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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第三章
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第十五節

 部屋を飛び出し、スタッフを押し退け小判塚医院の裏へ出た。


 建物を出た青星は何かを探すように見回し、そして小さな物置小屋へ歩いて行った。物置小屋には鍵がかかっていないようで、青星は力強く小屋の戸を引いた。


 湿気と熱気に包まれている小屋の中に、女性が一人、全身を縄で縛られていた。迷いなく近づいてくる青星を見つけた女性は身体をくねらせる。青星はすぐに女性の身体にまたがり、彼女の口元に紐で固定された布巾を取った。


 口元が自由になった女性は奇声を発した。エゾシカのような甲高い叫び声が、青星の耳をつんざく。


「落ち着け、内藤!私だ!」


「キエェェェェェ……ぁぇ、青星……さん……?」


 内藤と呼ばれた女性は、青星の顔を確認し落ち着いたようだった。


「おい、君がなんでここにいるんだ」


「あ、朝……見回りしていたら急に後頭部に衝撃が……って、ふふふふ、ふくが!!!私の服は!?」


 自分のあられもない姿を確認すると、内藤はまた身体をくねらせた。青星は自分の上着を彼女に渡しながら、藤崎と東雲の事を尋ねる。


「二人の子供はどうした?」


「こども……?」


 問いかけに内藤は首を傾げた。


「護衛対象とその友人だ。一緒にいたんじゃないのか?」


「し、しりませんよ……朝からここにいたのに……」


 内藤が焦りながらそう答えた。青星はやられたと、吐き捨てるように言い、内藤を置いて物置小屋を出た。


 後を追いかけてきた八坂達が、飛び出した青星と鉢合わせる。


「ちょっと、どうしたんですか急に……」


「藤崎君達が龏信会に攫われた可能性が高い」


「なんだって」


「物置小屋の中に服を剝がされた内藤がいる。雪下はスタッフに着替えを貰うよう掛け合ってくれ。八坂は変な輩が覗かないように見張ってろ」


「了解」


「中を覗くなよ」


「覗かねぇっすよ。変態じゃあるまいし」


 青星の言葉に八坂が息を吐きながらそう答えると、物置小屋の影から内藤が叫ぶ。


「へ、変態しか見ないって言うんだ……わ、私の身体に、み、魅力がないって……んぁあああああ!!」


「そうは言ってないだろ!」


「私は見るなと言っただろ」


 反射的に物置小屋を見て反論した八坂の後頭部に、青星の掌が垂直に振りかざされる。八坂は反射的に叫び、後頭部を両手で抑えた。


 理不尽な痛みを耐えながら、八坂は対策を尋ねた。


「それで、どうするんです。少年もあの子も攫われたのはマズくないですか?」


「行く場所に宛がある。あとで場所を共有するから、合流してくれ」


 青星は八坂にそう告げその場を離れた。




 藤崎達は、内藤を騙る女性の車に乗せられ、中央自動車道を走っていた。東雲が眠り始めてから一時間以上経とうしているが、彼女は未だ眠ったまま。一向に目を覚まそうとしない。


「さ……昨晩はよく眠れなかったと、お話されてました」 


 東雲の顔をじっと見る藤崎に女性が告げた。バックミラー越しに女性の事を見た藤崎に、女性は詳しく話す。


「なんでも、気にかけていたことがあったとか……そう、お話されたような……」


「そうですか……」


 藤崎は再び東雲の事を見る。東雲はほんの少し青白い顔で。静かに呼吸をしていた。


 以前入院していた時よりも、呼吸が聞こえるかどうかわからないほどに静かに。それを藤崎は寝不足が理由だと判断した。


 もしかして自分の事なのではと、少し期待してしまう。だがそれがもし本当ならば、彼女に心配させたことを反省しなければならない。


 両端の考えが藤崎の頭の中で駆け回っていた。


「そ、それより……さっきの人達とは、ど、どんな関係なんですか……?」


「知り合いの知り合いというか……学校の後輩がよくつるんでいるらしく」


「まさか、君もあんな怖い人と同じことを……?」


「いやいや、そういうのじゃないですよ」


 動揺する女性に藤崎は苦笑いで答えた。


「では、あの人達とは、どのような会話を……?」


「ただの世間話です。どうしてここにいるのか聞いたら、あいつらの仲間が運ばれたみたいで……」


「……あぁ、そのこと。あの子達も……なにも龏信会に喧嘩売るなんて……」


「ご存知なんですか?」


 尋ねた藤崎に女性は説明する。


「京島与伴って子が、信徒を襲ったのでしょう?だからその子が龏信会に連れ去られて……」


 先ほどまでと違い、流ちょうに話し出す女性の言葉を、藤崎は黙って聞いていた。


「寺島という男が殺されてしまった腹いせに、無関係な人間を狙うなんて……」


「……あなたはどこまで知ってるんですか?」


「あ……そ、そう。報告書を見たの。最近の事件だから、供覧で……」


「……見たのはいつ頃ですか?」


「た、確か……二日、前とかに……昨日から、見回りをしていたから」


 探りをいれた藤崎の問いに女性はそう答える。そしてその答えが嘘である事を藤崎は静かに理解した。


「……報告書が出来たのは、昨日のはずですよ」


「う、嘘を言わないでくださいよ。君みたいな子供が何故それを──」


 女性の言葉が途中で途切れた。彼女は目を怪訝に細めていた。


「知ってるんです。寺島というデカイやつが東雲を襲っていた事も、京島が昨晩多摩川にいた事も。京島の事を知る術は、昨日青星さんが作った報告書をもってしても、得られない事も」


「どうして、イビト隊の人を知ってるの……普通の子供が……」


「普通じゃないから、知り合いなんです。俺だって、怪異人種だから」


 藤崎の答えを聞いた女性から舌打ちが聞こえてきた。


 腹のうちに抱えていた感情と共に、藤崎は女性に問いかける。


「東雲は本当に疲れてるのか……?この子になにをした」


 車内に沈黙が訪れる。


 感情的に聞いてしまった藤崎は、一刻も早く車内から飛び出したい気持ちだった。無論、走行中の東雲を抱えて飛び出す事は想定していない。


 運転している女性が内藤という女性を偽っている事を看破すれば、観念してくれるのではないかと考えた。それは先を見通してない藤崎の甘い読みだった。


「…………答える意味はないわ。だって、あなたもその子と同じようにするもの」


 先ほどよりも低い、女性の声。おそらくそれが彼女の地声だったのだろう。


 だが藤崎がそれに気づく時間はなく、女性が答えたと同時に背後から腕が伸び、藤崎の顔を抑えた。


 右腕で藤崎の頭と座席を強く固定し、左腕で彼の口元に布を当てた。


 抵抗しようとして大きく息を吸う。その時に鼻孔から入ってきた甘いアルコールの臭いが、藤崎の意識を大きく揺らし、現実から離した。


 二人の子供を後部座席に乗せたまま、車は何事もなく、自動車道を走り続けた。


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