が攫われそうになるという事自体、想定外の自体だったのだ。護衛を配置していたはずなのに、だ。龏信会がとこで情報を握ったのか定かでないが、そのような非常事態に、それこそ娘のもとに行くのは避けるべき選択だ」


 その考えこそが非情なのではないか。黄陽の言っている事に藤崎は再び反論しようとしたが、水掛け論にしかならなさそうに思えて、発言を控えた。


 とどのつまり、黄陽は自らの身と、あくまでも娘の安全を優先する為に接触を避けたと主張しているのだから。入院中の東雲の様子を見せたい気分だったが、そんなことできるはずもない。


 それに、今日の会話で藤崎は疑問に思う事が更に増えたのだ。彼はその疑問を黄陽にぶつける事にした。


「……さっき言っていた、入院前の生活は。屋敷に閉じ込めてたという認識で間違いないですか?」


 藤崎は再び黄陽に問う。後ろから小さなため息が聞こえた。ため息の主に対し、黄陽が宥める。


「良いんだ、青星。娘の生活が厳重なのは私も認識している。だが、幽閉はやはり語弊があるな。先に言っておくが、軟禁や監禁をしているわけじゃない。ただ、滅多に外出させてないだけだ。それもまた、彼女の存在を知られるわけにはいかないからな」


 存在を知られてはならない。それがどういう意味なのか問おうとするよりも先に、黄陽は別の言葉を続ける。


「人には果たさなければならない使命がある」


「使命?」


「生まれてきた意味、果たさなければならない目的、存在意義の根源。この世に生を受けたものは、皆それを抱える事となる。己が気づくか、他者に諭されるか、経緯は人それぞれだが……」


「じゃあ、東雲に暫く会いに行かなかったのも、使命の為だと?」


 藤崎の問いに黄陽は頷きながら無論だ、と答えた。


 黄陽は伝える事は伝えたつもりのようで、続けて何か言う事はなかった。藤崎は納得していなかったが、大げさな理由が返答されてきた為に言葉を失ってしまった。


 暫時、沈黙が広がる。


「お母さん達は何の話をしているの?」


 その沈黙を破ったのは東雲だった。


 室内にいた者が皆、東雲を見る。彼女は眉を下げ、黄陽と藤崎を交互に見つめた。


「かいいなんとかっていうのが、お母さんのお仕事なの?使命ってなに?」


「怪異人種は、人ならざる領域に入った者の総称だ」


 黄陽は真っ直ぐ向いたまま説明を続けた。


 曰く、この世には人智をもって証明をする事が出来ない事象があり、それらの事を怪異と呼んでいるそうだ。


 オカルトや都市伝説、妖怪や神までも。いわば、人の目に見えず、現象として科学的に証明する事ができないもの全てを指していふそうだ。


「テレビの企画とかもですか?」


「……全てではないが、監修を依頼される事もある。正式に誠意を持って依頼されたものだけだが」


「あれっ。そうなんですね」


 藤崎にとってその回答は予想外だった。


 全て出鱈目だと一蹴されると思ってただけにほんの少し動揺した。


「現代には怪異に染められた人々がいる。我々はそれを怪異人種と指定した。怪異人種には己が力を私利私欲の為に使い秩序を乱す者がいる。それらを取り締まり、人々の平穏を守る為に怪異人種犯罪対策機関がいる」


「それが、お母さんのお仕事なの?」


 東雲の問いに、黄陽は静かに頷く。それを見た東雲は、藤崎の方を向いた。


「龍二くんも?」


 見つめた東雲の瞳を、藤崎は何故か直視する事が出来なかった。後ろめた事をしていたつもりはなかったが、彼女の表情を見たら無性に悪い事をしていた気になってしまった。


「彼は違う。東雲くんを守る為に、私達に協力してくれていただけよ」


 青星が否定をしてくれた。そのおかげで藤崎は少しだけ心が軽くなって、改めて東雲を見た。


「俺は東雲を助けたいから、この人達に協力してもらってたんだ。君の母親が支部長だったのは本当に知らなかったよ」


「……本当に?」


「初めて会った時も東雲のことを聞いただろう?」


 据わった目で見つめてくる東雲に藤崎は答えた。東雲から見たら、全員で彼女を騙していたという感触があるのだろうと、藤崎は推測した。


 東雲は藤崎の瞳を見つめたまま近づいてきた。藤崎が逸らさず立っていると、彼女は藤崎の両手に触れて腰まで持ち上げた。


「それじゃあ僕を守る為に怪異人種になったようなものじゃないか」


「みたいじゃなくて、俺がそうしたかったんだ。俺が君を守りたくて」


 答えた藤崎は彼女の手を握り返した。東雲は俯いていたので藤崎から表情が見える事はなかった。俯いたまま、彼女はただ藤崎の指に自分の指を絡めるように動かした。


「親の目の前で随分と熱いアプローチをするな」


 黄陽に言われ、藤崎は元の世界に戻ってくる。東雲も周囲に人がいる事を思い出したのか、告げられた直後自分の手を離した。


「あまり人の娘に変な事を教え込まないでくれよ」


「…………偏った知識を教育されるよりは幾分もマシだと思いますが」


 藤崎が言い返すと、ほんの僅かの間、空気が止まったような感覚がした。


「人の家の教育に口出しとはな」


 それでも黄陽の声色は変わらずだった。


「怪異人種については公に出していない情報だ。娘が知るにはまだ早いと思ってな。先ほども申したが必要な教養は専属の係がいる」


「必要な教育はしているつもり。つまり、ゲームや漫画は必要ではないと」


「それら娯楽は娘には必要ないものだ」


「息抜きとなる物を何一つとして渡さなかったって事ですか」


「書物は与えている。こちらが選んだ物をな」


「そうやって特定の情報しか与えないのは、東雲の将来を狭めているんじゃないですか」


「そういう君は、進路について明るい身なのか?君の事はまだ将来も長い中学生だと認識したいたのだが」


 黄陽に指摘され、藤崎は何も返す事が出来なかった。


「だがまぁ、君の言い分も理解できる。娯楽によって心を豊かにすると言いたいのだろう。一理ある」


 黄陽にそう言われた藤崎は、その言葉を否定したかった。正確には黄陽に対し反論したかった点は他にもあったわけだが、彼女とは意見が相容れないと思った藤崎は、反論する事を諦めた。


「それに、君がそこまで娘の事を思ってくれているのならば、こちらとしても依頼しやすい限りだ」


 彼女は一度身体を前後に揺らし、再び前のめりになって、机を肘につき、両手を軽く組んだ。


「今日、君を呼んだのは他でもない。君に暫くの間、娘の護衛をお願いしたい」


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