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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第三章
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第十三節

「あの……手続きが終わりましたので…………そろそろ出る用意を」


「有難うございます」


 話しかけてきた女性に、東雲はそう答えた。初めて見た人に、藤崎は東雲に尋ねる。


「その人は?」


「かい……なんとかって組織の人らしい。今までお母さんの依頼で守ってくれたんだって」


 東雲はそう答えた。怪異人種犯罪対策機関の事だと藤崎は頭の中で考えた後、女性を見る。


 藤崎の視線に気づいた女性は、一目でわかるほどのくまをぶら下げた瞳で藤崎を斜めに見た。


「内藤……です……イビト隊、二班の……」


「藤崎です。ここ数日間、有難うございました」


「い、いえ……仕事ですので……」


 藤崎が礼を言うと、内藤は視線を泳がしながらそう答えた。


「あの、そういえば、東雲さんのお母さんが、君に会いたいと……」


「俺に?」


「はぃ……お礼をしたいとか……」


 視線を外したまま内藤はそう答える。


 窓でも、壁でもなく、また何かベッド等を見ているのかと思いきやそうでもない。床と壁のちょうど接点となるような場所を見つめているような、そんな不思議な方向を見つめている内藤が不思議で、何か事情があるのかと彼女の視界に写ろうとすると、内藤はぱっと逆方向に首を回し、また部屋の隅を見ていた。


「僕ももっと君と話したいな」


 東雲が藤崎のパーカーを引っ張りながら彼に告げた。彼女の方を向き直し、藤崎は聞き返す。


「退院後だといろいろ大変なんじゃないか?」


「大丈夫だよ。そんな大した荷物内から……それに、ちゃんと描ける事証明したいし」


 先ほど笑われた事がよほど悔しかったようで、彼女の言葉に藤崎は悪い事をしたなと心の中で反省した。


 なにより、藤崎は東雲の母親と一度話をしてみたいとも思っていた。


「わかった。それなら行こうかな」


「外に車を置いてるので……東雲さんと一緒に」


 内藤は藤崎と東雲の反対方向を向いたまま伝えた。二人は内藤によろしくお願いいたしますと答える。


 そそくさと部屋を出る内藤の後について行く。 


 階段を降り、廊下を歩いていると、ロビーが騒がしかった。その喧騒はだんだんと入れ違いになり、藤崎達とすれ違う。


 タンカーの上で寝ている人物を見て息をのんだ。赤くただれた皮膚が身体中に目立つ。すれ違い様に漂った焦げた臭いがやけに強く記憶に残った。


 集団は千住、千住と運び込まれていく人物に呼びかけていた。その集団に藤崎は心当たりがあった。


「どうしたの?」


 立ち止まっていた藤崎に東雲が尋ねる。


「先、行っててくれないか。すぐに戻るから」


「ひぇ……あの人達に話しかけるんですか……?」


「ちょっと聞きたい事があるんで……東雲をお願いします。」


 動揺する内藤に藤崎は答え、告げた。


「えぇー怖いもの知らず……い、行こうね東雲さん」


「う、うん……気を付けてね」


 そう言いながら出口へ向かった東雲に手を振ったあと、手術室の前でうな垂れる不良達のもとへ歩いていった。


「て、てめぇは……」


 不良のひとりが近づいてくる藤崎に気づき、驚いたようにそう声を出す。他の仲間達も一斉に顔を藤崎に見せ、立ち上がった。


 顔を見て、やはり彼らが京島の仲間で、一昨日藤崎を追いかけた人物らだったと気がついた。その中に京島はいない。


「今の人は……身体が焼けていたみたいだけど」


「てめぇ、のこのこと……!」


 一人が藤崎に掴みかかり、睨みながら言った。その人物を複数人がやめろと諌めるように藤崎から引きはがす。


「京島は何処だ。今の人じゃないよな……?」


 藤崎は尋ねたが、その場にいる誰も藤崎にそれを答えない。


「あの傷は、誰にやられたんだ……」


「関係ないだろ」


 一人が吐き捨てるように言った。その言葉に藤崎は何も言えなくなってしまいそうだった。


 だが、そういうわけにはいかない。


「京島は龏信会の人間を殺害していた。今止めないと、あいつが殺されるかもしれない……」


 藤崎は目の前の男達に昨日の事を伝えた。京島が怪異人種になり、人を殺害していたその惨状を。その時彼が吐露した想いを。


 彼の仲間は藤崎をじっと睨んでいたが、誰も藤崎の言葉を遮るものはいなかった。


 藤崎が話すのをやめて、重たい空気が流れる。


「攫われたよ……」


 仲間の一人がこぼすように呟いた。皆がその男を見る。何故答えたんだと、理由を問いただすような視線がこぼした男に突き刺さり、彼は弁明するように答えた。


「しょうがないだろ!?家だって燃やすような連中にどう立ち向かうって言うんだよ!もう、俺達には手に負えねぇだろ……!」


 涙が混じった声でそう呟いた、その男の言葉から気になる言葉を藤崎は拾う。


「家を燃やされた……?まさか、赤の魔女が?」


 藤崎は再び尋ねる。


 観念したようにため息をついた他の仲間が藤崎に答えた。


「姿を見たわけじゃないからわからない。そいつがいった通り、俺達は燃やされたアジトから大怪我した仲間を助けただけだ。家の中に京島はいなかった……」


「だから、アジトを燃やした犯人に京島が攫われた……と」


「噂が本当ならな」


 不良の仲間達は赤の魔女の存在に懐疑的だったようだ。


 藤崎とて、魔女が本当にいると信じきったわけではなかった。だが、自分や京島のような怪異人種がいるなら、魔女がいてもおかしくないと、気持ちは傾いていた。なにより、龏信会という怪異人種の集まりが京島を攫ってしまったならば。


 不安が胸の中で膨らみ、藤崎は咄嗟にスマートフォンを取り出した。その腕を不良の一人が咄嗟に掴み、尋ねる。


「警察に通報するのか!?」


「違うけど、似たような場所に知り合いがいる」


「そんな事をしたら俺達が捕まるんじゃ」


「命を落とすよりはマシだろ」


 腕を強く自分に寄せると、不良の手はたやすく藤崎の腕から離れた。


 電話アプリから八坂の携帯電話を選び、電話をする。


「もしもーし、八坂清和の電話で~す」


「……青星さん?」


 思わぬ女性の電話に、藤崎は聞き返した。電話の相手は間違いなく青星の声で、青星もまたそうだよと答えた。


「その声もしかして藤崎くん~?どったの?」


「なんで八坂さんの……いや、それより京島が攫われたみたいで!」


「なんだって?」


 電話越しの青星の声が変わる。藤崎は先ほど不良達から聞いた事をそのまま伝えた。


「今は小判塚医院で仲間の手術を待っています」


「よくわかった。これから向かうから、その人達はその場で待つよう言っといて」


「わかりました。お願いします」


 藤崎は青星に依頼し、通話をやめた。


「急いでここに来るらしいんで、ここで待っててください」


「そうか……なぁ、そいつらは何者なんだ?」


 不良のひとりが藤崎に尋ねる。刹那の間、彼らに本当の事を伝えるか迷ったが、ふと青星が過去に口にしていた言葉を思い出し、それを伝えた。


「本人曰く、正義の味方だそうです」


「はぁ……正義の、味方?」


「信頼できますよ。俺や京島なんて簡単に抑える事が出来るような人達です」


 疑う不良に対し、藤崎はそう付け加えた。


「あの…………」


 か細い声が後ろからしてきた。振り返ると、先に行ったはずの内藤が眉を八の字に曲げていた。


「そろそろ、行かないとなんですけど……」


「すみません。青星さんや八坂さんに電話していたので……」


「青星に……何故?」


 内藤が当惑に眉をひそめていたので、藤崎は彼女の耳にだけ届くように近づいて小声で答える。


「イビトの事件で一緒に追ってました。京島の……多摩川の連続殺人事件の関係者で」


 藤崎はそう答えたあと身体を離し、いつもと同じ声量で尋ねた。


「出来れば、青星さんがここに来るまでだけでも、残っていたいんですけど……」


「い、いや……困りますよ!東雲さんが待っているのに。そしたら怒られるの、私なんですけど……」


「それは……」


「いいぜ、行けよ」


 悩む藤崎に背中を押したのは、怪異人種犯罪対策機関に電話する事を拒んだ男だった。


「今更逃げるつもりもねぇ。千住も今、手術を受けているとこだ。どこかに用があるなら行ってくれたって構わない」


 告げられ、しかし留まろうか悩んだが、彼らの言葉を信じ、また自分がここにいても意味はないと判断した。


「わかった。ここには青星って人と八坂って人が来ると思うから、知っている事があったら答えてほしい」


 藤崎の言葉に不良達が頷いたのを確認し、藤崎と内藤はその場をあとにした。


 病院の駐車場で、黒い乗用車に乗る。藤崎は内藤に後部座席に乗るように言われたので、左側後ろのドアを開けた。


「東雲……?」


 右後部座席で静かにしている東雲に藤崎は声をかけた。


「疲れているみたいで、寝てしまったみたいです……」


 藤崎が乗車したのを確認した内藤は、車を発進させた。

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