第九節
公園に隣接する動物園へ向かう道までたどり着いた藤崎は、階段を駆け上がろうとした。上がっている途中で交差する坂の両端から見知らぬ男性が駆けてくる。
おそらく京島の仲間であろう彼らは、それぞれ鉄パイプを持って藤崎を止めようとしていた。
このまま挟み撃ちになることを恐れた藤崎は、交差する道を駆け抜けようとする。
「逃さねぇぞ!」
坂の上にいた男性が、そう叫びながら持っていた鉄の棒を藤崎めがけて投げた。
藤崎は思わず立ち止まってしまう。鉄パイプは目の前まで来ていた。最早避けることは出来そうになく、藤崎は両腕を伸ばし、鉄パイプを受け止めた。回りながら飛んでくるパイプを受け止めた。
「くたばれクソガキ!」
直後、下から駆け上がってきた男がそう叫びながら藤崎の顔めがけて鉄パイプを振りあげた。
藤崎はちょうど持っていた鉄パイプで男のパイプを防ぐ。暫時、腕全体に痺れが走ったが、男は続けて藤崎に鉄パイプを振る。
一回、二回と、防ぐたび、しびれが続く。
埒が明かない。そう思った藤崎は、持っていた鉄パイプを後ろにいる元の持ち主に投げ返した。
目の前の男は再び鉄パイプを大きく振る。藤崎がそれを避けると、背後にいた半グレの身体に当たり彼の膝を落とした。
当ててしまった不良がしまった動かなくなる。
その隙に藤崎は彼が持っていた鉄パイプを奪い取り、棒立ちの不良の腹部を突いた。
二人の不良がその場で倒れ込む。
藤崎もその場に座り込みそうになったが、追われている身である事を再度自覚し、足を動かした。
後から合流した不良達の止まれと呼ぶ怒号が、背中越しに聞こえてくる。無論、そう言われて止まるわけがなかった。
あともう少し。階段を駆け上がり、自転車に乗れば少しは逃げやすくなるだろう。
藤崎はそう考えながら、階段を一段飛ばしで走っていく。
あと、もう少し。あともう少しで──
しかし、階段を登り終えたと共に、彼の思惑はすべて潰されしまった。
駐輪場への道は、階段を登った先の分かれ道を右に行けば辿りつくはずだった。
しかしそこには不良達が先回りして待機していたそうで、彼らは藤崎を見つけるとすぐに駆け寄ってきた。
「いたぞ!あっちだ!」
「智成達、ガキ一人もひっとらえてねぇのか!」
そう叫びながら駆け出す。
立ち止まるわけにもいかず、藤崎はすぐに反対の道へ走った。自転車はもう諦める事にした。
走りながら、刀を具現化させようと手を伸ばす。しかしどう念じても刀が現れる事はなかった。
「何が、何が足りないんだ……?」
走りながら藤崎は考えようとするが、周囲を確認しながら考え事をするのは難しかった。
公園の出口が見えてくる。ひとまずは公園を出て、またその先にある交番まで駆け込もう。
そう思った矢先、藤崎は何かに足を引っかけた。
うわっ、と声を出して転ぶ。足元を見ると鎖が転がっていた。どこまでも続いてそうなその鎖の元を辿ろうとした時、藤崎を呼ぶ声がした。
「藤崎龍二!」
フルネームで呼ぶ声は公園の外から聞こえてきた。藤崎は鎖を見るのをやめ、立ち上がって公園の外へ出る。
路肩に一台のバン車が停まっていた。運転席にいる男性が藤崎に呼びかける。
「早く乗れ!」
後部座席のドアが開く。
男性が何者かわからないが、助けてくれているのだと判断した藤崎は、転がり込むように乗車した。
藤崎が乗ったと同時に車が発進する。
後から追ってきていた京島が公園を出た頃には、既に車は十メートル以上離れていた。
「追わないと……」
そう呟いた京島の肩に、仲間が手を置き宥める。
「諦めろ。アレはイビト隊だろうよ……下手に追うと俺達が捕まる」
「でも」
「焦るな。それに寺島の兄貴なら西荻窪で見つかった……死体でな」
仲間の言葉が京島の身体と思考を停止させた。
こちらを振り返り驚愕の表情を浮かべる京島に、別の仲間が説明を続ける。
「遺体はひどく火傷していたらしい……特に顔は元の人相を消す程にな。イビト隊の女が兄貴の私物を掘り当てたみたいで、それを当てたら本人だって事がわかったらしい」
「より詳しい鑑定をする為に公安に運ばれたらしいが……少なくともあのガキは関係なさそうだな」
仲間がそう言ったのを京島は聞き逃さなかった。
「何故わかるんですか」
「あのなぁ……現場は住宅街の近くだ。そんな場所で顔が分からないほどの火傷を負わせる事のできる人間が誰なのか、大体わかるだろ」
食ってかかる京島に仲間のうちの一人がため息をつきそう答える。
強い語気でそう言われた京島は、ようやく思考を取り戻し、心当たりのある人物を思い浮かべる。
「……魔女、ですか」
京島は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
周りにいた仲間も渋い顔で頷く。
「いくら俺たちでも、本物には勝てねぇってことだな……最近は多摩川に出没してるらしいからな。当分近寄らない方が良いらしいぜ」
仲間達はそう言って他の仲間のもとへ戻っていく。
京島は余った力の使い所が分からず、近くにあった木の杭を蹴った。
「それじゃあ、東雲を襲った寺島って男は龏信会に……」
藤崎もまた、事の顛末を教えてもらっていた。
「まぁ、そういうこと。なんで半グレ集団と龏信会に繋がりがあったのかはわからんが……まぁ、怪異人種がいる者同士、何かがあったんだろうよ」
運転している男が話す。赤信号で停車したと同時に、彼はバックミラーで後方を確認した。
「ひとまず、追ってきてはいなさそうだな……」
男はそう言い、後部座席にいる藤崎に顔を見せる。
「怪異人種犯罪対策組織の弥栄だ。改めてよろしく、藤崎少年」
「よろしくお願いします。俺は……いや、そっか。俺のこと、知ってるんですね」
「青星さんから話は聞いてたからなあ。それに、一応君のお母さんからも君の特徴を教えてもらっていたし」
八坂は前へ向き直りながらそう答え、青信号になったのを確認してからアクセルペダルに足の体重を少しずつかけた。
「君が見つけやすい子で良かったよ。まさか半グレから逃げているとは思わなかったけどな」
八坂はマジックミラー越しに藤崎の青い髪と緑色の瞳を見る。
「実は今日、君の家に行って色々とお話を聞こうと思ってたんだがな……青星さんから何か聞いてた?」
八坂の問いに藤崎は首を横に振る。八坂はだよなと呟き、大きく息を吐いた。
「怪異人種の事とかは聞いたか?」
「はい。それと、源川さんって人から龏信会とかについても」
「10 Ironに行ったのか……って、あのオッサン龏信会についても話しちゃったか……」
八坂は片手でハンドルを握りながら、もう片方の手を額に当てる。
「怖い集団なんですよね……」
「そんなレベルじゃねえな。正直そんじょそこらの不良集団よりもタチが悪い。奴等は自分達の理想を叶える為に動いてるからな。しかも、怪異人種を勧誘してるっていう話も聞く。少年も気をつけた方が……いや、少年はまだ覚醒しきってないんだっけか」
八坂に言われ、藤崎は下を向き、両手を見た。たしかに、藤崎は自由に刀を出す事が出来ない。いざと言うときに戦う事が出来ない一般人だった。
今はまだ。
「八坂さん、お願いがあります」
「どうしたん?寄るところがあるなら言ってくれよ」
「俺に戦い方を教えてください」
「あー……戦い方ね。うんうん…………なんだって?」
八坂は当惑したのか、変な声だけ上げた。
「今のままじゃまだ、京島や龏信会って奴が来ても東雲を守れない……だから」
「いや待て待て待て。話は聞くから一旦車を止めさせてくれ!!」
八坂はそう言って最寄りのコンビニに行った。