第四節
昇降口を出ると、運動部の生徒達が行き来していた。藤崎の通う学校には野球、サッカー、テニス、バスケに陸上と様々な運動部が設立されていた。
一方でグラウンドも体育館も、それらの部活すべてが満足に部活動を行えるほどの広さはない為、午前と午後で分担していた。
様々な部活の生徒から、藤崎のクラスメートや同級生が話しかける。また派手にやったな、夏休みを謳歌しているじゃないか、撮る側じゃなくて撮られる側の人間にでもなったのかと。
揶揄する声に藤崎はうるせぇと一蹴していた。
他の運動部の生徒も藤崎をちらと見ては、身内同士で何か会話を交わしていた。はっきりと聞こえるわけではないが、それでも不愉快な気持ちになるには十分だった。
その気持ちを察してか、浅野は藤崎に置いていきますよと声をかけて、早足で学校を出て行った。藤崎も後を追いかける。
暫く歩いてから、藤崎は浅野に声をかけた。
「助かったよ。ありがとう」
「別に、私は気にしてないですよ」
「いや、さっきのこともそうだけど……今度のロケの事とかもさ」
藤崎の言葉を聞いた浅野の足がゆっくりと止まった。
「また山奥になりますけど、いいんですか?」
「廃墟と行楽は流石に違うだろ」
藤崎が笑いながら答えると、浅野も口元を緩めながら同意した。
「まぁ今回は部長の提案ですから。お礼を言うなら部長にも言ってください」
浅野の言葉に藤崎は頷いた。ふと、上の空だった高尾の顔を思い出し、藤崎は呟いた。
「そういえば、今日の部長は変だったな」
「今日だけじゃないですよ。ここ最近はあんな感じな事が多いです」
答えた浅野に、藤崎は再び聞き返した。
聞けば、高尾の様子が上の空だったのは、夏休みに入ってからだという。終業式前の部活では変わらず元気だったのは、藤崎も覚えていた。
「受験勉強していると部長は言っていましたが……大変なのでしょうか」
浅野がそう呟いていた一方で、藤崎の脳内では、ひとつの予感が過っていたが、その予感を抑えるように藤崎は浅野の言葉にそうかもなと返した。
その後、藤崎達は部活で話していた世間話の続きをしながら浅野の家へ歩いて行った。
戸建てが並ぶ一方通行の道は、車が滅多に通らない道で、今も聞こえてくるのは家の壁か電柱に張り付いて懸命に鳴く蝉の声だけだった。
十分ほど歩き、浅野の家へ到り着く。礼を言おうとした浅野は振り返った。そして、藤崎の表情を伺い尋ねる。
「どうかしましたか?」
浅野の問いに藤崎は首を二度横に振ってなんでもないと答えた。
浅野の家は高さ二メートルほどの石塀に囲まれており、道路から彼女の家を覗くことは出来ない。
出入口からならば彼女の家を覗くことが出来るが、向かい側の石塀はとても遠くに見えた。左には畑が広がり、右には来客をもてなすための植木が並び、奥に二階建ての家屋が見えた。
藤崎が生きる時代でこれだけの敷地を持ち続けるのは、地主が財産を持て余し続けているか、その財産を手に入れるほどの強い権力者か──藤崎自身、ドラマの見過ぎだと自負してはいるが──彼女が嗅ぎ覚えのある匂いというのは、やはり怪異人種の事ではないかと藤崎は思案する。
浅野が表情を固めていた藤崎の名前を呼んだ。一度目と二度目の呼びかけに気がつかず、三度目でようやく藤崎は浅野の顔を見下ろした。
彼女は藤崎の目の前に立ち、長い前髪の隙間から藤崎の顔をじっと見つめていた。
「大丈夫ですか?ぼんやりとしていたみたいですけど」
「ごめん、そうみたいだ」
「まだ身体が万全ではないのでは……家で休んでください」
「いや、大丈夫だ。俺も家に帰るだけだし」
藤崎は笑顔を作りながら答えた。自分の置かれている状況からすれば、怪異人種がいそうな場所に近づくのは避けたかった。
それじゃあまた、と藤崎は浅野に手を振り早々と去ろうとした。
十数メートル離れたところで突き刺してくるような視線を後頭部に感じ、藤崎はすぐに振り向いた。その先にいたのは浅野だった。首を傾げる浅野に藤崎は手を振り、再び帰路へ向いた。




