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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第三章
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第十節

 明滅に輝き続ける照明弾の下、藤崎はようやく相手を捉える事が出来た。


 全身黒ずくめの服装で、上着は半袖だったがインナーに長袖のアンダーシャツを着ている。藤崎と同じようにフードを深くかぶっており、口元は黒いマスクを着けているため、表情が一切取れない。


 左肩を確認する。藤崎の右手に赤い液体がつく。


「アイツが件のホシだろうな」


 長瀬が後ろでそう呟く。藤崎は彼の言葉に同意するように頷いた。


 逃走のため背中を見せた犯人を藤崎は追いかける。


「待て!」


 藤崎は声を出し、追いかけた。二度目の銃声が鳴り、逃走者が足を崩す。音の出どころは背後からだった。


「撃つことはないでしょう!」


 藤崎は立ち止まり、拳銃を握っていた長瀬にそう訴えた。


 長瀬は表情変わらず舌打ちをする。


「馬鹿が、拳銃くらいで倒れるならただの人間だ。だがそいつは人間じゃねぇ。イビトだ」


 長瀬にそう言われ、藤崎は再び犯人を見る。


 足を撃ち抜かれたのは、僅かに赤く光る足元を見れば容易に認識できるはずだった。だが犯人はその場に倒れること無く、手に持っていた鎖を回し、藤崎めがけて真っ直ぐに伸ばす。


 耳を掠るように伸びた鎖が藤崎のフードを外す。気がついた藤崎はすぐにフードを掴み、再び頭を覆った。その僅か一秒間に見えた藤崎の青い髪を犯人は見逃さなかった。


 目の前の人間が藤崎だと気がついた犯人は、僅かに動きを止めた。


「気を抜くんじゃねぇぞ!そいつはイビトだ!多少怪我を負わせても大事には至らねぇ!」


 長瀬の言葉に煩わしさを感じながらも、刀を具現化させ、犯人を捕らえようとする。


 しかし藤崎の刀は犯人に届かない。彼は藤崎と距離を置き、再び鎖を回し、藤崎の持っていた刀をとらえた。


 刀を封じられ、動けなくなった藤崎を見て、長瀬は再び銃口を犯人に向ける。


 犯人はもう片方の鎖を長瀬に伸ばし、銃口をはじいた。直後、鎖をもう一回しし、長瀬の足元を崩す。膝を曲げた長瀬の顔面にもう一回しした鎖を当てる。


「がっ……ぁ…………!」


 長瀬は微かに声をあげ、当てられた鎖を強く握りながら倒れる。


 つられた犯人は長瀬が掴んだ鎖を無理矢理引っ張ろうとして、反対に藤崎側の鎖の力を緩めた。


 一瞬、刀に巻き付いていた鎖が緩くなり、藤崎は腕を引き、刀を鎖から抜いた。


 すぐに犯人に近寄り、刀を振る。刃は犯人の腕に一筋の線を入れた。もう一度、今度こそ胴体を狙おうとしたが、犯人は後ろに数歩退く。


 次の一手を待ち構えている暇はない。すぐに距離を詰めようとした藤崎の目の前で、犯人はフードを外した。視界を開かせるためだったのだろう。しかしその行いが、逆に藤崎の足を止める事に成功した。


「京島……!?」


 藤崎は目の前の犯人の名前を呼ぶ。京島はじっと藤崎の事を睨んでいた。

「ここでの事件は、全部お前がやったのか……いったい何時から!?」


「アンタに答える理由なんてないでしょう」


 京島は冷たく突き放し、鎖を回す。


 攻撃を必死に避けながら、京島の隙を伺っているが、先ほどに比べ彼は周りを良く見るようになっていた。


「人を殺して、何になる?誰かに頼まれてるのか?」


「俺は俺の意志でやってるさ。寺島さんを殺した奴らを……」


 京島はそう言い、より一層遠くに届くように鎌を振り回した。


 足を取られないよう避けながら、彼の狙う者が何者なのか思案する。


「まさか、龏信会って奴らを……!?」


「えぇ、そうですとも」


 藤崎の言葉に京島は手首で鎖を回しながら答える。


「俺は赤の魔女に会って、寺島さんの仇をとる」


「でもあいつらは怪異人種の集団って言われてるんだぞ!それを相手にするなんて──」


「そんなのは関係ねぇ!大事な人を殺されてるんだよ!こっちは!」


 藤崎の言葉を一蹴する。


「兄貴は仕事に失敗して殺されたと聞いた。だがそれじゃあ納得いかねぇ!危険がないと言っていたのは魔女の方だったのに、あいつらは約束を破ったんだ!」


「龏信会と手を組んでいたのか!?だったら……」


「手を組んでいたんじゃねぇ!イビトになった寺島さんをあいつらが無理矢理仕事を持ち掛けてきたんだ!」


 京島は、寺島が仕事を請け負ったのが自分達のせいだという。彼の言葉が真実ならば、寺島は龏信会に雇われ東雲を誘拐しようとしていた事になる。


「あんたは、大事な人が殺されてもはいそうですかと納得するのか!能天気に生活しろと、そう言うのか!」


 京島の言葉が、藤崎の心臓を掴む。


「もとはと言えば、アンタが……!」


 足がすくんだ瞬間を京島は見逃さず、藤崎の足を鎖にひっかけ、その場に転ばせた。


 その場から逃げようとするが、足が鎖に絡まり、身動きが取れない。刃が藤崎の額を貫こうと、降り掛かる。間一髪、それを刀で弾いた後、彼は鎖を解こうとするが、強く縛られた鎖は固く、解くことは不可能だった。


 京島は鎖を引っ張る。引きずられるのを抵抗しようとしたが、かえって縛りの強さを大きくしてしまい、解く事が更に困難になる。


「お別れだ、さようなら。」


 縛られた左足に道連れになるように、京島の元へ引きずられる藤崎。このままだと確実に命を取られる。


 刃が藤崎の首元へ届く距離まで寄せられた。鎖の先端についていたのは、雑草を刈るときに使われるような小さい鎌だった。藤崎はそれを刀で弾く。


 絶望的な状況下で尚、藤崎は諦めなかった。目をこらし、せまりくる刃を、何度も何度も、刀ではじいた。


「しつこい……やつだ……!」


 何度もおされ、京島は息切れしていた。それに伴い、鎌の刃が綻んでいるように見えた。


 気合いの雄叫びをあげ、鎖鎌を遠くへ弾き飛ばす。そして藤崎は鎖を断ち切ろうと刀を大きく振り切った。それは、刀に弾かれた鎖鎌が朽ちていくことに気がついた、とっさの判断による直感的な行動だった。


 一か八かの行動は、功を成した。藤崎が断ち切った箇所は、鎌と犯人の拳の間であり、断ち切られた鎌は宙を舞う。


 最早、ただの鎖となったそれを恐れる必要は無い。左足に絡みついている鎖を左手で掴み、自分に向けて引っ張る。引きずられる為に使われていた鎖で、自分が京島を引きずる。


 引きずられる京島の手元を見て鎖を離し、両手で刀を握りしめた。


「邪魔をするな!」


 京島は叫び、手元に持っていた鎌を藤崎の首元めがけて振り下ろす。藤崎はそれを刃で押さえた。


 身長で比べれば京島の方が大きく、力比べでの分は悪い。藤崎を上から抑えるように、京島は徐々に体重をかけていった。


「お前が抵抗しなければ……お前さえいなければ!」


 恨み節を言うごとに京島の体重が重くのしかかってくる。


 もはやこれまでかと諦めかけたその時、再び銃声が響き渡り、京島の身体が右へ寄れた。咄嗟に藤崎は京島を突き飛ばす。


「少年!」


 ニ、三歩後ろに退いた後、八坂の声がする。


「応援か……いいよな、あんたは恵まれて」


 京島は舌打ちをして藤崎を睨み、ふらつきながら上流側の暗闇へ消えて行った。


 藤崎は膝をつき、その様子をただ見る事しかできなかった。八坂が大丈夫かと声をかけた事にも気づかず、暗闇を見つめ続けた。


 生暖かい風に髪を撫でられ、藤崎はようやく逃した事実がのしかかり、うな垂れた。


「犯人がいたのか!状況は?」


 後から来た朝霞が尋ねた。藤崎は首を横に振り答える。


「逃しました」


「そうか、まあ大事に至ってないなら──」


「馬鹿野郎」


 朝霞の言葉を遮り、彼を罵倒したのは長瀬だった。


「何が大事に至ってないだ。こっちは頭をうってさっきまで気絶してたんだぞ……そいつも結局犯人を逃がした。失敗だよ」


「逃がしただの失敗だの……長瀬さん、もう少し言い方を」 


 反論してきた八坂を、長瀬は睨む。


「言い方だ?何も間違った事は言ってないだろ。今回の仕事はなんだ?警備をして犯人を追う事だ。それを失敗して街に逃がしたのならば失敗だろうが。大体、こんな事に子供を巻き込んでいる事自体がおかしいんだよ」


 長瀬は次々と不満を並べていく。


「イビトだからと黙っていたが、イビトに銃弾が殆ど効かない事も知らないド素人と来た。怪異人種の半数以上を子供が占めているという話もあがっているみたいだが、俺達はテロリストの警備に子供を雇った事は一度もねぇ。人の発言に指摘する前に、自分の倫理観を考えろよ」


 長瀬にそう言われた八坂は歯を食いしばって睨む。


 なんだと反論しようとした八坂を止めたのは、藤崎の声だった。


「長瀬さんの言う通りです……京島を相手に、何もできなかった」


「少年……」


「俺は、あいつがやっている事を否定できなかった」 

 京島は復讐の為と言っていた。


 だがその復讐はもとはと言えば自分が行った事と変わりないのではと藤崎は考えてしまった。


 自分が東雲を守る為に寺島と相対したように、彼は寺島の仇を取る為に龏信会を相手に戦おうとしている。


 団体に勝てるわけがない。そのはずなのに、藤崎は彼の動機に納得してしまっていた。


 うな垂れた藤崎を見て長瀬がため息をつく。 


「俺は先に上がる。ガキがホシと知り合いみたいだ……話聞いておけよ」


 彼は朝霞達にそう告げて、同僚の警官と共に去って行った。


 暗闇に溶けていったとき言われた、恵まれているという言葉が、藤崎の頭の中にずっと残っていた。

第二話:遺恨 終

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