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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第三章
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第十八節

「手を貸す……?」


「あんたが魔女とどういう関係なのか知らないが、アイツが赤の魔女だ」


「勇樹が……赤の魔女……」


 藤崎は再び赤の魔女──神崎を見る。


 神崎勇樹は、かつて藤崎の家の近くに住んでいた少年だった。両親と妹、四人暮らしの家族だったはずだ。


 藤崎が神崎と遊んでいた頃、彼はまだ怪異人種ではなかった。今も藤崎は、神崎が怪異人種で龏信会に所属する赤の魔女と呼ばれているとは、にわかに信じ難かった。


「あの女が、アニキの標的だったんだろう?ならアンタにとってもこの状況は良くないはずだ」


 そんなことは分かっている。


 喉元まで出かけた言葉を藤崎は一度飲み込み、神崎を見た。


「いつからだ……いつから怪異人種になった」


 藤崎に尋ねたのは神崎だった。彼は額に手を添えながらじっと藤崎を見つめていた。


「先週から……彼女が拐われそうになった時に」


「そう、か。半グレが言っていたイビトの小僧っていうのは、間違いなく龍二の事なんだな……」


 神崎は呟き、深いため息をついた。


「やっぱり勇樹が東雲を──」


「お前はこの女が何者なのかよく知っているのか?」


 確認しようとした藤崎に対し、神崎は言葉を重ねて尋ねた。その問いに藤崎は言葉が詰まる。そして、神崎は藤崎が答えられない事を見越していたかのように、次々と彼に語りかけていく。


「知らないんだろう、この女の素性なんて。そんなものだ。出会いから一、二週間程の人間の信頼なんて、たかが知れている」


「そんな事ない。俺は彼女が何をしたいか聞いてるし、家のことも──」


「それも女が言った嘘かもしれないのにか?」


 再び、藤崎の言葉は遮られた。


 そんな身もぬたもない事を言われてしまっては、藤崎に返す言葉はなくなってしまう。


「悪い事は言わねぇ。お前はここでこの件から手を離せ、藤崎」


 神崎はそっとため息をつき、瓦礫から立ち上がり二、三歩藤崎へ近づいた。


「知らない女の為に身体を張る必要があるか?そこのクソガキも、口では知り合いの仇を方便にしているが、結局やっている事は人殺しだ。力の使い方、方向をただしく捉えることができず、無差別に関係のない信徒を襲った。そんな奴らに手を貸す必要なんてないだろう」


 神崎は藤崎に手を伸ばす。


「こっちに来い龍二。家まで送ってやる。そうしたら、怪異人種の事もこの女の事も忘れろ」


「何を急に……」


「お前は知らないんだろうがこの女は──」


「龍二くん!」


 東雲が神崎の言葉を遮り、藤崎を呼ぶ。その場にいた全員が咄嗟に東雲を見た。東雲の傍にいた男が東雲の言葉を遮ろうと、片手で口を防ぐ。


「やめないか。俺達にとっても大事な客だ」


 行動を制したのは神崎だった。男は神崎の言葉に従い、東雲の口元から手を離したが、彼女がその場から逃げ出さないよう両腕を強く掴んだ。


 されるがままの東雲は痛みに耐える為、俯いて歯を食いしばっていた。


「東雲を離せよ。用があるのは、親の方なんじゃないのか?」


「鋭いな……だから、親と交渉するために協力してもらうのさ」


 神崎は藤崎に冷たく告げた。


 藤崎は視線を東雲に戻す。俯いていた東雲が顔を上げ藤崎を見た。


「……そいつの言う事を聞いてくれ」


「なんだって?」


 数秒後、東雲が告げた言葉に藤崎は目を見開き聞き返した。


「僕のことはいい。お母さんに用があるなら乱暴にはしないだろう」


「そういう問題じゃ……そしたら東雲は──」


「良いんだ!」


 藤崎の反論を無理矢理遮った東雲は、表情を無理矢理歪ませた。


「僕の事は気にしなくて良いから……だから……」


 東雲は最後の言葉を言わなかった。ただ無言で見せた笑顔は、今まで見た笑顔のどれよりも近くなく、作られた笑顔だとすぐにわかってしまう程にぎこちない表情だった。


 今更そんな事を言われても、藤崎に引き下がる気持ちはなかった。静かに刀を具現化し直し、先端を神崎に向ける。


「なんの真似だ」


 無表情とも変わらないほどの真顔で、神崎は静かに藤崎に尋ねた。藤崎は京島に語りかける。


「お前も東雲もこの場から守り切ってみせる。今だけは協力する」


「仮にアイツを倒したとして、そのあとは?俺を捕まえるのか?」


「死ぬよりかはマシだろ」


 互いに煽り合う藤崎と京島に対し、神崎は一度舌打ちとため息を聴かせた。


「犯罪者に手を貸してまで、この女を取り戻すというのか……お前はそんな奴じゃなかっただろう」


「そういう事じゃない」


 藤崎は首を横に振りながら答える。


 京島は怪異人種犯罪対策局に渡すつもりだし、このまま背を向いて生きるのは夢見が悪いという理由なだけだった。


 何より、無理矢理笑顔を作って逃がそうとする少女の事をそのまま放っておくつもりはなかった。


「東雲を守るって決めた。だから俺は引き下がらない」


 言い切った藤崎の事を、神崎は暫く黙ったまま見ていた。久しぶりに出会ったのは神崎もそうで、幼年に抱いていた印象から藤崎は変わって見えたのだろう。


 神崎は深く息を吐いた。


「残念だ…………非常に、残念だ」


 吐いたあと、神崎は剣を具現化し地面に突き刺した。


「横にかわせ!」


 京島が叫びながら左へ転がる。藤崎は咄嗟に右側へ走り、迫り来る炎を避ける。


 一筋の炎は藤崎と京島の間を走り、後方の瓦礫の山にあった家電に引火し爆発した。藤崎達の元まで届かないほどの小さな爆発だったが、それでも経験の少ない藤崎はその爆発で身を硬直させてしまった。


「龍二くん、前!」


 東雲の言葉で藤崎は我にかえる。


 神崎が目の前まで近づいている。神崎が振り上げた剣を刀で抑えた。


「お前には悪いが、邪魔をするなら力でねじ伏せてもらう」


 直後、神崎は藤崎を押し退け、藤崎に対し剣を大きく振る。有無を言わす暇もなく振り上げられた剣は、藤崎と剣を四歩ほど先まで吹き飛ばした。


 刹那、鎖の音が神崎の背後から聞こえる。落ち着いて振り返り、剣をかざした。音を鳴らしていた鎖は神崎の斜め上前方まで伸び、神崎の剣に巻きついた。


「お前は、俺が……!」


 京島は呟きながら、神崎へ駆け寄る。


 巻きつけた鎖の反対側を何度か振り回し、四歩程度の距離まで近づいたら、彼に向けて投げた。


 先端につけられたナイフを神崎は避け、左手を広げる。間もなく左手にソフトボールほどの大きさの火が球の形を成し、お返しとばかりに京島へ投げつけた。


 距離を詰めたせいで京島は火の玉を避ける事が出来ず、火の玉は彼の右肩に触れて爆発した。


 右肩の痛みで京島の力が緩み、鎖が剣から解かれた。神崎は剣を京島に振り下ろすが、すんでのところで間に割り込んできた藤崎に防がれる。


「またお前は……」


 ため息混じりに神崎が呟く。


「そいつの言う仇は、あの女を誘拐しようとした寺島の仇だぞ。それでも守るのか」


「わかってる。退院後に追われた事も、昨日だってコイツに殺されそうになった事も忘れたわけじゃない。でもそれが、こいつを見殺しにしても良い理由にはならない!」


 刀と剣が震える。あともう少し力を加えられたら押し負けてしまいそうだが、それでも後ろの京島を見捨てるわけにはいかなかった。


「綺麗事を……!」


 神崎は呟きながら刀を振り払い、再び藤崎に斬りかかろうとした。剣を構えたとき、その動作をやめたのは聞こえるはずのないバイクの音がホールの外から聞こえてきたからだ。


「何だ──」


 束の間、壁ガラスと周辺の壁が崩れる。


 軽快なガラスの割れる音と、コンクリートの壁が崩れる音をBGMに、藤崎達の前に現れたのは、バイクに騎乗した青星だった。

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