第二節
「ちょっと、八坂くんも見てないで多少は手伝ってよ」
雑談している八坂の声が耳に入ったのか、青星は協力を仰ぎながら体の向きを変えた。
藤崎と目があい、青星は驚く。
「なんで君がいるのさ」
「怪異人種に会った時の戦い方を知りたいらしいっすよ」
青星は八坂からそう答えを聞き、そのまま彼を睨んだ。
「一般人を巻き込むのは良くないんじゃない?」
「俺が教えてほしいって言ったんです」
八坂を睨む青星に答えたのは藤崎だった。
青星はその細い目のまま、藤崎を見て問いかけた。
「……昨日、私が言った事わかってた?」
「危険なのは理解しているつもりです。でも、それよりも俺は自分が守りたい人を守れるようになりたいんです」
「今日ここに来ている事は親御さんにも言ってるのよね」
「そういえば、紗代さんは認めてくれたの?君が怪異人種になる事について」
八坂が確認した問いに青星も便乗する。その問いに藤崎は頷いた。
昨晩、家に戻ってきた後、いつも通り夕飯を食べた藤崎は昼間の出来事を紗代に話した。そして、自分が怪異人種の力に半覚醒している事も。
藤崎紗代は、怪異人種の事についてはよく知っていたらしく、彼女は藤崎が話した事をすんなりと受け入れた。
「まぁ、アンタのお父さんも怪異人種のようなものだったし、実はアンタもなるんじゃないかなぁとは思ってたわ」
それどころか、当たり前のように紗代がそう答えたもので、藤崎はその事実に驚愕した。
父親が怪異人種だった事は、今まで藤崎は聞かされていなかった。
「なんで今まで言わなかったのさ?」
「表立って言う事じゃないからよ。怪異人種が裏で言われている名前だって事も聞いたんでしょ?」
「言っていたような、言ってなかったような……」
「世間的に超能力者がいるって事が広まれば、それこそ龏信会みたいな団体が増えるだろうから、公には広まらないようにしていたのよ」
紗代はまるで当事者のように説明していた。
真偽はともかく、怪異人種の事と半グレの話しかしていなかったため、流暢に説明する紗代に藤崎は腕を組み尋ねた。
「まさか、母さんもなのか?」
「……………………おほほ」
「おほほ!?」
明らかに隠しているのはわかったが、紗代ははぐらかし、それ以上の事を言わなかった。
しかし藤崎が怪異人種になること自体は反対ではないらしい。今日、八坂のもとへ行くことに関しても「自衛のためなら必要な事だ」と容認してくれた。
「昨日、京島達に追われた事もあるので、居ても立っても居られなくて来ました。東雲が攫われたりしないようにする為にも、今から強くなりたいんです」
藤崎は八坂と青星に自分の意志を伝えた。八坂が感心している一方で、青星は腕を組み考え込んでいた。
暫くして、青星の中で整理しきったのか、大きく頷く。
「……まぁ、紗代さんが許しているなら良いか」
青星は藤崎の瞳をまっすぐに見つめて告げる。
「君のその先は、決して楽な道のりではないのだろうが、出来る限りのサポートをさせてもらうよ」
「有難うございます……!」
藤崎のお礼に対し、青星も笑顔を見せた。八坂もその空気を壊したくない気持ちがあったのだが、青星にはちゃんとした社会人としてふるまって欲しいと思い、彼女の席を親指で指しながら告げた。
「サポートしてくれるのは良いんですけど、まず自分の仕事をしてもらえます?」
「あぁ、それならもう大丈夫だよ。あとは決裁の準備をするだけだから」
「なるほど、それなら……」
「八坂君、あとは頼んだ」
ホッとしたのも束の間、青星からの頼みは寝耳に水だった。
「なんですって?」
「私が書くところはもう書いたし、ちゃんと案件ごとにフォルダ区切って八坂くんでもわかりやすく起案できるようになってるからさ」
「いやいやいやそこまで準備出来たなら自分で起案してくださいよ!」
そう抗議する八坂の目の前で、青星は自身を縛っていた縄を力強くちぎり、立ち上がった。
縛っていた意味はあったのだろうかと藤崎が頭の中で疑問を浮かべている一方で、青星は八坂に近づき、彼の肩にゆっくりと確実に手を置いた。
「班長命令だ────代理決裁、よろしく」
「こんな事で班長命令なんて言わないでくださいよ普段班長らしい事していないくせに!」
「ん、決裁の準備できたのか?」
騒いでいる二人を見て、男が話しかけてきた。名札には朝霞と書いてあった。
「あとは八坂君が起案してくれるみたいなので、決裁お願いいたします」
「そうか。じゃあ八坂君、待ってるよ」
自分が抗議する暇もなく、起案する事になった八坂。
その光景を見て、社会の理不尽ってこういうものなんだなと藤崎は学んだ。
「訓練場借りまーす。ほら、藤崎君行くよ」
静かに肩を落とす八坂を見ていた藤崎にそう告げ、青星は廊下に出た。
藤作は朝霞と八坂に挨拶をしてから青星の後を追いかけた。
廊下に出ると、青星はこっちと手招きをしてから奥に進んでいった。彼女を追いかけ、突き当りを曲がり奥へ進む、
廊下の奥にはエレベータが三基並んでいた。その中の一基は他の二基に比べドアの幅が広いため、荷物運搬用のエレベータのようだ。
「エレベータ、あったんですね」
「基本的に使うのは職員くらいしかいないけどね」
藤崎の言葉に青星が返すと、エレベータはすぐに到着した。
エレベータの中に乗り込むと、彼女は地下の階層を選んだ。エレベータはゆっくりと地下へ降りていく。地下二階までくだるとエレベータは止まり、ドアを開けた。
地下二階は自由に動けるようにはなっておらず、エレベータを待つ部屋の先に行くには、ディスプレイ付きの認証端末が併設された扉をくぐるほかなかった。
青星は端末に自分の職員証をさしこみ、その下にある窪みに自分の中指を入れた。
ディスプレイの背景が青くなり、チェックマークを表示する。それと同時に、目の前の扉が開錠する音が空間に響いた。
「さ、奥に進もうか」
青星は扉を開き、藤崎に中に入るよう誘った。