~異世界でも仕事をさがします④~
完結を機会に誤字脱字・てにおは修正をしています。
◇
ヴォルフを含めて四人になったので、代官屋敷の居住スペースを再確認した。
個人の部屋として使えそうな部屋は、2階に3部屋あった。まずは僕が1部屋、ヴィーとリリィが2人一緒で一部屋、ヴォルフは、「納戸の隅でも、どこでもかまいません。」とか言っていたが、1部屋使わせることにした。
夕食時には公爵領から差し入れのパンと干し肉を食べながら、領内のこれからのことを相談した。
「まず、飲み水の確保は第一優先だから、泉を何とかしようと思う。 崩れた所を通って源泉まで行かなくて済むように、樋か水路で、安全なところまで水を引いて来ようと思うんだ。」
タブレットに現地写真を写して説明を始めるとみんな驚いたが、村長にしたような説明で何とか納得してもらった。
「あの、俺‥‥、大工職人の手伝いをしたことがあるんで、お役に立てるかもしれません。」
「えっ、そうなの? よし、職人確保! じゃあ、次はね‥‥」
「えっ、そんな‥‥」
慌てるヴォルフだが、リリィが「頑張って」と声をかけると「ハイ、頑張ります」と言ってくれた。
「私は、何をお手伝いしたら、よろしいですか?」
「リリィにはね、「学校」を手伝ってもらいたいんだ。」
「ガッコウ?‥‥ですか?」
「うん。直ぐに始められないけど準備をしたい。子供たちを集めて、読み書きと、簡単な‥‥算術? を教えるんだ。昼食を出してあげれば、来るんじゃないのかなー。」
「それは、名案だと思います。おそらく昼食は、食べられない子が多いと思いますから、助かると思います。」
「教室の準備とか、教材‥‥手本書の準備とか始めてほしいんだ。」
「はい! 分かりました。」
元気に返事をするリリィを横目に見て、ヴィーは不満そうに唇を尖らせた。
「あたしは、読み書きとか、得意じゃないのです。」
「ヴィーは、森の植物とか動物とかに、詳しくないのか?」
「えっ、そりゃ、ヒューマンよりずっと詳しいに決まってるです。 エルフだもん。」
「森には、いろんな資源があるかもしれない。よし、森の探索もしてみよう。」
僕が、ホクホク顔になっていると、ヴィーが遠慮がちに、
「でも、森は危険もあるです。村の近くから少しずつ入って行くのがいいです。」
「分かった。森のことはヴィーに確認しながら進めることにしよう。」
話し合いの結果、まずは泉の安全対策を行うことにした。領民に普請への参加を促すにしても、まずは我々の事業の成果を見せて、信用を得ていく必要があるだろう。
翌日、ファーレの公爵居城を訪ねることにした。目的は二つ。工具や資材を買いたいが、相場感も分からないし「ぼられる」のもいやなので、信用できる商人を紹介してもらう事。もう一つは、融資のお願いだ。単なる融資ではなく、今後のことを考えて相談したいことがあったのだ。
◇ ◇
「ようこそいらっしゃいました。異国の賢者、いや、ウルド領代官・ヤマダユウ様」
僕の来城を知ると、ロマンスグレーの髪に髭の紳士、執事のバートさんが、僕らを迎えてくれた。僕はリリィとヴィーを連れてきていたが、ヴォルフは留守番している。公爵の居城へ行く旨を伝えると「俺は留守番してます。」とのことだった。
僕は、バートさんに、工具や資材を扱う信頼できる店を紹介してもらうと、今日のもう一つの目的の相談を始めることにした。
「見ていただきたいものがあります。」
僕は、現世日本からこちらに「移動」して来る時に買ってきた物のうち、こちらで売れそうな物を選んで持ってきていた。
ウイスキーボトル二本、コショウ、塩、唐辛子などの調味料の小瓶、折りたたみ式ナイフ、ボウガンをテーブルの上に広げた。
「これらは、僕の国から持ってきたものですが、この国で売れそうなものは、ないでしょうか?」
「これは‥‥?」
まず、バートさんが手に取ったのはボウガンだった。
「使って見せてもらえませんか?」
僕は、ボウガンを撃って見せた。用意してもらった板に、当てて見せたのだが、反応は今一つだった。
「矢の装填に、少し時間がかかりますね。それよりも、こちらのナイフの方が気になります。どれほどの名工が作れば、これほど見事な刃が作れるのでしょうか? これは、売れますよ。 それから、これは調味料ですか? なるほど、このような精巧な小瓶に入っていれば、風味が保てますね。あと、このきれいな瓶もそうですが、ガラス瓶の製造技術がすごいですね。」
バートさんは、ウイスキーの瓶を手に取って感心している。
「これはお酒です。高度な技法で造られているのですが、開けてみましょう。」
僕が蓋を開けようとすると、バートさんか手で制して、
「ちょっと待ってください。異国のそれも貴重な酒を開けるなど、公爵の不在時にやってしまったら、後で大変なことになります。少しお待ちください。公爵の予定を確認してまいります。」
程なくして、公爵と公太子が合流することになり、場所も普通の客室から貴賓室に替えられた。
「私のいないところで、珍しい酒を飲んではならんぞ。」
「手をかけてすまないね。ユウ。」
(大事になっちゃったなー。)
公爵と公太子の合流に、僕は少し怖気づいてきたが、ウイスキーを試飲してもらうことにした。ウイスキーをグラスに注いで、毒見役のバートさんがグラスに顔を近づけたところで「はっ」と何かに気付いたように目の色を変えた。
「こ‥‥この香りは! 公爵様、この酒の香りをご確認ください。」
公爵もグラスに顔を近づけた途端に目の色が変わる。
「こ、これは、‥‥百年酒!? …エルフの百年酒か!?」
「私も、そうではないかと…」
「ええい、毒見などよいわ。飲ませろ!」
公爵はバートさんからグラスを奪い取ると、目を閉じて何かを思い出すような表情でウイスキーを味わってから、大きく目を見開いた。
「‥‥! 違う! 何てことだ! エルフの百年酒よりも奥が深く‥さらに洗練されておる!」
「ええっ、私にも飲ませてください。」
「私にも!」
バートさんや公太子が、寄ってくるのを公爵が手で制する。
「待て! まずは確認だ。 ヤマダユウ、この酒は、今後入手可能なのか?」
「はい。一カ月ほど待っていただければ、入手できます。」
「よし、皆の者。試飲を許す。少しだけだぞ。」
大変な騒ぎになってきてしまった。僕は、ヴィーにひそひそ聞いてみた。
「エルフの百年酒って、貴重なのか?」
「はい、とっっても。あたしも作っているところは見たことがあるですが、飲んだことは無いです。長命のエルフにしか造れないお酒です。重さの十倍の金で売れると言われている‥‥幻のお酒です。」
(ちょっと高めのヤツだけど、コンビニで売ってた○ントリーのウイスキーなんだけどなぁ。大変なことになっちゃったなぁ。)
人払いをして、公爵・公太子・バートさんと僕だけの交渉となり、公爵が口火を切った。
「すまんな、ユウ。ところであの酒は、何処でどうやって手に入れた。そして今後、我々に提供できる量は、どの程度なのだ。」
僕は迷ったが、嘘にならない範囲で説明することにした。
「実は‥僕は、ほかの国から来たのではなく、異なる世界から来ました。そして元いた世界から物資を取り寄せることが出来ます。満月の魔力を借りて、月に一度だけ。少量ですか。」
そして怪しい魔導士のような男にさらわれてきたところまでは、正直に話した。
「なんと‥‥、にわかには信じがたい話だが‥‥。」
公爵が腕を組んでうなる。
「しかし、先ほどのナイフも、この見事なボトルも‥‥、異なる世界の技術で造られていると思えば、納得せざるを得ません。」
バートさんが、ウイスキーボトルを見つめて大きくうなずいてから、
「そうだ。話を戻しましょう。月に一度で、どのくらい持ってこられますか?」
公爵も公太子もうなずいている。
「えーと、五、六本でしょうか、少ないですか?」
「いや、そのくらいがいいかもしれない‥‥、希少価値のある百年酒よりも、さらに価値ある酒なのだ。下手に流通させては、百年酒の価値を下げる。」
アヴェーラ公爵は、思案しながら答えた。
「あのう‥‥ところで、月に一度、あの酒を持ってくるとした場合、どのくらいで買い上げて頂けますか? それと、元手も必要になるので、少し前金で頂くことは可能でしょうか。」
僕は、思い切って本題に入った。
「そうだな、とりあえず、この酒は、一本当たり大金貨一枚で買い上げる。それ以外に当座の資金を出すが、どうだ?」
公爵が提示すると、公太子が、異を唱える。
「母上、それでは、百年酒の半額にもなりません。」
「そうだが‥‥。ユウ、良いよな。」
「もちろんです。ありがとうございます。」
僕らのやり取りを、不審顔で見る公太子に向かって公爵が、
「だからお前は甘いのだ。ロメル。 ユウは初めから「売れるかどうか?」という気持ちでこれを持参しているのだ。物の価値を自分の物差しだけで計るでない! 双方で決めるべきなのだ! 覚えておけ!」
「はい、申し訳ありません。」
ロメルは、膝をついて頭を下げた。
「いや、母上にはかなわないな。」
「それでも公爵様は、僕に十分な利益があることを、分かっていらっしゃいますよ。」
「それなら良いのだが‥‥」
公爵が席をはずし人払いが解かれて、僕はロメル殿下と歓談していた。
そこに、
「ユウ様、いかがでしたか?」
「お酒、買ってもらえるですか?」
不安顔で部屋に飛び込んできたリリィとヴィーは、公太子の存在に気づいて慌てて一礼するが、公太子の「かまわないよ」という言葉に恐縮している。
そして僕の「ばっちり」という手のサインに「キャー、本当ですか!」「やったーです!」と声をあげながら飛び跳ねてから、もう一度恐縮するのだった。
僕らは、その日は城に泊めていただいて、翌日、大工道具や資材等を馬車二台に積んで持ち帰り、代官屋敷で待っていたヴォルフを驚かせた。
「早速、泉の作業に取りかかりますよ。」
張り切るヴォルフによって、領内の公共事業第一弾「泉の改修」は、翌日から開始された。
◇ ◇
「こりゃー、便利になったもんだ。」
「これなら危なくないね。」
着工から十日後、改修された泉を領民にお披露目した。
水源は小高い山のふもと、岩の隙間から湧水が湧き出ているのだが、そこに水を受ける「ます」を作って、そこから板づくりの水路を伸ばした。がけが崩れた区間には水路を通して、水源までいかなくても良いようにした。がけ崩れの手前の位置まで水路を引き、そこにも「ます」を設置した。浴槽位の大きさのますに、板づくりの水路からキレイな水が流れ込んでいる。ますのそばには水瓶を置く台もあり、これなら、誰でも安全に水汲みが出来る。
しかし、村長と世話役の顔がさえない。その訳がすぐに分かった。
「あのう‥‥代官様、ところで、この泉は、使用料が、必要なのでしょうか‥‥」
「ええっ? そんなのタダに決まってるでしょ。公共施設だし‥‥あっ、整備したヤツに確認しておこうか。ヴォルフ、それでいいよね。」
「もちろんです。安心してお使いください。ただし、今後の管理を手伝ってもらえると助かります。」
僕とヴォルフの掛け合いに、皆、安心した様子だ。
それと大きな収穫がひとつ。ヴォルフは、作業中に差し入れをしてもらったり、「作業を手伝いたい」という申し出を受けたとのこと。僕らが、少しずつ、領内に受け入れられているということだろう。
僕は、この機会に、もう一つ提案することにした。
「みんな聞いてくれ。代官屋敷で、子供に読み書きや簡単な算術を教えたいんだ。昼食も出そうと思っているんだが、どうかな。」
集まった領民は、顔を見合わせながら、
「うちのガキにそんなもん必要ねえよなぁ。」
「でも飯食わしてもらえるのは、助かるけど、金取られるのかなぁ。」
ガヤガヤしていると、リリィが、前に出て来てくれた。
「教会で、「施し」の食べ物を出しながら、教えを広めていますよね。あれと同じようなことを、やりたいと思っています。お金はいりません。」
「明後日から、始めたいんだ。朝の二つ目の鐘で始めるから、都合のつく家だけでいい。子供を代官屋敷に、よこしてくれないか。」
僕は、最初は数人でもいいから、来てくれないかな、と思っていた。
◇
翌日は、みんなで学校の準備をした。といってもヴォルフの作った長椅子を並べて、庭の大樹の枝に黒板がわりの板を吊り下げて完成だ。
リリィは、夜遅くまで教材の準備に余念がなかった。出来ることなら順調なスタートを切らせたいが、親達が子供を送り出してくれるかどうかが問題だ。
しかし、いくらランプの灯りが薄暗いからとはいえ、リリィ、目がすごく近いな。近眼なのかもしれない。
今度、現世日本でメガネも探してみよう。
◇
ドキドキしながら迎えた学校初日は、10人の子供を迎えることとなった。リリィは、「教会の手伝いをしたことがある」とのことで、僕の「リリィ先生と呼ぶように。」には照れていたが、子供の扱いは手慣れたものだった。
しかし、ヴィーとヴォルフは、そうはいかず、腫れ物にさわるように子供に接していたが、そのうち子供と一緒に椅子に座り、リリィ先生の話を真剣に聴いていた。
給食にはパンを出しただけだが、これも今後改善していくつもりだ。
◇
「さすが、ユウ様。いろいろ順調に、進んでいる様ですね。」
ロマンスグレーの髪に髭の紳士が、窓から庭の様子を見て微笑む。公爵家執事のバートさんだ。
「殿下が「様子を見て来い」「何か困っていることがあったら知らせろ」とおっしゃいましてね。」
「ありがたいですけど、大丈夫ですよ。」
つられて微笑む僕に、バートさんは、優しい笑顔で続けた。
「殿下は、異世界から突然現れた貴方からも学ぼうとしておられます。私は、殿下のそういう姿勢に敬意を払わずにはいられません。」
少し曇って来たかな、と思っていたが雨が降ってきたようだ。
「おや、雨のようですね。ファーレは、川沿いの街なので増水には敏感です。私は、そろそろ失礼させていただきます。」
子供たちが雨宿りに代官屋敷に入ってくる。学校の方も、キリのいいところで今日は終わるようだ。
近いうちに森の探索に出掛けよう。山の小高いところから、領内を確認してみたいと思う。そして、次の満月に備えて、必要品のリストアップもしておこう。
しばらく忙しいな。