第十三節
「あの……手続きが終わりましたので…………そろそろ出る用意を」
「有難うございます」
話しかけてきた女性に、東雲はそう答えた。初めて見た人に、藤崎は東雲に尋ねる。
「その人は?」
「かい……なんとかって組織の人らしい。今までお母さんの依頼で守ってくれたんだって」
東雲はそう答えた。怪異人種犯罪対策機関の事だと藤崎は頭の中で考えた後、女性を見る。
藤崎の視線に気づいた女性は、一目でわかるほどのくまをぶら下げた瞳で藤崎を斜めに見た。
「内藤……です……イビト隊、二班の……」
「藤崎です。ここ数日間、有難うございました」
「い、いえ……仕事ですので……」
藤崎が礼を言うと、内藤は視線を泳がしながらそう答えた。
「あの、そういえば、東雲さんのお母さんが、君に会いたいと……」
「俺に?」
「はぃ……お礼をしたいとか……」
視線を外したまま内藤はそう答える。
窓でも、壁でもなく、また何かベッド等を見ているのかと思いきやそうでもない。床と壁のちょうど接点となるような場所を見つめているような、そんな不思議な方向を見つめている内藤が不思議で、何か事情があるのかと彼女の視界に写ろうとすると、内藤はぱっと逆方向に首を回し、また部屋の隅を見ていた。
「僕ももっと君と話したいな」
東雲が藤崎のパーカーを引っ張りながら彼に告げた。彼女の方を向き直し、藤崎は聞き返す。
「退院後だといろいろ大変なんじゃないか?」
「大丈夫だよ。そんな大した荷物内から……それに、ちゃんと描ける事証明したいし」
先ほど笑われた事がよほど悔しかったようで、彼女の言葉に藤崎は悪い事をしたなと心の中で反省した。
なにより、藤崎は東雲の母親と一度話をしてみたいとも思っていた。
「わかった。それなら行こうかな」
「外に車を置いてるので……東雲さんと一緒に」
内藤は藤崎と東雲の反対方向を向いたまま伝えた。二人は内藤によろしくお願いいたしますと答える。
そそくさと部屋を出る内藤の後について行く。
階段を降り、廊下を歩いていると、ロビーが騒がしかった。その喧騒はだんだんと入れ違いになり、藤崎達とすれ違う。
タンカーの上で寝ている人物を見て息をのんだ。赤くただれた皮膚が身体中に目立つ。すれ違い様に漂った焦げた臭いがやけに強く記憶に残った。
集団は千住、千住と運び込まれていく人物に呼びかけていた。その集団に藤崎は心当たりがあった。
「どうしたの?」
立ち止まっていた藤崎に東雲が尋ねる。
「先、行っててくれないか。すぐに戻るから」
「ひぇ……あの人達に話しかけるんですか……?」
「ちょっと聞きたい事があるんで……東雲をお願いします。」
動揺する内藤に藤崎は答え、告げた。
「えぇー怖いもの知らず……い、行こうね東雲さん」
「う、うん……気を付けてね」
そう言いながら出口へ向かった東雲に手を振ったあと、手術室の前でうな垂れる不良達のもとへ歩いていった。
「て、てめぇは……」
不良のひとりが近づいてくる藤崎に気づき、驚いたようにそう声を出す。他の仲間達も一斉に顔を藤崎に見せ、立ち上がった。
顔を見て、やはり彼らが京島の仲間で、一昨日藤崎を追いかけた人物らだったと気がついた。その中に京島はいない。
「今の人は……身体が焼けていたみたいだけど」
「てめぇ、のこのこと……!」
一人が藤崎に掴みかかり、睨みながら言った。その人物を複数人がやめろと諌めるように藤崎から引きはがす。
「京島は何処だ。今の人じゃないよな……?」
藤崎は尋ねたが、その場にいる誰も藤崎にそれを答えない。
「あの傷は、誰にやられたんだ……」
「関係ないだろ」
一人が吐き捨てるように言った。その言葉に藤崎は何も言えなくなってしまいそうだった。
だが、そういうわけにはいかない。
「京島は龏信会の人間を殺害していた。今止めないと、あいつが殺されるかもしれない……」
藤崎は目の前の男達に昨日の事を伝えた。京島が怪異人種になり、人を殺害していたその惨状を。その時彼が吐露した想いを。
彼の仲間は藤崎をじっと睨んでいたが、誰も藤崎の言葉を遮るものはいなかった。
藤崎が話すのをやめて、重たい空気が流れる。
「攫われたよ……」
仲間の一人がこぼすように呟いた。皆がその男を見る。何故答えたんだと、理由を問いただすような視線がこぼした男に突き刺さり、彼は弁明するように答えた。
「しょうがないだろ!?家だって燃やすような連中にどう立ち向かうって言うんだよ!もう、俺達には手に負えねぇだろ……!」
涙が混じった声でそう呟いた、その男の言葉から気になる言葉を藤崎は拾う。
「家を燃やされた……?まさか、赤の魔女が?」
藤崎は再び尋ねる。
観念したようにため息をついた他の仲間が藤崎に答えた。
「姿を見たわけじゃないからわからない。そいつがいった通り、俺達は燃やされたアジトから大怪我した仲間を助けただけだ。家の中に京島はいなかった……」
「だから、アジトを燃やした犯人に京島が攫われた……と」
「噂が本当ならな」
不良の仲間達は赤の魔女の存在に懐疑的だったようだ。
藤崎とて、魔女が本当にいると信じきったわけではなかった。だが、自分や京島のような怪異人種がいるなら、魔女がいてもおかしくないと、気持ちは傾いていた。なにより、龏信会という怪異人種の集まりが京島を攫ってしまったならば。
不安が胸の中で膨らみ、藤崎は咄嗟にスマートフォンを取り出した。その腕を不良の一人が咄嗟に掴み、尋ねる。
「警察に通報するのか!?」
「違うけど、似たような場所に知り合いがいる」
「そんな事をしたら俺達が捕まるんじゃ」
「命を落とすよりはマシだろ」
腕を強く自分に寄せると、不良の手はたやすく藤崎の腕から離れた。
電話アプリから八坂の携帯電話を選び、電話をする。
「もしもーし、八坂清和の電話で~す」
「……青星さん?」
思わぬ女性の電話に、藤崎は聞き返した。電話の相手は間違いなく青星の声で、青星もまたそうだよと答えた。
「その声もしかして藤崎くん~?どったの?」
「なんで八坂さんの……いや、それより京島が攫われたみたいで!」
「なんだって?」
電話越しの青星の声が変わる。藤崎は先ほど不良達から聞いた事をそのまま伝えた。
「今は小判塚医院で仲間の手術を待っています」
「よくわかった。これから向かうから、その人達はその場で待つよう言っといて」
「わかりました。お願いします」
藤崎は青星に依頼し、通話をやめた。
「急いでここに来るらしいんで、ここで待っててください」
「そうか……なぁ、そいつらは何者なんだ?」
不良のひとりが藤崎に尋ねる。刹那の間、彼らに本当の事を伝えるか迷ったが、ふと青星が過去に口にしていた言葉を思い出し、それを伝えた。
「本人曰く、正義の味方だそうです」
「はぁ……正義の、味方?」
「信頼できますよ。俺や京島なんて簡単に抑える事が出来るような人達です」
疑う不良に対し、藤崎はそう付け加えた。
「あの…………」
か細い声が後ろからしてきた。振り返ると、先に行ったはずの内藤が眉を八の字に曲げていた。
「そろそろ、行かないとなんですけど……」
「すみません。青星さんや八坂さんに電話していたので……」
「青星に……何故?」
内藤が当惑に眉をひそめていたので、藤崎は彼女の耳にだけ届くように近づいて小声で答える。
「イビトの事件で一緒に追ってました。京島の……多摩川の連続殺人事件の関係者で」
藤崎はそう答えたあと身体を離し、いつもと同じ声量で尋ねた。
「出来れば、青星さんがここに来るまでだけでも、残っていたいんですけど……」
「い、いや……困りますよ!東雲さんが待っているのに。そしたら怒られるの、私なんですけど……」
「それは……」
「いいぜ、行けよ」
悩む藤崎に背中を押したのは、怪異人種犯罪対策機関に電話する事を拒んだ男だった。
「今更逃げるつもりもねぇ。千住も今、手術を受けているとこだ。どこかに用があるなら行ってくれたって構わない」
告げられ、しかし留まろうか悩んだが、彼らの言葉を信じ、また自分がここにいても意味はないと判断した。
「わかった。ここには青星って人と八坂って人が来ると思うから、知っている事があったら答えてほしい」
藤崎の言葉に不良達が頷いたのを確認し、藤崎と内藤はその場をあとにした。
病院の駐車場で、黒い乗用車に乗る。藤崎は内藤に後部座席に乗るように言われたので、左側後ろのドアを開けた。
「東雲……?」
右後部座席で静かにしている東雲に藤崎は声をかけた。
「疲れているみたいで、寝てしまったみたいです……」
藤崎が乗車したのを確認した内藤は、車を発進させた。