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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第三章
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第十九節

 青星は藤崎達三人と、東雲達二人の間に割り込む。


「怪異人種犯罪対策機関の……!」


 藤崎と東雲、京島は目を見開き驚愕し、神崎は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。


「ここの事は加來達にしか言ってないはずだ。どこで知った?」


「廃業となって以来使われる事のなかったホテルで人の出入りがあったという情報を貰ってね、この土地の所有権が誰なのか調べさせてもらったよ。それに、かけていた保険が無事に作動したみたいでね」


 青星はちらりと藤崎を見た。藤崎は首にかけていたお守りの鏡をそっと触った。その鏡が光った時、その光は建物の外まで見えるほど強くはなかったと記憶していた。その他に、青星に作動の通知を報せる仕組みがあったのだろうかと思案したが、藤崎には思いつくほどの知識はなかった。


 藤崎はちらと見た青星と目が合い、彼女が小さくおまたせと言ったのを聞き取った。


「お初にお目にかかるよ、赤の魔女。君が今回の首謀者というわけだ」


 青星は大人しくお縄につけと言わんばかりに、刀を神崎に向けた。神崎にとっては想定外の客だったようで、彼は深くため息をついた。


 刹那、青星と神崎が同時に駆け出す。互いに距離を詰め、斬撃の間合いになった瞬間、二人同時に刃を向けた。甲高い、剣と刀の刃が当たる音が一度響く。一息間を置いた後、二人は再び得物を振るった。


 何度か鎬を削る音がしたあと、神崎は二、三歩大きく後ろに下がり、火球を青星に投げた。


 青星はそれを薙ぎ払い、神崎に近づく。神崎は逃げながら何度も火球を青星に向かって放つが、青星の足が止まる事はなかった。


 神崎は剣を地面に突き刺す。青星が彼の目の前まで近づいてきた時、地面から炎の柱が登り立った。成人三人分程の幅はある柱を避ける為に、後ろへ引き下がる。先程まで青星がいた位置に、柱がもう一本立ち上った。


 青星が一瞬怯んだその隙を神崎は見逃す事なく、柱を回り込み、真一文字に剣を振り下ろす。青星は背面に刀を向け、剣を防いだ。すぐに振り返り、続く二撃、三撃目を弾く。打ち合いのたび、ホールや空気が震えていた。


 青星は四撃目を強く跳ね返した。青星の力が想定外に強かったようで、神崎は左手で剣を持ちながら、何度も手首でスナップをかけるように右手を振った。


「やるじゃん」


 神崎が引きつった顔で青星に言った。そっちこそと青星が返答した時、彼女の脇から鎖が伸びる。


 不意をつこうと再び近づいた京島に、しかし神崎は冷静に鎖を掴み、自分に引き寄せる。


 藤崎が京島の名を呼んだ。それと同時に神崎と京島の間に割って入ったのは青星だった。彼女は自身の刀で鎖を断ち、神崎の元へ向かう京島を抱き抑えた。

 先の強襲が最後の振り絞った力だったようで、京島は憔悴の顔つきで青星に抱えられていた。


「さて、手負二人を抱えてどう動く?」


 天井から落ちてくる砂を払いながら神崎は挑発した。彼は動かしていた左手を後方の東雲達に向けた。東雲を捉った男が彼女を連れてホールの外へ攫おうとしている。その光景を見た藤崎はすぐに立ち上がり、彼女達の元へ駆けて行く。


 東雲と神崎が同時に藤崎を呼んだ。東雲の隣にいた拐った男は懐から拳銃を取り出し、藤崎に銃口を向けた。


「馬鹿野郎が……!」


「いや、彼はやるよ」


 悪態をついた神崎に、青星は返答した。どういう事だと神崎が尋ねようとした。その時、銃声がホール内に響いた。


 しかし弾丸は藤崎に当たらず、彼は鳴り響いた音に臆する事なく東雲に近づく。東雲の隣にいた男は弾倉の弾が尽きるまで藤崎を狙う。それらは彼の身体に当たることはなかった。


 全ての弾道が見えていたわけではなかった。ただ、自分に当たりそうだと勘づいたものについては、直感で刀を振り、銃弾をはじいていた。そのような芸当を身につけた記憶など当然藤崎にはなかったが、そんな事を考える暇などなかった。


 男が引き金を引いても銃弾は飛んで来なくなった。


 持っていた拳銃を捨て、腰につけていたもう一つの拳銃を取り出す。男の動作に気がついた藤崎は助走をつけて刀を男に向けて投げつけた。投げられた刀は真っ直ぐに男に目掛け飛んでいき、藤崎の狙い通り男の肩に刺さる。


 先程よりも重たい銃声が響く。銃弾は天井に飛んでいき、男は身体のバランスを崩し、東雲を離した。


 解放された東雲はすぐに男から離れ、藤崎に駆け寄ろうとする。安堵した藤崎に、東雲がすぐに叫ぶ。

「龍二くん、逃げて!」


 何事かと身構えた藤崎は、見上げて異変に気がつく。頭上から、絶え間なく砂や破片が落ちてくる。それは次第に激しくなり、明らかに天井が崩れようとしていた。


 まずい、と思った藤崎はすぐに東雲の方へ駆け寄る。


「青星さん!」


 背後にいる青星に藤崎は叫ぶ。藤崎達の元まで逃げようにも間に合わない距離にいた青星と京島はホールの出入口まで戻った。


 神崎は舌打ちをした後、その場にしゃがみ込み、何かを呟く。刹那、彼の周りに炎が迫り出され、神崎を守るように覆った。崩れ落ちいく天井は、神崎の頭上には落下せず、周辺へ散らばった。


 ホールだったその場所は、西日が行き渡るほどに露わとなった。


 頭上から何も振り落ちることが無くなった神崎は起き上がり、藤崎達にゆっくりと歩み寄る。


「なぜ、その子を庇う」


 神崎は藤崎に尋ねた。その瞳に沸々と怒りが込められているように見えて、藤崎は息が詰まった。神崎に対抗する為に、再び刀を具現させようとして、激しい頭痛が藤崎を襲った。


「そこまでして、その子を守ろうとするのは何故だ」

 神崎の言葉が頭の中で響く。彼は片手に剣を持ちながら、しかしそれを藤崎に振るうつもりはなさそうだった。


「夢を、叶えてやりたいから……」


「夢、だと」


 左手で頭を押さえながら藤崎は答え、神崎を睨んだ。


 それがどんな夢なのか、神崎は知らない。想像するまでもなく、他人の夢に命を張っている藤崎の事がおかしく見え、思わず失笑した。


「そうだな。お前は、そういう奴だった」


 呆れているようにも聞こえた神崎の笑い声は、幼少の頃にゲームの勝ち負け等でつまらない喧嘩をした時の彼にそっくりだった。


 エンジンの音が聞こえる。束の間に現れたのは、内藤に扮した女性だった。彼女はサイドカーが付けられたバイクに跨り現れた。


「勇樹様、こちらに」


 女性はそう言い、サイドカーに誘う。遠くでサイレンの音も聞こえてくると、勇気は舌打ちをして藤崎達の横を通り過ぎた。


「まさか、俺もしくじっちまうとは……」


 東雲を庇いながら身構える藤崎を気にせず、神崎は女性達の元へいく。いつのまにかサイドカーの二輪部分には東雲を縛っていた男が跨っており、女性はその背中にピッタリとくっついていた。


「会えて良かったぜ」


 背中を見せながら、神崎は藤崎に告げた。


 何か声をかけなければいけない。そう思ってはいるが、言葉は宙に浮かびまとまらない。


 藤崎の様子を気にすることなく、神崎は返答を待たずにサイドカーに乗り込む。


 その場から去っていく彼らを追いかける力は藤崎には残っていなかった。


 暫くして、警視庁の文字を添えた車がホールの周りに集まる。


 武装した警察が、はじめに藤崎達に近づいてきた。


「長瀬さん……」


 その中に見知った人間がいたので、藤崎はその男の名前を呟く。長瀬は昨日と似た服装で、ため息をつきながら、またお前かと呆れ混じりに答えた。


 藤崎がホールの出入口付近に青星達がいる事を伝えると、長瀬は部隊の者に救助を命じた。


「で、なんでお前は懲りずにこんな場所にいるんだ」


 東雲を車で休ませ、長瀬と藤崎は外で救助を待っている間、長瀬が藤崎に尋ねた。


「別に、自分から来たわけじゃ……俺達、攫われてきたんで……」


「なんだと?」


 聞き返した長瀬に藤崎はことの経緯を話した。


 今日が、東雲の退院日であること。一緒に家まで送ると言った怪異人種犯罪対策機関の人間が、龏信会の人物だったこと。辛うじて東雲と共に逃げ出していたら、昨日の犯人である京島がいたこと。龏信会の人物と戦っていたところに、青星が駆けつけてくれたこと。


「結局、誘拐した奴らには逃げられましたけど……」


「そりゃあ災難だったなぁ」


 長瀬はポケットから煙草ケースを取り出す。浮かない顔をする藤崎に、長瀬は一服しながら理由を尋ねた。


 ただ、今日の出来事含め非力な自分が情けないと感じていた藤崎は、それを長瀬に伝えた。


「ただ、弱いなって思っただけです。自分が、怪異人種というのになっても、他の奴らには勝てなくて……だから、もっと強くなりたいって思ったんです。青星さん達みたいに、もっと」


「強くなってどうするんだ。一緒にいた女の子のためか。それとも、自分のためか」


 長瀬の問いに藤崎は暫く考え、両方かもしれないと答えた。


 東雲の為でもあるが、龏信会に神崎がいる事を知ってしまった以上、彼らのことを放っておくわけにはいかなかった。


 長瀬は暫くしてそうかよと一言だけ呟いた。前方を見ると警察とともに青星と京島が帰ってきていた。


「いやぁ、今回は随分と手こずったよ」


「手こずったよじゃねえよ馬鹿野郎」


「あれ、マーくんじゃん。お久」


「お久じゃねぇ!」


 呑気に挨拶する青星に長瀬は一喝の後、苦言を連ねた。青星が両耳を手で塞いでいる一方で、京島がパトカーに連行されようとしていた。


 パトカーに乗る直前、藤崎は京島を呼び止める。


「仲間が白状したみたいです。俺も一緒に行かなきゃいけない。でも、まだ納得いってないです。アニキの事も……あんたに対する気持ちも」


 京島の言葉を藤崎は黙って聞いていた。


 話していた彼の様子は先程までと違い、落ち着いて見えた。


「だから、いつかまた会いに行きます。会って、話をさせてください。それで、ケリをつけましょう」


 京島は藤崎の瞳を見ようとこちらに顔を向けた。憑き物が落ちたような表情をした京島に、藤崎は一言、待ってると答えた。

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