~異世界の新たな領地で、水田開発に取り組みます④~
◇
「なによ! お揃いのカッコでお出かけなんかして! リア充どもめ! 私の愛しのゾラ君を連れて行っちゃったくせに! あたしに用? 帰れ! リア充爆発しろ! うわーん!」
僕らは、ウルド直売所に来てミクに声をかけたのだが、取り付く島もない。
「やっぱり、怒ってるのです。」
「私達ばかり楽しんでいて、ミクに申し訳なかったわね。」
ヴィーとリリィが、顔を見合わせてしょげている。
そんな2人を横目に僕は、
「ミク、ゲラン伯爵領を立て直す施策を思いついたんだ。その仕事は、ミクにも手伝ってもらいたいんだ。準備を済ませたら、伯爵領に来てくれ!」
「うわーん! リア充爆発‥‥えっ?」
僕の話を聞くと、ミクの泣き声が止まった。
「えっ? 私も伯爵領に行っていいの?」
「来てくれ。公爵様にも、ちゃんと説明しておくよ。伯爵領で「土地改良事業」をやりたいんだ。ウルドに創り出せなかった「水田地帯」を創りたいんだ。」
僕の話を聞き終えるとミクは、
「キャーッ!! ゾラ君待っててね! 私も行くからねーっ!」
両手を上げて大騒ぎしていた。
「奥様方、新作ケーキをご馳走します。」
「あ、ありがとう。」
「ありがと‥なのです。」
場所を直売所の会議室に移したが、先程までと打って変わったミクの態度に、ヴィーとリリィも戸惑っている。
「私のこだわりが詰まった苺のタルトです。」
「キャー! 美味しそうっ!」
ヴィーとリリィがケーキに夢中になっている隣で、僕はミクと相談を始めた。
「ミク、大学は農学部だったよな。土地改良事業「水田開発」って出来そう?」
「うーん‥‥「理論は知ってる」って感じかな。あと水稲栽培は実習で少しやらされたから、イメージは出来るけど‥‥。」
首を傾げて思い出しているような表情のミクに、
「それで上等だよ。必要なテキストとか思い付いたら言ってくれ。向こうで手に入れてくるから。でも、その前に大事な仕事があるんだ。」
「なによ?」
身を乗り出してくるミクに、
「領内で水田開発を進める前に、まず領民達に「お米の魅力」「ご飯の魅力」を伝えるイベントをやりたいんだ。」
それを聞いたミクが「にかっ」と笑った。
「面白そうじゃない! 私とウルド直売所に、まっかせなさーい!」
◇ ◇
「カーン、領主代行のヤマダユウは、何を企んでいるんだ。」
「それが‥、何かの準備をしている様なのですが、何やら意味不明な事ばかりで‥‥よく分かりません。」
ゲラン伯爵には息子がいて、名をワグルという。
ゲラン伯爵家が取り潰されたため、ワグルは伯爵家の隣に領地を持つ母方の実家、スート子爵家に母と共に身を寄せていた。
しかし元伯爵領の情勢が気になるため、時折、領主代行のヤマダユウの動向について、伯爵領でユウの執事を務めるカーンに報告させていたのだ。
「しかし、領主代行も公爵家も、お人好し揃いのようだな。お前をはじめ、前領主の側近や使用人をそのまま雇い入れるなど‥‥。俺なら領主と一緒に首をはねているところだ。‥‥おっと、その場合には、俺も首をはねられるのだがな。」
執事のカーンは少しの沈黙の後、言いにくそうに口を開いた。
「ワグル様、あなた様は伯爵様より先を見て、領内のことを考えていらっしゃいました。しかしそれも、いかに領民を「生かさず殺さず、税を取れるか」、というお考えによるものでした。しかし、今度の領主代行・ヤマダユウ様は、根本的に考えが違うようです。」
「なにぃ‥‥どう違うというのだ。言ってみよ。」
ワグルは、カーンを睨みつけた。
カーンは、ため息をついてから、
「ご自分でご確認された方がよいかと‥‥。」
「貴様! 私のいう事が聞けんのか!?」
声を荒げるワグルに、
「ご自分で先程おっしゃいました。あなた様は、本来、首をはねられていた立場で、現在は子爵家に居候の身です。かく言う私も、ヤマダユウ様に拾われた身ですが‥‥」
諭すように言ったが、
「貴様、私を裏切るのか?」と息巻いている。
「今、あなた様は、スート子爵家の居候の身です。あなた様がこれから身を立てるには、まずはスート子爵家での立場を固めることが大事ではないかと‥‥。」
「貴様、私に説教するのか?!」
カーンは、小さくため息をついた後で、
「私が思うにヤマダユウ様は、ゲラン伯爵領のこれまでの体制を出来るだけ活かして、領地の運営を考えているかと‥。今回のファーレ侵攻の首謀者・ゲラン伯爵様ご本人以外は、領内の体制をそのまま使おうとしている様に見えます。」
「だから何だというのだ! 俺は次期領主のはずだったのに‥‥バカな親父のせいで‥‥」
カーンは、ワグルに黙って一礼した。
(だから今は、時を待ちなさいと言っておるのです。その間にスート子爵家で足場を固めなさいと。ヤマダユウ様なら、前領主の息子であっても、使える人材だと思えば使うでしょうから。)
「カーン、待て! 話は終わっておらん!」
大声を上げるワグルに背を向けて、カーンはスート子爵家を後にした。
「くそう、カーンの奴め。しかし‥‥、確かに今の俺に出来ることと言ったら、この子爵家での足場固めくらいか?
確か母上の実母「ばあ様」は、領の内政への影響力が大きいと聞く。‥その辺りに取り入ってみるか。」
ワグルは、「ばあ様」のいる離れの屋敷に行ってみることにした。
◇ ◇
「ユウ様、お帰りなさいです。」
「ヴィー、ヴォルフと使用人達を呼んでくれ、荷物が沢山あるんだ。」
僕は伯爵領の城・領主の執務室に現世日本から大量の米や調理器具を持ち込んで、それを城の倉庫へと運んでもらった。
現世と異世界間を行き来できる僕の能力「トラベラー」は、扉を使って「○こでもドア」のように異世界と現世を繋げることが出来る。
ただし、はっきりとイメージ出来る場所でなければ異世界間を繋げることは出来ず、また、月の魔力が強くなる満月の前後1日、計3日間しか使うことが出来ない。
「疲れたーっ!」
僕はへとへとになってソファーに座り込んだ。
異世界間移動なんてすごいことが出来る割には、米袋を1袋ずつ担いでの肉体労働だ。今回は米300㎏や釜などの道具を買って来たのだ。
「お疲れ様なのです。」
ヴィーが隣に座り、膝の上に手を広げて「どうぞ」と言ってくれたので、僕はヴィーの膝枕で一休みしていた。
「お兄ちゃん、お米買って来てくれたーっ?」
そこへミクが尋ねて来た。
ヴィーに膝枕されている僕を見て、
「仲良きことは、良き事です。」とニマニマしている。
ミクは先日、伯爵領にやって来て、いつでもゾラ君に会えるので、気持ちに余裕が出来ているらしい。
僕は起き上がって、
「メニューの方は出来たのか?」と聞いてみると、
「ふっふっふ、みんなお米の虜にして見せるわ!」
自信たっぷりだ。
「ミク、それからもう一つ頼みがあるんだ。これはヴィーとリリィと3人でやってもらいたいことなんだけど‥‥。」
「そのメンバー、運河完成式典のユニットだよね、なあに?」
「おばあちゃんを一人、口説き落として欲しいんだ。」
「へっ?」
ミクが驚いて妙な声を上げた。