第七節
「怪異人種に関する話もたまに聞くなぁ」
源川がそうぼやいた言葉に、藤崎は反応した。
「怪異人種を知っているんですか?」
「知っているとも。常連客がアレだからなぁ」
源川は笑いながら答えていた。隣にいるテツも静かに頷いている。
アレ、とはおそらく青星のことだろう。確かに彼女はこの店によく来ているような様子だった。
「まぁアイツは勝手に上がり込んできているだけだがな。まぁ金をちゃんと落としてくれるから有難い客だ」
源川の訂正に藤崎は納得する。そして源川が話したい事もなんとなく察していた。
「話したい事っていうのは、怪異人種のことでしょうか?」
藤崎の問いに源川はご明察と答えながら頷いた。
「飛び出したくじらに説明の代理を頼まれたものでな」
源川はそう答えると、ズボンのポケットから手帳を取り出し、それを手元で広げた。
探していたページに指をはさみ、次に手帳の中裏表紙に挟んでいた数枚の写真を藤崎に見せるようにテーブルに置いた。
その写真には既に燃え尽きた建物の残骸が残っていた。
「これらの写真は一週間前に東大和市で撮影されたものだ」
源川は一枚の写真を指してそう言った。東大和市は東京都多摩地区の北部に位置する街というのは、藤崎でもわかっていた。
源川が指したその写真は、全貌を想像できるように、遠くから撮影された写真だった。その為、そこにあったであろう家屋は燃え崩れ、瓦礫となって地面の上に積まれていた。
家屋の先の景色に広がる森林からして、その場所は郊外の中でも更に山に近い場所なのだろうか。
「正確には東大和市の中でも北側の場所だ。十数分坂を登れば、多摩湖が拝める場所らしい」
指を挟んでいたページに戻り源川はそう答える。その答えに藤崎は納得した。
次の説明に移るため、源川はその写真に置いていた指を隣の写真に移す。
「焼け方はご覧の有様だ。木造の家だったようだが、酷く焦げている場所もある」
源川の言う通り、積まれた残骸の殆どが炭のように黒く染められていた。
藤崎は右手を口に当てながら二枚の写真を見比べ、源川がこの写真を見せた目的を考えた。これらがただの放火魔の話ならば、わざわざ話そうとは思うまい。
「これも怪異人種が起こした事件なんですね?」
藤崎は源川に確認すると、源川は鋭いなと返してから説明を続けた。
「君の想像通り、この事件は怪異人種が起こしたものだと言われている……あくまで推察だが、犯人に当てはある」
「でも捕まえられないんですね」
「厄介な連中だ。言わば超能力者を相手にするというわけだからな」
「連中?」
「あぁそうだ。怪異人種で徒党を組んでいる奴らもいる」
「わざわざ悪さをする為に、グループを組んでいるんですか?」
源川の言葉に藤崎は驚愕し聞き返した。源川は対照的に毅然とした表情で説明を続けた。
「何もおかしくない。力を持った人間に欲があれば、満たすために使うものだ。似た意識を持っていれば団結もする」
源川は淡々と説明を続ける。
「この事件を起こしたやつも、目的をもって集団行動している」
「集団に名前はあるんですか?」
「あぁ。あいつらはキョウシンカイと名乗っている」
答えた源川は胸ポケットに入れていたボールペンを手に取り、手帳に集団の名前を書いた。
キョウという字は龍にこまぬきの字を合わせて龏と書くらしい。シンは信じるという字で、カイはそのまま会と書くらしい。
龏信会。
それが怪異人種が集まる組織の名前だそうだ。
「君が怪異人種とバレれば、こういう人間と出会う事にもなるだろう。青星はそれを危惧しているわけだ」
「龏信会……」
源川の言葉に藤崎は納得していた。しかしこの話を聞いてしまった事で、藤崎にとっては元の日常に戻るだけではいかない意識が強く根付いてしまった。
無意識に顔が険しくなっていたそうで、表情を見た源川は藤崎に尋ねる。
「何か気にかかる事があるのか?」
尋ねられた藤崎は、源川に明かすべきかと一瞬悩んだが、ここまで説明をしてくれた人なら信用できるのではないかと考え、悩みを打ち明けた。
「確かに俺もイビトの力を使えますが、そのキッカケにある女の子がいたんです」
「女の子?」
聞き返した源川に藤崎は頷く。
一週間経った今でも鮮明に覚えていた藤崎は、源川とテツに初めて東雲と初めて出会った日や入院中の出来事を話した。
「その子を守るための力が欲しいって強く願っていたらいつの間にか自分の手元に刀があったんです」
「それが君の力?」
隣で静かに聞いていたテツが藤崎に尋ねた。藤崎が問いに頷いたのを確認すると、テツは質問を続けた。
「その子、どんな子?怪異人種なの?」
「怪異人種ではないのかな……ゲームとかは知らなかったみたいですけれど、普通の女の子だったと思います」
「親御さんは?」
「それがわからないんです。その子も親が何かのお偉いさんって事ぐらいしか知らないみたいで。見舞いに来た事もありませんでした」
源川はそれを聞いて小さく唸った。テツも片手を口に当てて考えているそうだ。
「これだけじゃ、よくわからないですよね……すみません」
藤崎は二人に与えた情報が曖昧だったと後悔し、謝罪した。源川とテツは笑みを浮かべる。
「気にしないで。こういうの、大事だから」
「そうだな。君の言った事が案外重要な情報かもしれないからな。つまり君は、その少女を守るために怪異人種になっても構わないと?」
源川の問いに強く頷く。
東雲の笑顔を守りたいという願いは、今も藤崎の心の中に残り続けていたから。
「イビトと呼ばれるようになっても、俺はあの子を守りたいんです」
「……強いね、君」
藤崎の決意を聞き、微笑みながらそう答えてくれたのはテツだった。源川も静かに頷いていた。
「それなら、君にもう一つ話そう」
源川はそう言って写真をもう一枚取り出した。
場所は先ほどの焼け跡地とは違う場所で撮られたもののようだった。先ほどとは違い、雑踏の中で撮られたもののようである。
写真の中心には、背の高い人物が写っていた。顔が見えないほどの大きなフードをかぶっており、誰だかわからない。
「コイツが放火魔の犯人と思われる人物だ。だが、いつも人込みに紛れ見失う」
「名前は?」
藤崎の問いに源川は一度首を横に振った。
「わからない。だがコイツが道具もなしに火を出したという目撃情報はある。魔法使いみたいな人間だから、赤の魔女なんて言われているらしい」
「赤の魔女……」
藤崎は異名を呟き、その写真をじっと見つめる事でその風貌と名前を覚えようとした。