第一節
八坂に怪異人種犯罪対策組織の住所を教えてもらった藤崎は、早速その場所へと訪れた。
電車を乗り継ぎ、辿り着いたそこは、他のオフィスと同じ見た目をしていた。
入口をくぐると、守衛室右手にあり、奥は大きなシャッターがその先をふさいでいた。
「君、今日は休みだよ」
入口にいた守衛に突然呼び止められた。
通過できるものだと勘違いしていた藤崎は、すぐに謝った。
「すみません、人に会いに来たんですけど、誰もいませんか……?」
「あぁそうなの?名前は?」
「えぇっと……八坂さん、または青星さんて方々かと……」
藤崎はそう答え、名刺を守衛に見せた。
守衛はじっとその名刺を見た後、納得したように何度も頷いた。
「あぁ、イビト隊の八坂さんね。今朝も会ったから普通に三階にいるんじゃねぇかなぁ。呼んでやるよ」
「ありがとうございます」
受話器を持った守衛に藤崎はお礼をいった。
イビト隊の内線にかけ八坂に迎えに来てもらうよう守衛が頼んだあと、程なくして八坂が職員用と書かれた扉から出てきた。
「早速来たな。庁内を案内しようじゃない」
藤崎は八坂のあとをついていく。職員用と書かれた扉の先は、階段だった。
「さっきのシャッターの先は何があるんですか?」
階段を上がりながら、藤崎は素朴に思った質問を八坂に投げてみた。
「あぁ、あそこはお客さんお困りセンター的なやつよ。月曜日から金曜日まで開いているんだが、今日はお休みの日だから閉まってたってだけさ」
「そうだったんですか……すみません、お休みの日だったのに」
「んや、俺達はシフト制だったから関係なかったし無問題よ」
八坂は笑いながらそう答えてくれた。三階に上がった二人はフロアに入る。
廊下が中央に真っ直ぐに広がっており、八坂は両端にある扉の列からひとつを選び、中に入っていった。
入口には受付用に置かれたカウンターと、壁際に丸椅子が並べられていた。八坂がまっすぐ進み、奥へ入っていく。入口付近はパーテーションで区切られていた為、身長がそこまで高くない藤崎からすれば何も見えなかったが、八坂についていき、奥まで入っていく事で初めてその部屋の全貌を見る事が出来た。
部屋全体は普通の事務室のようだ。藤崎はなんとなく学校の職員室を連想した。
壁にはプロファイリングされた資料が並べられた本棚や、共用の事務用品を入れる為の棚が置かれている。
真ん中は向かい合わせで仕事をするような島になっていた。席は決まっているようで、ところどころ、デスクマットにアイドルのプロマイドをはさんだり、ぬいぐるみを置いている職員もいた。
「ここで待っていてくれ」
八坂に案内されたのは、職員の机とは反対側に作られた、半個室型の打ち合わせスペースだった。三つあるうちから一番奥に案内された藤崎は、中の椅子に座らされる。
普段いる学校とは違う、社会人の世界に藤崎は少し興奮していた。
ふと、職員たちの方をもう一度みると、青星がいた。彼女もまた、今日は出勤していたそうだ。
あとで挨拶をしようかなんて考えながら彼女をよく見ていると、何故か椅子に縛られながら仕事をしているようだった。表情も昨日に比べると心なしか元気がないように見える。
「麦茶しかなかったがそれで大丈夫か」
「ありがとうございます……あの、八坂さん、あれは……」
藤崎が指した方向、雲った表情のまましょんぼりとデスクワークをこなしている青星を見た八坂は目を細めながらため息をつき──
「俺らには救えないものだ……」
そう答えた。今日は随分と冷たい対応をとっているように見えた藤崎だったが、八坂は理由を続けて話してくれた。
さかのぼること昨晩、藤崎を家に送った八坂は、今日の出来事と事務所に戻った。その際、青星と偶然鉢合わせた八坂は藤崎家に連絡をしていなかった事を追及した。
すると、その他にも他の事件の調査報告書等、提出をしていない書類がある事が判明したそうだ。
このまま青星を帰すものかと八坂は考えていたが、青星が眉を下げて手を合わせた。
「きょ、今日はもうクタクタだからもう帰りたいなあ……」
「いや、でも報告書溜まってるのはまずいんじゃ……」
「なに、どうかした?」
二人の上司がわけを聞きに来てくれたので、八坂が説明をした。
「まあ、青星くんが持っていた証拠品のおかげで被疑者の特定をする事が出来たし、疲労がたまってるなら無理な残業は良くないよな。今日は帰ったらどうだ?」
「やったー!」
「但し、明日必ず来て報告書はまとめてくれ。仕事溜まってるのは本当なんだから」
両手で喜んだのもつかの間、明日の出勤を命じられる青星。
「……朝霞大隊長、私、明日は勤務日じゃ……」
「仕事をしていない君が悪い。事実、君の報告書がなくて困っている案件がいくつかあるしなぁ。例の小判塚医院の時の件も、そろそろ報告が回ってくるかなぁと思ったが……どうなんだ?」
朝霞と呼ばれた上司は、青星にそう尋ねる。
目は笑っているように見えたが、閉じたように見えた瞼の隙間から睨まれているような気がして、青星の身体は硬直した。
「八坂くん、折角だから明日は迎えに行ってやったらどうだ?」
「し、承知しました」
お前も出勤しろという事だろうと受け取った八坂は、朝霞の提案に賛同する事しか出来なかった。
「そんなこんなで、あの人は朝から頑張って報告書を作っているわけ」
「縄で縛られている理由は……」
「何度か脱走を図ったから。動きにくいよう縛ってる」
そこまでかと藤崎は考えたが、確かに何かと理由をつけてはすぐに外に出てしまいそうな青星が容易に想像することが出来てしまった。
「はぁ……大変なんですね……」
「少年、宿題をほっぽって遊びに行く癖は直して、計画的に動くようにしなよ……あぁなるから」
説明を聞いた藤崎には、自由に外に出れない青星の背中がなんとなく悲しそうに見えた。