~異世界の新たな領地で、水田開発に取り組みます①~
◇ ◇
「ユウ。しばらくの間、元・ゲラン伯爵領に行ってくれんか?領主代行を務めて欲しいのだ。」
公爵に呼び出されて城の公爵執務室に入ると、そこにはアヴェーラ公爵とロメル殿下が待っていた。
「ゲラン伯爵領では広大な農地を活かした農業が盛んだったのだが、最近はウルドの良質な農産物に押されて離農してしまう農民が多かったようだ。 果てには我が領地に密入領して来る者が多いと聞く。 スラム街に流れ込んで、お前が面倒を見た者がおるかもしれん。 そして此度は領主を失った。
そんな伯爵領の立て直しを、お前にやってもらいたいのだ。‥‥詳しくはロメルから聞け。」
そこまで言うとアヴェーラ公爵は、小さくため息をついた。
( ‥? どうしたのだろう。公爵は元気がないな。)
「では私から説明しよう。ユウには、元・ゲラン伯爵領の復興を領主代行として、現地で指揮してもらいたい。向こうに行けば分かるが、耕作されなくなった農地の荒れ方が酷いそうだ。そして、もう一つの大きな問題がある。
ゲラン伯爵の統治下では税率も高く、不満が多かったようで、領民はファーレン公爵領への組み入れを大歓迎しているそうなんだ。」
「へえっ?」
僕はロメルの説明の途中で、変な声を出してしまった。
「すいません殿下、つい‥。大きな問題があるっておっしゃいましたけど、すごくいい感じじゃないですか?」
「ユウ、話は最後まで聞いてくれ。領民は、公爵領への組み入れに大歓迎なんだ。君が作り上げたウルドの先進的な農地や、商業経営を見越した営農は、伯爵領の農民からは垂涎の的だったようだ。
そして、近隣で最も大きな街だったファーレを、君がさらに美しく、魅力的な街にしてくれた。とにかくみんな、「ファーレに住みたい、ウルドに住みたい。」って言っているらしいのだ。」
「えっ? じゃあ、元伯爵領に残りたいっていう領民は‥‥?」
「それが‥‥、ほとんどいないらしいんだ。」
「それは‥‥大きな問題ですね。」
僕が領主代行の話を聞いた時に、一番問題になるだろうと思ったのは領民の反発だ。領主が入れ替わって、今までと違うやり方を進めようとする事に強い反発があるだろうと思っていた。
その予想とは、全く逆だというのだ。
しかし、これはこれでかなり難しい課題だ。
僕は、地域づくり・地域振興を進めていくには、大切な核心があると思っている。それは「シビックプライド」だ。郷土愛・地域愛と解釈してもいい。
「この街を自慢できるような街にしたい。」「この地域をもっと良くしたい。」という気持ちが住民の中にある事が、地域づくりを進めていく上で、大切なコアになるものだと思っているのだ。
(領民のほとんどが「出ていきたい」「引っ越したい。」と思っている領地の復興か‥‥。なかなか大変そうだな。)
僕は少し考えてから、
「大仕事になりそうなので、信頼できるメンバーを連れて行きたいのですが‥‥」
言いかけたところで、それまで黙っていた公爵が、
「やはり、そうなるか‥‥。」
そう呟くと、大きなため息をついてから、
「入ってまいれ!」と声をあげた。
公爵の執務室のドアが開けられると、ヴォルフとリリィが入って来た。やや遅れてヴィーがおずおずと入って来た。
「このメンバーに加えて、騒乱防止も考慮して、お前の騎士団を連れて行け。」
そこまで言い終えた後で、アヴェーラはため息をつきながら、ヴィーとリリィの元に歩み寄った。
「お前達が、結婚してからも後宮の敷地内に住む様に仕向けたり、後宮で働き続けるようにと、いろいろ手を回したのに‥‥。」
(確かにヴォルフとリリィの新居を探そうとしたら、急に敷地内の宿舎に空きが出たり、不自然なことがあったなあ。)
僕が考えていると、
「うう‥‥、嫁に出す娘が、いよいよ家を出て行ってしまうような気分だ。」
わざとらしく涙を拭くような仕草をするアヴェーラを、ヴィーとリリィがなだめている。
「ありがとうございます公爵様。ウルド領の初期メンバーは、僕の起源というか‥力の源です。このメンバーなら、何でも出来そうな気がします。
あ、でも僕の騎士団を連れて行くなら、ゾラ君が来ることになるから、ミクも連れて行こうかなぁ。」
僕の言葉にアヴェーラは、
「貴様、少しは遠慮というものを考えろよ。」
憮然とした表情で僕を睨んでいた。
◇
「このメンバーで仕事をするのは、久しぶりだね。」
城の敷地内にある僕の宿舎で、僕らは伯爵領出張のための荷物をまとめていた。
「賑やかな後宮を出るのは、ちょっと淋しいのです。でも、前みたいに4人で暮らすのは‥‥楽しみなのです。」
「あのね、ヴィー。前とはちょっと違うのよ。私達、2組とも‥‥夫婦なんだから。」
「そ、そうなのです。ふ、夫婦なのでした。」
ヴィーとリリィは、二人とも自分の言葉を噛みしめてニマニマしている。
「おい、遊びに行くんじゃないんだぞ。」
ヴォルフに声を掛けられると、
「そんなこと分かってます。」 「分ってるのです。」
二人とも唇を尖らせながら荷造りを進めている。
「まあ、気楽に考えるくらいで、ちょうどいいかもよ。」
僕も出来るだけ今回の案件は気軽に考えることにしていた。重く考えるとキリがないからだ。
しかし、元・ゲラン伯爵領で僕らを待っていたのは、予想もしなかった出迎えだったのだ。
◇ ◇
「領主代行を務められる「爆炎の大魔導士」ヤマダユウ男爵御一行様。ようこそいらっしゃいました。」
ゲラン伯爵の城を訪れた僕らは、城内全員の平伏によって迎えられた。
「ああ‥‥。」 と、心当たりがありそうに顔を見合わせるヴォルフとリリィに、
「どうしちゃったですか?」と、驚くヴィーだった。
僕らは、ゲラン伯爵が使っていた豪華な居室を、そのまま居抜きで使わせてもらうことになった。
執事、使用人やメイドも、そのまま雇い入れることにしたのだが、皆、僕らに腫れ物に触るように接してくる。
「居心地が悪いのです。何か、私達‥怖がられているみたいなのです。」
不思議そうな顔をするヴィーに、
「あのね、ヴィー。‥‥あれを見て。」
リリィが窓から見える焼け落ちた尖塔を指さした。
「‥‥ヒドイのです!大火事があったですか?」
「ユウ様が「爆炎魔法」でやったのよ‥‥。」
それを聞いてヴィーが、
「ええっ!? ユウ様! 爆炎魔法なんて使えたですか? スゴイのです!」
目を丸くして驚いている。
「ちょっと待て、ヴィー、こっちへ来なさい。」
使用人やメイドを人払いした部屋で、ヴィーに「爆炎魔法」のカラクリを説明してから、僕らは話し合いをした。
「さて、今後どうしようか? このまま怖がられたままでも、居心地が悪いかな?」
「でも、身の安全を考えれば、恐れられるくらいで、いいかも知れませんよ。」
僕の問いにヴォルフは慎重な意見だが、リリィは、
「でも、ユウ様のこれからのお仕事を考えれば、ウルドでやったように、領民の中に入って行くようにしたほうが、うまくいくのではないですか?」
「私も、お城や領地の人達と一緒に働きたいです。怖がられたままなのは、困るのです。」
ヴィーもリリィに同意している。
「じゃあ、今後は柔和路線で行くことを意識しようか。」
そんな話をした時だった。
「また、魔物が現れたのか!?」
「だから、森には出来るだけ入るなと言っただろう!」
城の中が突然、騒がしくなってきた。
「どうしたんだい?」
あたふたしているメイドに、僕が聞いてみると、
「最近、森に「黒牙狼?」っていう狼の魔物が住み着いちゃって‥、今日も近くの森に出たらしいんです。何人かが森に入っていましたが、まだ帰ってこない人がいるって‥‥。」
それを聞いて僕らは顔を見合わせた。
「この前の戦いで、‥‥魔獣使いを倒して、制御不能にしたヤツの生き残りかなあ。」
「たぶん、そうだと思います。」
どうやら、僕らが後始末をした方が良い案件のようだ。
「よし。僕らが対応するから、場所を案内してくれ。」