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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第三章
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第十七節

 銃弾が飛び交い、設置された地雷や罠が巻き込まれていく。


 派手な音が鳴り響くなか、ホールを目指し走る藤崎と東雲はロビーまで辿り着くことができた。


 追いかけてくる女性から隠れる為に、今は廊下に放置された家具達に身を隠す。逃げている途中で銃声は止んだが、それだけで弾切れになったと判断するのは早い事は経験が浅い藤崎でも流石に理解できていた。


 女性をどうにかしなければならないが、東雲を巻き込みたくはない。


「東雲はここで待っててくれ」


「君はどうするの」


 尋ねた東雲に藤崎はすぐに戻るとだけ返した。


 放置された棚や冷蔵庫の隙間を通り抜ける。


「ちょっと~そろそろ追いかけるのも飽きてきたんだけどぉ」


 後から追いかけてきた女性の呆れた声が、ロビーに響いた。


 一歩ずつゆっくりと歩く女性を藤崎は物陰から様子を窺った。まずは手に持っているはずの拳銃を奪い返すか、取り上げたい。


 女性の手元が見えた瞬間、藤崎は女性の前に飛び出し峰を上にして振り上げた。距離感に誤りはなく、気を抜いていた女性は拳銃を弾かれ床に落とした。


 思っていた通りに事が運んだ藤崎が安堵するのも束の間、女性は舌打ちをして藤崎に掴みかかろうと腕を伸ばした。


 前かがみに転がり込んだ藤崎の頭上で、空を切る音がする。


「小癪ね……」


 距離を置いた藤崎に対し、女性がそう呟いた。一寸の間に、女性の二の腕と同じ長さほどの鉤爪が彼女の両手に付けられていた。


「あんなオモチャ使わない方がマシよ!」


 女性が一人で弁明し、藤崎に襲い掛かる。藤崎は女性の右腕の鉤爪をかわし、左腕の鉤爪を刀で防いだ。押しのけようとするがバランスを崩し、かえって自分が地面に叩きつけられる。


 女性は口の端をつり上げ、とったと叫ぶ。女性の右腕につけられた鉤爪が藤崎の胸元を貫こうとしたその時、胸元が突如光る。


「な、なんの光よ!?」


 前触れなく光出し、女性だけでなく藤崎も当惑した。しかし藤崎はすぐに昨晩青星から貰った鏡の事を思い出す。


 鏡に鉤爪が触れたと同時に光が溢れ出したそうだった。藤崎は咄嗟に膝を曲げ女性の溝に入れる。油断していた女性は唾を吐きよろめいた。起き上がった藤崎は、右手に握っていた刀の柄を女性の顔に殴った。


 女性は間もなく、藤崎の横に倒れ込んだ。


 起き上がったと同時に、東雲の悲鳴が聞こえた。


 東雲がいるはずの方角を振り向く。家具の山から誰かが東雲を肩に担いでいた。その黒い人影は、全身を黒いインナーで纏めているようで、上に着ている甚平もまた、黒と灰色の縦縞模様を描いている。


「龍二くん!」


 何者かに担がれながら東雲は藤崎に手を伸ばし助けを乞う。藤崎もすぐに東雲の名を叫んだが、何者かは構わず東雲を連れ去って行った。


 横たわる女性を置いて、藤崎は東雲を拐った人物を追いかける。


 追いかけ続けた藤崎は開けた場所へ訪れる。そこは逃げ込もうとしていたホールで間違いなさそうだった。


 ホールは、先ほどまでいた宿泊施設よりも劣化が進んでいるようで、開いた天井の穴から夕空が見えた。また、壁も酷く朽ちていて、夕焼けの光が藤崎の視界を奪うくらいに溢れていた。


「よくここまで来たな」


 誰かの声がする。先程東雲を拐った人物の声なのか、はたまた違う誰かなのか。


 声の主を確かめるため、顔に手をかざし、夕陽を隠しながら前へ進む。未だ朽ちていない天井の下まで辿り着いた時、藤崎はようやく四人の人物が自分より前方にいる事を確認した。


 うち一人は東雲だった。彼女は藤崎の事をじっと見つめている。東雲を拐ったと思われる人物も彼女のことを抱えたままじっと藤崎を見ているようだった。帽子を深く被っており、夕焼けの空間にいるせいか、その人物の顔は赤く見えるだけだった。


 目についた三人目は京島だった。彼は誰よりも一番藤崎に近い場所で、塵が散らばった床の上でうつ伏せになりながら呻き声をあげていた。


「加来から逃げてここまで来たのか?ご苦労なこった……」


 四人目が藤崎にそう語りかけた。その青年の方を振り向いた藤崎の髪、瞳を見て、四人目の青年は静止する。


「……お前、龍二か?」


 青年は赤い髪を靡かせながら、恐る恐る尋ねた。藤崎もまた口を何度も動かすが、声が出ない。辛うじて一文字ずつ発する事が出来た。


「勇……樹…………?」


 声に出したのは、幼少の頃よく遊んでいた幼馴染のひとりの名。その面影を目の前の青年に感じた。


 神崎勇樹。


 ずっと昔に遠い場所に引っ越し、音沙汰のなかった友の名を藤崎はもう一度呼んだ。


「勇樹なんだろ?こんな所で何してるんだ。どうして東雲を……」


 尋ねようとした時、藤崎にとって嫌な予感が浮かび上がり、そのまま言葉を詰まらせてしまう。


 藤崎は何も考えられなかった。彼を我に返させたのは、藤崎を呼ぶ東雲の声と京島の悪態だった。


「誰かが来たかと思ったら、あんたかよ……頼りにならねぇ」


 直後、京島はひどい咳を吐いた。埃が肺に入り込んでしまったように酷く咳き込む京島に藤崎は駆け寄った。


「おい!大丈夫か!」


 呼びかけながら、藤崎は京島の身体を仰向けに転がす。酷く汚れた服の隙間から見える肌には青痣と火傷跡がちらと見えた。


「お前……赤の魔女を知ってる、のか……」


 京島の問いに藤崎は聞き返す。京島は腕をゆっくりと動かし、青年を指した。


「あいつの事だ……あいつがアニキの──」


 言い切ろうとして再び咳を出す。しかしその先の言葉を聞く必要などなかった。


 龏信会の赤の魔女。


「お前なのか、勇樹。東雲を拐おうとした犯人は……」


「なんで龍二がここに……お前が、こいつの護衛をしていたっていうのか」


 勇樹は目の前に藤崎がいる事が信じられなかったようで、狼狽えていた。先程の藤崎の問いなど耳に入っていないだろう。


 余程、藤崎が目の前に現れた事が信じられないようで、神崎は瓦礫の山に腰をかけ、うな垂れた。藤崎もかける言葉を探したが、見つからない。刹那、神崎がくくくと笑い出す。


「冗談がきついぜ、全く……なんで一般人のお前がここにいるんだ。加来の奴、連れ去る人間を誤ったな……」


 笑いながらそう言う神崎に隣で倒れていた京島がため息をつく。


「馬鹿げている……自分は知人が現れる事実を受け入れられないっていうのか」


「なに……?」


 京島は、自身を睨む神崎の事を睨み返しながらゆっくりと立ち上がった。


「信徒から何も聞いてないのか?アニキがその女を攫う事ができなかったのは、こいつがイビトに目覚めたからだよ」


 京島は膝をはたき、神崎を睨みながら藤崎に提案する。


「先輩、手を貸せ。赤の魔女を討つ」


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