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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第一章
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第四節

 腹部に強い衝撃を受けた藤崎は頭が真っ白になり、唾を吐き出した。


 ふらついた藤崎に大男は蹴り続ける。体重をかけられた足に抵抗する力もなく藤崎は地面に叩きつけられた。


 大男は床に這う藤崎の髪をつかみ、無理矢理起こす。それでも尚、心折れた顔をしない藤崎に大男は尋ねた。


「何がお前を動かす。出会ったばかりですの人間相手に、そこまで身体を投げ出せる理由はなんだ」


「もう赤の他人じゃない。東雲は俺の大事な友達だ」


 藤崎の返答を減らず口だと捉えた大男は舌打ちをならし、藤崎をその辺の地面に放る。


 こいつは口だけの人間だ、現に彼は息も絶え絶えで、もはや起き上がる力はないだろう。大男は見極め、視線を外した。そうして再び東雲や女性に戻ろうとしたが、足を掴まれ動くことが出来ない。


 足元に視線を戻すと、地面に放り込んだ藤崎が、大男の足を強く握っていた。足を軽く振っても藤崎は手を放しそうにない。


「しつけぇぞ、お前も──」


 苛立ちを覚え吠えた大男は、しかし見下ろした先の藤崎の顔を見て言葉を詰まらせた。


 彼の瞳が初めて会った日のときのように、虚ろのように見えて芯があるような、得体のしれない恐怖感を抱く色を灯していたから。大男は息をのみ、ただ藤崎を見下ろすことしかできなかった。


「俺が、守らないと……」


 かすれた声で藤崎は言った。


 彼の心の中では、ここ数日の東雲の笑顔があった。


 大男の言う通り、出会ったばかりの人間だ。それも病室で数日一緒に過ごしただけの間柄だ。彼女がどこの学校に行っているのかとか、詳しい事までは聞いていなかった。ただ、一緒に遊んでいただけの仲だ。


 それでもその中で見た東雲の純朴な笑顔は、藤崎が彼女を護りたいと思う理由には十分だった。


「約束した……俺が、あいつを守るって……だから!」


 もう一度、藤崎は手をかざし想像する。あの日のように、東雲を守る力をこの手に。


 その願いに応じるように藤崎の手元に光が集まり、そして光は一筋の線となり刀の形に変わった。


 誰もがその手に驚愕した。


「まさか、刀を具現化した……?」


 呟いたのは、女性だった。


 大男の仲間を片付けたあと、女性は東雲と藤崎の安全を確保するため、様子を窺っていた。


 藤崎は刀を大男に向ける。振り切った刀は大男のふくらはぎを切り、大男を苦しませた。


 片足の力が抜けその場に崩れ落ちた大男の目の前で、相反するように藤崎が立ち上がる。


 なんなんだお前はと大男が叫ぶ。退く大男に藤崎は目もくれず、東雲の元へ歩いていく。


 一歩、また一歩、藤崎は距離を詰めた。東雲を捉えていた大男の仲間は、藤崎から漂う圧に畏怖を感じ、声を上げた。


 藤崎が東雲達と大男のちょうど中間あたりまで歩いた頃、黒いワゴン車が藤崎達の目の前に停車した。それを見て安堵したのは、大男と仲間達だった。


「こ、こんな娘、連れていけるかよ……!」


 東雲を捉えていた男はそう叫び、彼女を突き飛ばした。藤崎はすぐに駆け寄り、転びそうになる東雲を抱えた。


 一方で、ワゴン車から男が二人飛び出してくる。彼らは大男の元により、肩を貸した。


「へへっ運があったのは俺達の方みたいだな……!」


 大男は無理矢理歯を見せながら仲間達に運ばれていく。女性は再び車のタイヤを狙おうとしたが、車は既に動き始めていた。


 女性は車を追うためにスマホを取り出し、耳にあてた。


「ごめん、件の半グレ共に逃げられた!!…………そう、小判塚の。半グレは井の頭に行って…………説教はあとにして、ナンバー言うから追って!」


 女性は電話をしているそうだった。


 電話相手と軽く口論をしながら、ナンバーを伝える。そしてナンバーを伝えたあと、一度藤崎と東雲の元に駆け寄る。


 東雲は特に怪我をしている様子はなかったが、藤崎が肩で大きく呼吸をし、今にも気を失いそうだった。


 直後、夜間勤務の看護師がやって来て藤崎に呼びかける。


「藤崎さん、大丈夫!?」


 看護師は藤崎を自分に寄せて尋ねる。藤崎は大きく呼吸しながら、合間に返事をしていた。


「悪いけど、犯人追わなきゃいけないから、この子達のこと任せるね」


 女性は看護師にそう言ってバイクに乗る。看護師に呼び止められたが、構わず後を追った。


 藤崎は看護師の膝の上で、何度も東雲を呼ぶ。


「大丈夫、僕はここにいるよ」


 東雲は片方の手で藤崎の手を握りながらそう答えた。もう片方の手を藤崎の頬にそえると、藤崎は安心したのか、少しずつ呼吸を落ち着かせ、瞼をゆっくりと閉じた。


 藤崎が目が覚めた時、昨日までとはまた別の病室に運ばれていた。


 偶然、空き室があったためそちらに移動したそうだ。身体には痣が増え、常に痛みとともにあった。


「すまなかったね……まさか窓のバリケードを曲げて侵入してくるとは思わなくて」


 担当医は非常に申し訳なさそうにそう呟いた。


「脱走や強襲を防ぐ為にも鉄格子をつけていたのだが……いや、これは言い訳だな。改善を改めなければ。ともあれ、暫く入院を続ける事になったのはこちらの責任だ。入院費は補填しよう」


 医者の言葉を藤崎はただ聞き流すことしか出来なかった。その様子を見て、医師はその様子を見てとりあえずまたあとで来るからと言い残し、病室を出て行った。


 痛みを感じながら天井を見つめていると、暫くして隣のベッドからシーツがこすれる音が聞こえてきた。


 ほどなくして、ベッドを隔てるカーテンが大きく揺れた。


「大丈夫?」


 カーテンから覗き込んだ東雲が、眉をひそめていた。


 尋ねられた藤崎は大丈夫と答えて見せたが、包帯にまかれた姿はどう見て大丈夫そうには見えない。


 唇をかむ東雲を見て、藤崎は笑って見せたが、力のない笑いしか出てこなかった。


「情けない姿を見せたな……」


「そんなことないよ」


 藤崎の漏らした言葉を、東雲がすぐに否定した。


「君はちゃんと約束を守ってくれた……僕があいつに連れ去られてもすぐに追いかけてくれたじゃん。ボロボロになっても、最後まで諦めなかったの、凄く嬉しかった」


 東雲の顔をじっと見た。


 頬がほんの少し赤くなった彼女の顔が、藤崎に微笑みかけた。


「ありがとう。カッコよかったよ」


 東雲は藤崎にそう言って微笑みかけた。


 彼女の屈託のない笑顔に、ほんの少しの間、藤崎の中の時間が止まった。


「……大丈夫?やっぱりまだどこか痛い?」


 また暫く、固まっていた藤崎に東雲は問いかけた。


「大丈夫。痛みはなくなったよ。ありがとう」


 今度は自然な笑顔を見せ、答えた。


 順調に回復し、予定通り翌日退院だと言われた藤崎は、翌朝帰る支度をする。


「忘れ物はないわね?」


「そうだね……」


 迎えに来た紗代に藤崎は曖昧な返事をしながら隣のベッドを見る。


 東雲は今、医師の診断を受けている。


「まだ退院まで時間がかかるのか……?」


「それもだけど、先生が言うにはあの子のお母さんからお願いされてるみたい」


「東雲の母親が?」


「えぇ。なんでも、お母さんの方にも怪しい人が多いらしいから、ここの病院の警備も強化する事にしたんですって」


「結局、東雲の母親って何者なの……?」


「さぁね……そこまでは教えてくれなかったから私もわからないわ。」


 紗代にそう答えられた藤崎は、ますます東雲の母親に霧がかった。


「心残りがあるなら、もう少しいたらどう?私は先に帰ってるわ」


 神妙な面持ちでいた藤崎に、紗代が告げる。その提案に藤崎は甘える事にした。


 紗代が病室から出た後、外から聞こえる蝉の鳴き声を静かに聞いていた。


「龍二くん?」


 扉が開く音の直後、東雲の声がした。


 すぐに振り返り、彼女を呼ぶ。私服に着替えた藤崎を見て、東雲の目が半分閉じた。


「そっか……今日、退院だもんね」


「あぁ。だから話をしたかったんだ」


「そうだね……お別れがないのは悲しいから、良かったよ」


 東雲がそう呟いた後、藤崎は彼女に胸中の意を伝えようとした。しかし、彼女が腕をぎこちなく、不器用に動かすのを見て、言葉を待つことにした。


「ここ数日間、楽しかったよ。君がいろいろ教えてくれた事……ゲームとか、お話とか。毎日が楽しかった。けど、また僕のせいで君が危険な目にあうかもしれない……それは、辛いから」


「東雲……」


「だから、お別れ。短い間だったけど、ありがとう」


 東雲が見せたその笑顔はぎこちなく見えた。藤崎は深呼吸をして、東雲に答える。


「俺もここ数日間、楽しかったよ……だから、また会いに来る」


「えっ……」


「俺も東雲と話すのが楽しかった。東雲の反応を見るのが、楽しかった。またデカブツが誘拐しに来るみたいな、危険な事はあるかもしれないけど……それを君だけに背負わせたくはない」


 唇を結び、じっと見ていてくれる東雲に、藤崎は想いを告げる。


「それに、東雲が言っていた夢を、一緒に叶えたいんだ」


「夢……それって」


 返事をした東雲に藤崎は頷いて答える。


「一緒に世界のいろいろな場所を見に行こう」


「…………本当に?一緒に行ってくれるの?」


 疑い、聞き返した東雲に藤崎は頷いた。


 閉じた世界にいると思われる少女を、外に連れ出したい。独りぼっちの少女の側にいたいと藤崎は望む。


「実現するまで何年かかるかわからないけど、東雲と一緒に旅に出たら、きっと楽しいだろうな」


 藤崎はそこまで伝えて、彼女の気持ちを考えずにがっついてしまったと我に返った。


 言葉の最後に君がそれでいいならと付け加えた。それとも迷惑だったかと問いかけると、東雲は何度も首を横に振った。


「ありがとう。約束、だよ!」


「ああ……約束だ」


 藤崎は答え、小指を差し出す。彼の小指に東雲は自分の小指を交わした。


 いつになるかわからない。けれど、互いに希うその夢が叶うように。

【第一章 彼者誰時の意思 終】

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