~異世界の新たな領地で、水田開発に取り組みます⑤~
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先日僕は、ゲラン伯爵領に隣接する領地を持つスート子爵家を訪れた。目的は、セレスの泉を水源として使用することの確認を取るためだ。
スート子爵家の館に行くと、意外なほどに僕を歓迎してくれた。
「爆炎の大魔導士」「悪魔のような男」という前評判だった男が、領主代行として伯爵領に乗り込んできたが、ゲラン伯爵家は取り潰したものの、処罰したのは伯爵本人だけだったり、領民に優しかったりという評判が、お隣にも聞こえて来ていたのだ。
スート子爵家では、初老の紳士・スート子爵ご本人が僕を出迎えてくれた。ゲラン伯爵夫人は自分の妹に当たるそうだ。夫人も伯爵の息子のワグルも、伯爵の「蛮行」は非難している、ということだ。
指し障りのない挨拶を交わした後、僕が今日の本題である「セレスの泉から流れる小川の水を使いたい」という話をすると、
「昔は唯一の水源だったようですが、今は領内に井戸が沢山あります。私はいっこうに構わないのですが‥‥、私の母が、セレスの泉に強い思い入れを持っておりますので、なんと言うか分かりません。」
スート子爵が困ったような顔をした。この顔の理由は、直ぐに分かった。
「ならん! そんな怪しい輩に、セレスの泉を使わせてはならん!!」
応接室にやって来たスート子爵の母親は、しわくちゃで小さなお婆さんだったが、物凄い迫力で僕らを一喝したのだ。
一緒に付いて来たゲラン伯爵の息子ワグルは、僕とお婆さんの間を「取り持ってやろう」と思っていたらしいが、とてもそんな状況ではなかった。
ばつが悪そうにしているワグルの隣で僕に深々と頭を下げる女性がいた。おそらくゲラン伯爵夫人だろう。僕は言葉が見つからず頭を下げるしかなかった。
僕はその日は退散することにして、情報収集しつつ、対策を練ることにしたのだ。
◇
「そんなにきれいな泉なら、私も行ってみたい。」
というミクの言葉を受けて、先日のメンバーにゾラとミクを加えた6人で、セレスの泉へ向かった。
僕らはバイクで、ゾラとミクは馬で向かったのだが、
「馬もいいけど、ゾラ君にもバイクが欲しいなぁ。ねぇお兄ちゃん、この仕事がうまくいったら、ご褒美に、ゾラ君にバイクを買ってよ!」
ミクにおねだりされたが、その隣でゾラは、
「ちょっとミク、駄目だよ! ユウ様、結構ですから‥‥」と恐縮している。
「うーん、ガソリンを買って来るのが大変なんだよなぁ。電動バイクでもいいか?」
「もちろん! でもその時には、ソーラーシステムに繋ぐ充電アダプターもお願いね!」
「分った。仕事の方はよろしくな!」
「はい! がんばりまーす♡」
ミクには、この頃頑張ってもらっているし、そろそろ何かご褒美をあげようと思っていたから丁度いい。それに現世日本からガソリンを買ってくるのが大変なので、電化は課題だと思っていた。先行的に試行してみよう。
◇
「うわーっ! キレイな水! これがセレスの泉なのね。」
大はしゃぎのミクを横目に、ヴィーは、少し深刻な顔をしていた。
「ヴィー、どうしたんだ。何か心配事があるのか?」
「ユウ様が、子爵家のおばあちゃんに怒られたっていうのが気になるです。お年寄りが大切にしている土地には、何か「言われ」があることが多いのです。泉の主様に聞いてみようと思うです。」
「ちょっとヴィー、また裸になるの?」
リリィが慌てた。
「一度「お話しできた」から、裸で浸からなくてもダイジョブなのです。リリィ、ミク、来てください。一緒に「お話を聞く」ですよ。」
ヴィーは、リリィとミクを呼ぶと、靴を脱ぐように促した。そして二人と手を繋いだ。
「リリィとミクは、私と「繋がれる」です。運河完成式の夜みたいに、3人の心を寄せるです。いいですか?」
「うん、やってみる。」
ヴィーを真ん中に、リリィとミクが手を繋いだ。そして池の縁に腰かけて泉に足を入れた。
「キャッ! 冷たーい!」
「じゃあ、眼をつぶるです。そして、私に心を寄せるです。」
リリィとミクは、言われた通りにヴィーに心を寄せていく。
多くの水精を呼び寄せることが出来た、あの夜の様に‥‥。
「泉の主様、教えて下さいです。この泉の事を、教えて下さいです。」
ヴィーが発する言葉が、リリィとミクの頭の中に、こだまのように響いていく。
するとリリィとミクは、まるでヴィーに吸い込まれていくような感覚になった。
すると空から降ってくるように、澄んだ声が聞こえて来た。
『‥娘よ‥ダークエルフの娘よ‥‥私はセレス‥この泉の主です。』
「主様?! ‥セレス様っていうですか。教えて下さいです。この泉で何があったですか? この泉であったことを教えて下さいです。」
ヴィーの問いに、
『よろしい。見せましょう。』
その声を聞いた次の瞬間、3人は空を飛んでいるような感覚を覚えた。
そして、その感覚そのままに、3人はどこかの景色を見下ろしている。
「ここはどこ? 私達、空を飛んでいるの!?」
ミクがヴィーに尋ねる。
「飛んでるわけじゃないのです。主様が「見せてくれている」だけですよ。」
見下ろす景色はセピア色で何か不思議な感じだが、良く見てみるとセレスの泉を上から見ていることが分かった。しかし、少し様子がおかしい。
水が僅かしかないのだ。豊かな水をたたえた池なのに、池の底に少ししか水が無いのだ。
そして何やら、ざわめきが聞こえて来た。
◇
「おい、今年は一体どうしたんだ。 この泉が枯れるなんて! 今まで一度も枯れたことのないこの泉が!」
「きっと神様がお怒りなのだ! 何とかして神様のお怒りを鎮めなければ‥‥俺達が干上がっちまう!」
突然、場面が変わった。どこかの貴族の屋敷のようだ。
「なぜ!? なぜ、うちの娘が生贄にならなくちゃいけないの!?」
娘を抱きかかえて、母親と思われる女性が泣き叫んでいる。
「なんで、なんでうちのセレスが!!」
抱きかかえられている娘は、12、3歳に見える。美しい娘だ。
その母親のそばで、妹と思われる幼い娘も泣いていた。
再び、場面が変わってセレスの泉に戻った。
今度は、泉は完全に干上がってしまっている。その泉の底で、集まった男達が穴を掘っている。
深い、深い、穴だった。
「ねえさまーっ! ねえさまーっ!」
幼い娘が泣き叫ぶ声が聞こえる。
先程の映像で母親の側で泣いていた妹の方だ。
「ねえさまーっ! セレスねえさまーっ!」
男達が穴を埋めている。皆、無言で下を向いて、もくもくと穴を埋めている。
「ねえさまーっ! セレスねえさまーっ!」
映像はここで終わり、闇の中で先程の澄んだ声が響いた。
『私は、セレス。この泉の主‥‥私はこの泉を守り続ける。しかし、私には心残りがある‥‥テレスを‥‥テレスを‥‥』
◇
「おい! みんな、大丈夫か!?」
ヴィーと手を繋いだまま、3人は池の縁に倒れていた。
「ヴィー! ミク! リリィ!」
声をかけると、意識はあるようだ。
「‥う、うーん‥」
リリィが先に目を覚ました。リリィは目を開けると同時に、大粒の涙をポロポロこぼして、掌で顔を覆った。
それに次いでヴィーとミクも目を覚ますと、やはり涙をこぼし、お互いの顔を見合わせると3人で抱き合って泣いた。
「とっても悲しい、とってもつらい過去が、この泉にはあるのね。‥‥私達、どうしたらいいんだろう。」
ミクが、ため息をつきながら呟いた。
すると、しばらく考え込んでいたリリィが、
「でも、こんなに辛くて悲しい過去があったのに、泉の主様‥‥セレス様は、何ていうか‥‥恐ろしい感じじゃないわよね?」
その言葉にヴィーも、
「そうなのです。強い恨みを持った魂は闇に向かうはずなのです。気高い魂を持っていないと、こんなきれいな泉の主様には、なれないのです。」
「そうよね、この前もヴィーに「私の目に適えば、水だけでなく精も分けてくれる」って言ってくれたのよね。」
リリィの言葉にヴィーが頷く。
「‥‥でも、最後に言ってた「心残りのテレス」って何だろう?」
「さあ‥?」
首を傾げる3人だが、ミクが、
「お兄ちゃんが怒られた「隣の領地のおばあちゃん」が何か知ってそうだし、話を聞きに行ってみようか?」
3人は大きく頷き合った。