~異世界の新たな領地で、水田開発に取り組みます⑥~
◇ ◇
「ヤマダユウの妹のミクと申します。スート子爵様のお母様に、お話を伺いたくて来たのですが‥‥。」
3人娘は、護衛役のヴォルフとゾラを伴って、スート子爵の館を訪れた。
「泉の水は、怪しい輩には使わせないぞよ!」
応接間にやって来たおばあさんは、とても小さくて、しわくちゃだった。
「あのう‥私達、泉の主のセレス様の期待に応えられる「郷造り」をしたいんです。なんでもいいですから、セレス様の事を教えてください。」
「な、何を言ってるんだい。お前達!」
ミクがセレスの名前を出したことに、老女は驚きの表情を見せた。
「セレス様は、あんなに不幸な過去があるのに、どうしてあんなに気高い主様になれたのか?私達、それを知ることが出来れば、セレスさまの期待に応えられると思うんです。」
リリィの言葉に老女は、小さな瞳を見開いた。
「な、なんで、お前達が知っているんだい?! セレス姉さまが生贄にされたことを!? それから「主様になった」っていうのは何のことだい!?」
主様が見せてくれた映像で泣いていた幼い娘は、この老女だったのだ。
スート子爵家の老女は、テレスと名乗った。
3人はその名前を聞いて驚いたが、リリィが目配せした。(セレス様が「心残り」と言っていたことは。少し黙っていよう。)と。
テレスは、静かに語り始めた。
「もう80年近く前の事じゃ。その頃領内には今のように井戸が無くて、泉から流れる小川だけが唯一の飲み水じゃった。それがある年、突然泉が枯れてしまった。神にもすがる思いだった時、領主に夢のお告げがあったのじゃ。「お前の娘を生贄に捧げよ」と。」
「そんな‥‥。」
「ひどい。」
リリィとミクが思わず嘆いた。テレスは頷いて、
「ああ、ひどい話じゃ。しかし、領主である父上は、領主の責と娘への想いを秤にかけて、領主の責を取るしかなかった。」
3人はテレスの話を真剣に聞いていた。
「しかし、問題が起きた。娘は2人いたのじゃ。美しく聡明で、心優しい姉のセレス。ちんちくりんで、きかん坊の妹のテレス。当然、周りの者は「妹を生贄に」と思っていたであろう。
しかし、妹の方は‥‥わしは怖かったのじゃ。怖くて、泣いて暴れて‥‥。それを見かねた姉さまが「私が行きます」と言ってくれたのじゃ。
皆、わしが‥妹のテレスが行けば良いのに、と思うたろうに‥‥。」
テレスは涙を流しながら語った。そして最後に、
「セレス姉さまも、さぞや、わしを恨んでいたと思うのじゃ‥‥ううっ‥ううlっ‥」
そう言って泣き崩れた。
「ばあちゃん。 そんなことないよ!」
ミクが声を上げた。
「そうです。セレス様は、おばあ様を恨んでなんか、いないと思います! 恨みを持った人が、あんなきれいな泉の、気高い主様になんて、なれないと思います!」
テレスの肩を抱いて、リリィが語り掛けた。
しばらく、考え込んでいたヴィーも、
「そうなのです。セレス様は、きっとみんなを守りたかったのです。妹も‥家族も、領内のたくさんの人達も‥‥みんな守りたかったのです。その強い思いが地精霊に届いて‥その魂が主様になったと思うです。」
「そうよ! このヴィーはね、そういうものの専門家なんだから! 伊達にダークエルフやってる訳じゃないのよ!」
ミクが鼻息荒く主張する。
「お前達‥‥ありがとう。しかし、セレス姉様は、わしを許さないはずじゃ‥‥。それでいいのじゃ。」
「そんな‥‥そんなことないよ!」
「そんなこと言わないで下さい!」
3人はテレスを囲んで、抱き合って泣いた。
帰り際、3人が子爵家を出ようとした時に、品の良い中年の女性に声をかけられた。
「離縁して実家に身を寄せていますが、先日までゲランの妻でありましたリタと申します。」
3人は子爵家の門のところで、リタの話を聞いた。
・母のテレスは、姉に気兼ねしてこれまでの人生を過ごして来た。
・領地のために常に厳しく、嫌われ役を買って出るようなところがあった。
・もう先が長くないかもしれないが、最後に心が休まるような思いをさせてやりたい。
と、そんな話だった。
そして別れ際に3人に深々と頭を下げた。
◇
「そうか、‥‥そんなことがあったのか。」
僕は、スート子爵の館から戻った3人娘に話を聞いた。
「それで、ミク達はどうしたいんだ?」
3人は顔を見合わせると、大きくうなずき合ってから、ミクが切り出した。
「私達、農地開発「郷づくり」も大事だけど‥‥セレス様の「心残り」をなんとかしてあげたい‥‥」
ヴィーとリリィが大きくうなずく。
「頑張る! セレス様の期待に応える郷づくりで、伯爵領を豊かにして、セレス様とばあちゃんの心残りも解決して、みんなを幸せにする。そんな郷造りをしたい!」
「ずいぶんと大きく出たじゃないか、ミク。」
僕がにらむように見つめると、ミクは唇を噛んでから、
「決めたの! やらなくちゃいけないの! 頑張らなくちゃいけないのよ!!」
まるで自分に言い聞かせるように大きな声を上げた。
「そうなのです! だからユウ様も、力を貸してくださいです!」
「私達も精一杯、頑張りますから!」
ヴィーとリリィも続いた。
「よし! やろう! じゃあ、まずは郷のイメージを固めよう。セレス様の期待に応えるには、どんな郷にしたいんだ?」
「あのね、きれいな郷にするのは、もちろんなんだけど‥‥」
郷づくりの構想を語る3人は、決意に満ちつつも、希望に溢れた顔をしていた。
僕は3人の顔を見ながら、この仕事を必ず成功させようと誓った。