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龍維伝  作者: 啝賀絡太
第三章
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第九節

「そうか、君も行くんだな」


 夕食を食べた後、藤崎本人からこの後の予定の事を聞かされた青星は目を丸くしながら彼に聞き返した。


 藤崎が頷くのを見ると、青星は天井を仰ぎため息をつく。


「早々に使いそうだな……」


 青星はそんな事を呟いていて、一体何のことかと首を傾げた藤崎に対し、一つの小さな箱を渡した。


「中を見ても良いですか?」


「構わないよ。首にでもかけておくと良い」


 青星から許可をもらい、中身を確認する。


 白い小箱の中には、八角形の木に嵌められた鏡だった。マジマジとその鏡を鼻先まで近づけると、自身が逆さに写っているように見えた気がした。


「支部長から君へのプレゼントだ」


 青星に告げられた藤崎は咄嗟に彼女の事を見た。他の皆もまた、彼女の事を見る。


 その中ですぐに青星に聞き返したのは八坂だった。


「支部長に話したんです?」


「口頭でね。そりゃ報告しないわけにもいかないでしょ」


「どういう物なんですか?」


「御守りだって言っていたさ。君が悪い人間に殺されないようにする為に、ね」


 青星はそう言ったあと、手を差し伸べ、鏡を渡すよう促す。藤崎は誘われたがままその鏡を渡すと、青星は藤崎の背後にまわり、その鏡につけられた紐をネックレスのように、藤崎の首にかかるようにつけた。


「あ、有難うございます……」


「その礼は、私から支部長に言っておくよ。気を付けて行っておいで」


 青星に見送られ、藤崎達は多摩川へ向かう。


 多摩川へ着いた藤崎達は、現地で警官と合流した。


「怪異人種犯罪対策機関、ただいま到着──」 


「おせぇぞ!イビト隊!」


 到着し挨拶をしようとした朝霞に食って掛かるように言ったのは、待ち構えていた警官達の中でもひときわ年老いて見えた男性だった。


「そうでしたか、まだ待ち合わせの十分前かと……」


「どうせちんたら飯食って準備してたんだろ。ぬるいんだよ、三十分前に来い!」


「相変わらず無茶を……勘弁してくださいよ長瀬さん、我々だって人間なんですから」


 その男、長瀬に対し朝霞は苦笑いでそう言った。しかし長瀬は仏頂面のまま反論する。


「何が人間だ。化け物じみた力を持っていて人権を主張するなんざ片腹痛い」


 吐き捨てるようにそう言った長瀬に、朝霞達イビト隊は苦笑いを漏らす事しかできなかった。


 これもまた、怪異人種を知っている者からの批判なのだろう。後ろからそれを眺めながらそう考えていた藤崎の視線に、長瀬が気がつく。


「なんだ、このガキ。こいつも同伴するってのか?」


「えぇ。是非長瀬さんに共に警備していただきたいかと……」


 朝霞の言葉に、藤崎はまさかと思った。長瀬もまた同意見だったそうで、怪訝な感情が彼の顔を更に歪ませる。彼は自分の手を藤崎に重ねながら訴えた。


「こんなしょんべんくせぇガキが?俺達と一緒に警備するっていうのか?」


「一応、刀を出すことも出来ます」


 昼間と同様、帽子を深くかぶり、さらに大きなフードを覆いながら藤崎はそう答えた。長瀬はそりゃ立派な事だと大きく口を開き笑いながらそう答えたが、瞳は据わったまま藤崎を捉えていた。 


 そしてパトロールを始めた。藤崎は長瀬と共にひたすら多摩川を歩く。彼との居心地の悪い空気は、暗くなってからもずっと流れたままだった。


 暗い、暗い、闇に包まれた多摩川。


 天端に建てられた電灯の明かりは堤外地には届かず、低水路と高水敷の判別が難しい。こんな場所で人を判別するのは難しいだろう。


「顔も見せられない子供を連れてくるなんて、イビト隊も随分と落ちぶれたな」


 長瀬はそうぼやいた。


「人員が足りないみたいなんです。だから俺が志願して」


「そういう事を言っているんじゃねぇ!」


 藤崎の言葉を長瀬は荒い語気で遮る。彼は振り返り、藤崎に顔を近づけ責め立てた。


「手前が志願してきたとかそんなのは関係ねぇ!殺傷事件が起きてる中、地元の人間が危険な目にあいそうになっても、ろくな人員を配備しねえ口だけの連中の態度が気に入らねぇって話をしているんだ!」


 まくし立てる彼に圧倒され、藤崎は何も言えなかった。我に返った長瀬は舌打ちをして先を歩いた。


 彼にも不満があるのは伝わったが、事務所内での口論を見ていた藤崎は何かを言い返したかった。だがそれらを言ったところで長瀬に更に反論されて終わるだけだろうと思い、藤崎の中の燻ぶった煙は放出されなかった。


 そうして長瀬も藤崎も言葉を発さず、十分、二十分と時は流れていった。


 怪しい人影は見えない。天端にそれらしい人影はいなかった。ただ、どこかに犯人がいるかもしれないという緊張感と、長瀬との歪な距離感が混ざり、非常に不快なストレスがぐるぐると藤崎の腹の中で渦巻いていた。


 是政橋が、藤崎達のエリアの端だった。そこから先を少しでも歩くと工場があり、行き止まりになるため、見回る必要はないと言われていた。しかし二度目の是政橋の到達時に、長瀬は橋の下を歩き始め、警備エリアから離れようとする。


「そっちは警備エリア対象外じゃ……」


 呼び止めた藤崎を長瀬は睨んだ。


「出てこねぇ場所を警備してどうすんだよ!黙ってついてくるか、それが嫌なら帰れ!」


 長瀬は藤崎にそう叫び、是政橋より西の河川敷へ歩いて行ってしまった。これ以上、長瀬の怒鳴り声を聞きたくなかったが、本当に帰ってしまったら怪異人種犯罪対策機関の事も悪く言う気がしたため、長瀬の後ろをついて行くことにした。


 懐中電灯で前を照らしながら長瀬は歩き続ける。はじめはゆっくりと歩いていたが、車道の折り返し地点までたどり着いた時、彼は一度立ち止まった。


「……におうな」


 あたりを見回しながら彼はそう呟く。いったい何があるのだと藤崎は彼の様子を窺っていた。


 藤崎と長瀬がいる場所は、河川敷の歩く場所としては一番端となる場所だった。コンクリートの道も折り返しで、是政橋へ戻るように舗装されていた。


 折り返す事なく進むその先は砂利がしかれており、鉄道橋まで歩くことは出来るが、それより先は河の流れる場所となっているのでやはり行き止まりだった。しかし長瀬は後ろにいる藤崎に何も言わず、砂利の上を歩き始める。


 数歩歩き、今度は一心不乱に駆けだす長瀬を追いかけた。彼を追いかけるうちに、夏の蒸し暑さに混じって歪な鉄の臭いをかぎ取った。


「何かあったんですか……?」 


 鉄道橋の下で立ち止まった長瀬に藤崎は尋ねた。異臭はひどさを増している。その異臭は、昼間訪れた現場にもわずかに残っていた臭いに酷似していた。


「……見ろ、新しいものだ」


 長瀬は河に立つ柱をじっと見ながら藤崎にそう告げる。嫌な予感を抱きつづ藤崎はコンクリートの柱を見た。


 頑丈に作られたコンクリートの柱には、人が十分に座り込むほどの足場があった。かといって、その足場は二階分の高さを登らなければ辿り着かない場所にあるため、普通の人間が脚立等の道具もなしにその場に辿り着くことは不可能なはずだった。


 そんな高い位置に、人が仰向けに倒れていた。その人物からあふれ出た液体がコンクリートの柱を不気味につたっている。


 悪い予感が的中した藤崎の心臓が急に早く動き出す。これが藤崎にとって初めて目撃した死体だった。


「誰が一体こんなことを……」


「さぁな。異常者の考える事なんかわからねぇ……だが、あんな場所に置いたって事は、寧ろ誰かに気づいてもらう為のサインだろうな」


 長瀬がうんざりしてそう答えていた。

 

 誰に気づいてもらう為のものか。藤崎がそう尋ねようとした時、誰かに足を掴まれたような気がした。否、それは冷たい何かが巻き付いたような感触。


 硬直した藤崎を強く引っ張った。それは石にこすれながら、上流へと藤崎を引きずる。


「長瀬さん!」


 藤崎が長瀬の名を呼ぶのに、一秒の間があった。それまでの間で先ほどまで隣にいた長瀬との距離は三メートルほど離れてしまう。


 舌打ちをしながら長瀬は拳銃を取り出し、暗闇の中で動くものを狙う。発砲の音に驚いたそれは藤崎を引きずる力を弱めた。


 藤崎は膝を曲げて脱出する。粗い砂利の上を転がり、少しでも正体不明の何かから逃れようと距離をとる。


「相手は!」


 叫ぶように尋ねる長瀬に、藤崎は首を横に振った。


 夜の河川敷で、電灯もない場所で相手の顔を見る事など出来ない。

 

 長瀬が持っていた懐中電灯を何度も振るが、照らす先に人影一つ現れなかった。


 藤崎は朝霞から渡された信号拳銃を取り出し、弾を装填する。一度曲げた銃身をもとに戻すとき、左肩に激痛が走り熱を感じた。


 叫びそうなのをこらえ、藤崎は銃口を天に掲げ、引き金を引いた。


 煙と尾っぽのようにして銃弾が飛び上がる。鉄道橋よりも高くのぼった銃弾は、再び発砲音を放ち、電灯よりも激しく輝きながらゆっくりと降り始めた。


 その輝きは対岸を警備していた朝霞には勿論、遠い場所で警備をしていた八坂や樋野にも確認する事が出来た。


「なんですかねぇアレ」


 八坂と共に警備していた警官が呟く。


「ウチの仲間が放った照明弾でしょうね……非常によろしくない事態のようだ」


 光の放たれた場所から、それが藤崎が撃ったものだと八坂はわかっていた。


 八坂がいる場所から藤崎のもとへ辿り着くには、走っても十五分はかかりそうだった。車は対岸に停めてあるため、すぐに取りに行くことは出来ない。


 八坂は警官に車の鍵を渡し、自分は藤崎のもとへ急いだ。


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