第ニ節
身支度をして小判塚医院に向かう。
「傷は少し深いようだけど、致命傷って程でもない。処置もしっかりしているね」
「そこは八坂さんにやってもらって……」
「そうか、彼ならなお安心だ。まぁ下手に動き回ると傷が酷くなる可能性もあるから、そこは注意してね」
診察医の言葉に藤崎はわかりましたと頷いた。
「ところで……それは新しいファッションなのかい?」
診察医は藤崎の手元に視線を移し、尋ねた。
「ビニール袋の中に梨……テーマは、八百屋帰りの美術部員とかかね」
「いや、普通に見舞品として……」
「あぁ、あの子のかい」
藤崎の答えを聞いて納得した診察医は、顎に手を当てて藤崎に尋ねた。
「まさか、彼女に会う口実のために怪我を……」
「そんなわけないじゃないですか」
「なら、あまり無理はしないように。彼女を悲しませるなよ」
藤崎はわかってますと答えた。その後診察医はふと思い出したかのように藤崎に告げる。
「そういえば、あの子は今日退院するとか聞いた気がしたが」
「えっじゃあもういないんですか?」
「いや、うちの退院時間は十時から十二時までだからなぁ……まだ部屋にいるとは思うが」
「そうなんですね……良かった。ありがとうございます」
藤崎は診察医に礼を述べた後、退出した。
先に自分の診察費を払ってから東雲の部屋を尋ねた。受付職員に前と同じ部屋だと答えられた藤崎は、職員に礼を伝え、階段を上がる。
ノックを三回して、藤崎は声をかける。
「藤崎です。見舞いに来ました」
「龍二くん?どうぞ」
東雲から許可を貰い、藤崎は扉を開ける。
部屋に入ると、初めて会った時と同じ服装をした東雲が佇んでいた
「良かった。ちゃんと来てくれたんだね」
東雲は笑顔でそう言う。
「退院するんだって」
藤崎が彼女に尋ねると、東雲は嬉しそうにうなずいた。
「ごめん、今日会いに来てくれるって聞いてたから、その時に伝えようかなって……」
「はは、いいんだよ。ただ、持ってきた見舞い品どうしようかなって……」
藤崎はビニール袋を東雲に差し出す。
「見舞い品持ってきてくれたの?ありがとう!」
東雲は明るい声でそう返した。
嬉々とした表情で東雲はビニール袋から梨を取り出す。それを見た東雲の動作が一瞬停止した。
「……りんご、じゃない?色が違う……」
「梨だよ」
「なし……これがなし……りんごじゃなし……」
梨もご存じなかったかと、藤崎は心の中で驚いた。
「まぁ、家に帰ったら食べてみなよ。梨も美味しいからさ」
「うん、ありがとうj
東雲は再び藤崎にお礼を言った。
藤崎は笑顔を返しながら、昨日京島が話していた事を思い出してた。
笑みを浮かべる優しいこの少女が、龏信会に狙われている。彼女が何者なのか、藤崎はまだよくわかっていなかった。結局彼女の親とは一度も会った事が無い。どこかの偉い人だと東雲本人は話していたが、それでも龏信会という宗教団体に狙われる理由はなんなのだろうか。
もしかしたら、この子も怪異人種なのかもしれない。龏信会に狙われるほどの怪異人種なのだとしたら──
「どうしたの?」
東雲に話しかけられ、藤崎の思考が止まる。彼女の不安気な表情が、そんな事は考えなくていいと思わせた。
東雲の問いに藤崎はなんでもないよと答え、質問を返した。
「絵は何を描いたんだ?」
藤崎が尋ねると、東雲は少し恥ずかしそうにスケッチブックを取り出して差し出した。
青い髪がボサボサに描かれた、ブゥードゥー人形のようなその絵は、藤崎が以前着ていた色と同じ組み合わせで服を着ていた。
肌色の顔と思わしきエリアに、緑色の楕円が力強く塗りつぶされてるのが怖い。
「その、一番最初に思い浮かんだのが君で……でも、想像だとなかなか描けなくてさ」
東雲は顔を赤くしながら弁明した。言われ、藤崎はその絵が自分だと言うことに気がつく。
本物の人形と同様に効果がありそうな程、禍々しく見えた藤崎は口角が上がるのを必死に抑えた。
「これは……よく、出来てるな……」
「わ、笑ったな!」
東雲の顔が一層赤くなる。
指摘されると耐えられなくなるもので、藤崎は笑ってないと答えようとしたが、暫時すぐに我慢の限界が訪れ、声を出して笑った。
しかし、娯楽を知らない彼女ならば、絵を描くのも初めてだろう。その対象が自分だったということが嬉しく、独特な絵柄である事でさえ愛おしいと感じた。
「描いてくれて嬉しいよ。ありがとう」
藤崎は東雲に告げた。東雲はもっと上手く描けるしと小さく呟いていた。




