~異世界でいろいろありましたが、結婚しました。①~
◇ ◇
カラーン、カラーン
今日は朝から教会の鐘が何度も鳴っている。催事や祝い事の合図の鐘だ。
また、運河を行きかう運河ギルドの全てのゴンドラ船に花が飾ってある。
「今日は、何かお祝いがあるのかい?」
他の領地からやって来た商人の男が船頭に尋ねた。
「ああ、お祝いだよ! 今日は、運河ギルドの‥‥いや、ファーレの街のお祝いの日さ!」
船頭は笑顔で答えて嬉しそうに舟を漕いだ。
◇
「公爵家後宮から送り出す二人の花嫁を入場させる。これをめとる者は、心して受け止め、生涯大切にすることを誓うのだ。」
アヴェーラ公爵の言葉が大聖堂に響くと、正面の扉が大きく両側に開かれ、それに合わせて聖歌隊の合唱が始まった。
今日は、僕とヴィー、ヴォルフとリリィの合同結婚式だ。父親を亡くし母親は行方知れずのリリィ、故郷を遠く離れたヴィー。二人の結婚に当たって「公爵家の後宮から嫁に出す」ということを提案したのは、公女ミリア姫だった。
そして僕が式場の選定に迷っていると、「ファーレ大教会では、いかがかな?」と声をかけてくれたのは大司教だった。
大聖堂の扉が開くと、そこには介添え役のバートさんの両側に、ウェディングドレス姿のヴィーとリリィが立っていた。しかし、ここで本来起こるはずの拍手が始まらず、大聖堂の中はどよめきに包まれている。
リリィは真っ白なチューブトップのドレスで、長い裾の後ろを小さな女の子たちが持っている。ウルド領でリリィが勉強を教えていた子供達だ。
そしてヴィーは、花柄レースのノースリーブのドレスで、ドレスの裾を持つのは、十一、二歳に見える少女が二人。そのうちの一人はユウがスラム街で命を救い、今はホテルで働いているレネだ。
二人の花嫁衣装は、僕が現世日本で購入してきたものだ。
二人の花嫁の美しさに驚き、どよめいていた招待者たちがようやく我に返ると、大聖堂は大きな拍手に包まれた。
うわーっ!
パチパチパチ
「何てきれいな花嫁達なんだ!」
「ヤマダユウ殿が、ダークエルフを嫁にすると聞いて驚いたが、いやはや、まるで妖精のような美しさだ!」
「いや、黒髪の娘の方もきれいだろう。しかし、あの娘はオーガを倒して「ヴァルキュリア(戦乙女)」と呼ばれているらしいぞ!」
ざわめきの中、バートと腕を組んだ二人の花嫁が、大聖堂をゆっくり進んでいく。
「バートさん。今日は本当にありがとうございます。」
リリィがバートに語りかけた。片やヴィーは、バートの顔を見上げるだけだ。口を開くと泣き出してしまいそうな気がして、声が出せないのだ。
「この年になって、これほど光栄な役を授かるとは思いませんでした。これほどの光栄は、先の大戦の凱旋パレード以来です。」
バートは、衛士隊の正装に身を包んでいた。
「ううっ、ひぐっ‥‥」
「おい、ヴォルフ、いい加減に泣き止めよ‥‥。もうリリィが来ちゃうぞ。」
大聖堂の奥で花嫁を待つ僕は、となりのヴォルフに声を掛けたが、
「でも、おじょ‥‥リリィが、きれいで‥きれいで‥‥」
「まぁ、しょうがないか。二人ともホントにきれいだもんなぁ‥‥。」
大聖堂という神聖な場所が醸し出す雰囲気により、花嫁の美しさが更に際立っている様な気がする。そして開けた天窓から指す光と、ステンドグラスを通した色とりどりの柔らかな光が、歩み寄って来る二人にさらに彩を加えているようだ。
僕に向かって歩いて来るヴィーがふと顔を上げて、僕と目が合った。その途端、ヴィーが泣き出しそうになり、それを堪えているのが分かって、僕も気が気ではなかった。
介添えのバートさんが僕らの少し手前で立ち止まった。ここで僕らに声を掛け、花嫁を引き渡すという段取りになっている。
「ヴォルフ、しっかりしなさい! ‥‥いや、今日だけは大目に見ましょう。リリィを大切にするのですよ。」
「は‥はい! モチロンです。俺の‥俺の世界で一番大切な宝物です。大切にします!」
それを聞いたリリィが、微笑みながら一筋の涙を流した。二人の様子を見たバートさんが、大きくうなずいてから「さあ、行きなさい。」と、優しくリリィの腰を押してヴォルフのもとへ送り出した。
そして今度はヴィーと目を合わせてから、僕の顔を見た。
「ユウ様。ヴィーが素晴らしい娘であることは、誰よりもあなたが分かっておいででしょう。お幸せに。」
ヴィーが泣き出しそうな顔で見上げると、バートはさんは微笑みながらうなずいて、優しくユウのもとへ送り出す。
「おおう、‥おう。ヴィー‥良がった、良がったなぁ。」
アヴェーラ公爵が威厳を保っていられたのは最初の一言だけだったようだ。
「お母様、ほら、ちゃんと見てあげないと。」
ミリアと側付きメイドのマリナが、泣き崩れそうなアヴェーラを支えていた。
僕はヴィーの、ヴォルフはリリィの、顔にかかっているヴェールをめくって誓いのキスをした。そのとたんに会場全体が、割れるような拍手と歓声に包まれた。
その後で大司教様のありがたいお話があったのだが、ほとんど覚えていない。
すいません大司教様‥‥。