~異世界の新たな領地で、水田開発に取り組みます③~
◇ ◇
「ヴォルフ、ツーリングに行かないか?」
「えっ? 何ですか、それ?」
元ゲラン伯爵領、城の物置に間借りしたガレージで、バイクの手入れをしている時に、僕はヴォルフに声をかけた。
「お互いのバイクにヴィーとリリィを乗せて、ちょっとした旅に出るんだ。この領地を回って課題確認をしてから、その後でウルドに仕事の依頼に行くんだ。」
「良いですね。リリィもヴィーも喜ぶでしょう。」
◇
ドドド、
旅支度を済ませた僕らは、ゲラン伯爵領内を把握するため、2台のバイクで出かけた。
僕とヴォルフは、ジーンズにライダースジャケット、リリィはぴったり目のレザーパンツ、ヴィーはショートパンツにニーソックス、2人にもおそろいのライダースジャケットを用意した。
ゲラン伯爵は、ある程度は領地運営の事も考えていたようで、街道整備はそれなりに済ませてあるようだ。整備状況も道すがら確認していこう。
僕が領内を回って確認するのは、「地域資源」探しのためだ。
領内で地域振興を進めていくにあたっては、元々地域に存在する良いものを取り込んでいくことで、違和感や反発を抑えた開発を進めていきたい、と考えていたのだ。
伯爵領は、西部の平野部がファーレン公爵領と面しており、今は荒れ地が多いが広大な農地となっている。東部は丘陵地の森を経て山地となっている。
僕らは荒れ地となってしまっている農地を横目で見ながら、丘陵地へ向かった。目的は「泉」だ。
この領地には「セレスの泉」と呼ばれる大きな湧水の泉がある。それを水源とする小川の水を農業用水の水源として使いたいと思っていたのだ。
◇
「うわぁ、きれいな水ですね!」
「こんなきれいな泉は、見たことがないのです!」
セレスの泉は、山のふもとの丘陵地にあり、山に降った雨が伏流水となって湧き出しているらしい。大量の水が湧き出して大きな池が出来ており、その池がセレスの泉と呼ばれていた。
キレイな水なので飲んでみると、とても美味しい。澄んだ水は光の加減だろうか、エメラルドグリーンに見える。水草が揺らめき、小魚が沢山泳いでいた。この泉を水源にして小川が流れ出している。
流量も豊富だ。農業用水としても申し分ないだろう。
ヴィーとリリィは、靴を脱いでパシャパシャ足で水面を叩いたり、顔を洗ったりして気持ちよさそうだ。
「これなら、僕が考えている農地開発の水源として申し分ないね!」
パシャン‥
風も無いのに水面が弾けた。
何かに気付いた様子のヴィーが、僕に確認してきた。
「ユウ様、この泉を何かに使いたいですか?」
「この泉を水源とする小川の流れを変えて、農業用水路を造るんだ。そうすれば、ウルドでも出来なかった大規模な‥‥」
バシャ‥バシャ
ユウの言葉に反応するように、泉の水面がざわめき始めた。
それに気が付いたヴィーが心配顔で、
「ユウ様。こんなきれいな泉には、運河に来てもらった「水精」よりも、もっと力の強い「主」がいるはずなのです。そして「水域」というのは‥‥人が簡単に形を変えてはいけないのです。」
そこまで言うと、いきなり服を脱ぎ始めた。
「ちょ、ちょっとヴィー! 何してるの!?」
ポロシャツをまくり上げて脱ごうとしているヴィーに、駆け寄ったリリィが服の裾を押さえた。
「ちょっと「泉の主」さまと、お話をするために、泉に入ってみるですよ。」
あっけらかんとした表情のヴィーに、
「だからって、いきなり脱ぎ始めたらダメでしょう! ヴォルフ! あっち向いてて!」
「お、おう。」
ヴォルフが、後ろを向いてくれたが、僕は良いらしい。夫だからな。
「泉に入ってみるのか?」
「ハイです。」
脱いだ服をリリィに渡しながら裸になっていく。
きれいな泉にヴィーの裸身がとても美しく映えていて、僕は「危険はないのか?」という言葉を思わずのみ込んでしまった。
パシャ、
ヴィーが泉に入って行く。
泉の中をゆっくり泳ぐヴィーは、小麦色の肌がエメラルドグリーンの池に映えて、とてもきれいで、つい見入ってしまっていた。
リリィが小さくため息を付きながら、
「やっぱりキレイですね。特に自然の中にいる時のヴィーは‥‥。舞姫・シリアさんの言う通り、精霊から愛されていると思います。」
ヴィーは、ゆっくりと背泳ぎをしながら歌を歌っているように見える。
それを小鳥が囀りながら追いかけている。気が付いたヴィーが、腕を上げて細い指を伸ばすと、そこに小鳥が止まった。小鳥は囀り、まるでヴィーとおしゃべりするかの様にした後、飛び立っていった。
ヴィーは少し泳いでから、浅瀬で立ち上がり、こちらに向かって歩いてきた。
リリィがタオルを広げて駆け寄ると、ヴィーはよろけながらリリィに抱かれた。
「ヴィー! どうしたの。 大丈夫?」
「ダイジョブなのです。気持ちよかったけど、チョット水が冷たかったのです‥‥」
「冷た‥‥大変! こんなに冷えきって! ヴォルフお願い! 火を焚いて!」
薪を囲んで、僕はタオルにくるまれたヴィーを抱いていた。僕が背中から、焚火が前からヴィーを温める格好だ。
「あったかいのです。」
ヴィーは、僕にもたれて微笑んでいる。
「ヴィー、泉の主と話は出来たのか?」
「ハイです。泉の主様に、ユウ様のお考えを「歌にして」お届けしたら、お返事をくれたです。」
「何て言われたんだ?」
僕が聞くと、
「それが‥‥」
ヴィーは、少し言いにくそうにしている。
「ヴィー、そのままお伝えすれば良いのよ。」
リリィに促されて、ヴィーはおずおずと語りはじめた。
「「お前達が‥私の目に適う、この地を豊かにする水の使い方をしたなら、水だけでなく「精」も分けてあげましょう。しかし、私の目に適わなければ、水は届かないと思いなさい。」って、そう言われたです。」
「なるほど、気に入ってもらえれば、水だけでなく豊かな恵みも約束されそうだ。しかし、気に入らなければ水は届かない。ということか‥‥。」
「でも、どうすれば泉の主様の目に適うかなんて、解らないですよね?」
リリィが心配そうにつぶやく。
うん、うん、と僕が同意するが、ヴィーは、
「簡単なのです。人が自分達の事ばかりではなく、全ての命に対して、住みやすい郷を作れば良いのです。」
「ええっ? そう言われてもなぁ‥‥。」
僕が首を傾げると、
「ウルドでもファーレでも、地精霊も水精も居ついてくれたですよ。今度はもう少し工夫すれば良いだけです。」
ヴィーが微笑んでいるので、出来そうな気がして来た。
ヴィーの体が温まってから、僕らはセレスの泉から流れる小川の状況を確認した。小川はそれほど延長が長くはないが、お隣・スート子爵の領地の中を少し流れてから、川に合流していた。これなら隣の領地との調整も難しくなさそうだ。
「じゃあ、次はウルドに行こうか。ミクに頼みたいことがあるんだ。」
「えっ、私達がミクの所に行くんですか?」
「このまま、行くですか?」
リリィとヴィーが同じような反応をして顔を見合わせている。
「私達、ミクとは、顔を合わせづらいです。」
「えっ? なんで?」
「行けば分かるのです‥‥」
気が重そうな二人を乗せて、僕とヴォルフは、ウルドへ向かってバイクを走らせた。