第六節
「俺達も丁度気になってたところなんだ。どうも人だかりが出来てたみたいでさ。何があったんだ?」
八坂もテープとその周りにいる野次馬たちを指してそう言った。
その問いに答えたのは佐藤だった。
「どうも殺人事件があったみたいで……」
「へぇ。殺人事件ねぇ」
八坂は少し大きめの声でそう言った。
事情を知っている藤崎にとっては少し大袈裟でわざとらしく感じる声だったが、高尾と佐藤にはそれが普通のリアクションだったそうだ。
気にせず佐藤は話を続ける。
「なんか結構グロい状態で発見されたそうで……なんでも、近くで騒いでいた人達がやられたとか」
「騒いでいた人間が?それってまるで通り魔みたいな……」
藤崎がそう答えると、それまで震えていた高尾が手を真上に挙げ答えた。
「そうなの!それはまるで通り魔というよりは通り悪魔みたいな!」
高尾は早口で声を張ってそう答えた。その勢いに藤崎と八坂は圧倒され、半歩後ろに下がった。
「実はここで銃声があったみたいで、近くをランニングしていた人はその後ここから逃げていく何かを見たみたいなんですよ!でも、素早く逃げていくそれがなんなのかわからないみたいで!少なくとも人間じみた身体能力じゃなかったみたいなんですよ!」
八坂は自身の肘で藤崎を小突き、説明を求めた。
高尾についてのかもしれないが、藤崎はここまで目を輝かす彼女を見るのは初めてだったので、首を横に振って力不足である事を主張した。
二人のジェスチャーを見て察した佐藤が、代わりに説明する。
「すいません、高尾は妖怪とか都市伝説が好きで、この手の話になると我を忘れるというか……」
「あはは……ごめんなさい。なんというか、未知なる存在って魅力的というか……」
佐藤が説明をした後、高尾も弁明をした。
「今日、二人がスクープを探しに来たのは……」
「都市伝説系の話かもって情報をソーシャルメディアサービスで見たから、だね」
「随分と熱心なんだねぇ」
八坂がそう答えた時、ふと藤崎は彼の顔を見た。八坂は特にしかめた様子も、眉間に眉を見せたりする様子もなく、穏やかな顔をしていた。
「あぁ、勿論、周りの人に迷惑をかけないように調べてますよ!あのテープの先に入ったりとか、無理矢理関係者の人に聞いたりとかはしてないですから!」
「ははっそりゃそうだ」
高尾が話した追加の弁明に八坂は笑ってそう答えた。
「さて、話の続きを聞きたいんだが、いいかい?」
「えぇ、そうでしたね。逃げて行ったなにかは、ジャラジャラと音を立てながら離れていったそうです」
「そいつはどこに行ったんだ?」
「あっちの方に行ったみたいです。茂みやら橋やら水門があるから、隠れやすいとかだったのかも」
高尾はそう言いながら水門の方を指した。
そこは、水門の他、中央自動車道への入り口にもなっているので、身を隠す場所は比較的多かった。
「橋の下をかいくぐられたりしたらたまったもんじゃないな」
「普通の人間にそんな事が出来るとは思いませんが……」
「だからこそ、普通じゃないのよ」
佐藤の言葉に高尾がそう返した。その情報をもとに彼女は逃亡者が妖怪だと主張するのだろう。
藤崎も表情を変えないよう意識をしていたが、胸中では彼女の意見を肯定していた。無論、逃亡者の正体は妖怪ではないと考えていたが。それは八坂も同じだろうと藤崎は推測していた。
「ジャラジャラという音はどういう音だったのでしょうか」
もうひとつ気になっていたことを藤崎は高尾に尋ねた。彼女は即答せず、顎に手をあてながら空を見る。
「じゃらじゃらはじゃらじゃらねぇ……私も、直接聞いていたわけじゃないし」
「鎖を引っ張るような音って誰か言っていなかったか?」
高尾に佐藤が聞いた。その言葉で高尾はそうそうと彼の言葉に同意した。
「なんか、重たい鎖を引っ張るような感じって誰かが言っていたわね。工場勤務の人が毎日聞いている音と同じだとか言っていた気がするわ」
「……どんな工場だがわからないが、そこまで聴きなれたのならば確かなのかもしれないな」
高尾の言葉に八坂がそう答えた。一方で、藤崎は昨日の出来事を思い出していた。
井之頭公園で引っかけた足。それに絡まっていたのは、間違いなく鎖だった。そして、あの場所に鎖があった事はない。誰かが用意した者だった。
無論、それが関係ある確証はない。だがそれを拭いきれぬ思惑もあった。
「ところで藤崎君は何してたんだい?」
唐突に佐藤に聞かれて、考え事をしていた藤崎は一瞬硬直した。
「あぁえっと……ちょっと散歩?」
「多摩川で?うちの街からそこそこ遠いのに?」
高尾は純粋な疑問を藤崎にぶつける。次は何を言い訳に言おうか。
「コイツには暇つぶしのドライブに付き合ってもらってたんだ。そしたらここら辺が騒がしいものだから、気になって来たってわけ」
代弁したのは八坂だった。
八坂の話に高雄と佐藤は納得していた。
「まぁ、あまり長居してもお巡りさんの迷惑になるから、そろそろ帰った方が良いんじゃないか?」
「そうね。私もこのあと親戚の集まりがあるらしいし」
「では、俺達はこれで」
「藤崎くん、また部活でね。来週のサボらないでよ!」
去っていく佐藤と高尾を見送り、車へ戻る。
「注意とかしないんですね
」
「何がだ?」
「先輩方がイビト関連の話に突っ込もうとしてて、危ないぞとか、そういう注意するもんだと思いました」
「引き際を分かっている奴がいたからな」
八坂はそう答え、ため息をついた。
「それに注意したとしても相手を刺激するだけだ。人間ってのは危険な物を見てスリルを感じたくなるようにやってるからな」
「へぇ」
「そんなことより!」
納得した藤崎の額を八坂が指で弾く。
突然デコピンをされた藤崎は困惑と痛みを視線で訴えた。しかし不満があったのは八坂も同じようで、彼は眉間に皺を寄せて藤崎を睨んでいた。
「嘘のひとつもつけないようじゃ、まだまだだな」
八坂にそう言われ、藤崎はぐうの音も出なかった。
「なにも、大ウソつきになれと言っているわけじゃない。だが彼らをイビトの脅威から話す為には、隠さなければならない事もある」
「すいません……」
八坂にそう言われ、藤崎はたどたどしく答えた。
自分が今まで怪異人種の事を知らなかったように、今度は藤崎もその隠し事を手伝う義務がある。
「取り敢えず、青星さんらが戻ってきたら一旦情報を整理するか……」
八坂がそう呟き前を見ると、こちらに歩いてくる青星を見つけた。とても不服そうな顔で、虫の居所が非常に悪そうな彼女を。
「出して」
助手席に乗り込んできた青星は、ぶっきらぼうに命じた。
八坂はちらと彼女の事を見たが、前方を不機嫌な目で見る彼女に尋ねることは出来なかった。八坂は一度エンジンを起こし、その場から出て行った。
多摩川を出た後も青星は黙ったままで、車内の空気が急に悪くなった気がした藤崎は、外を見る事しかできなかった。
「それで、何があったんです?」
おそるおそる八坂が青星に尋ねた。聞かれた青星は、暫く黙っていたが、数秒後にため息をつき口を開いた。
「殺人犯がまた現場に戻ってくる可能性があるから、暫く見回りをしなさいって」
「はぁ、そりゃまた急ですね……して、人員は?」
「ごく少数よ」
「少数?」
八坂は食いつくように青星に聞き返した。
藤崎も意味が気になり、バックミラー越しに青星を見つめた。彼女は眉間にしわを寄せながら答える。
「東京支部のイビト隊の一部で対応をって命令。それを抗議したいから、事務所に戻って」
車を走らせ数分後、青星はようやく行く宛を八坂に告げた。